ソニーはリアルな「場所」に「音」を結び付ける「Sound AR」という新しいエンターテインメントを立ち上げ、提案しています。2022年秋、Sound ARサービスの一環として提供するモバイルアプリ「Locatone」のアイデア・コンテストを一般公募により開催。総数100件を超える応募の中から10件の優秀なコンテンツが選ばれ、11月1日からLocatoneアプリで配信されています。
今回、筆者は11月11日に実施されたアイデア・コンテストのグランプリを決める授賞式を取材しました。また、渋谷の街を歩きながらアプリに新しく加わったコンテンツも体験してきたので、その模様もお伝えします。
渋谷の街をテーマにした「音のAR」制作コンテスト
ソニーが提唱するSound ARとは、現実世界の場所に音や音楽を重ね合わせて、音によって仮想世界を拡張するエンターテインメントです。同社が開発したLocatone(ロケトーン)アプリは、Sound ARをスマホで手軽に楽しむためのモバイルアプリとして、App StoreやGoogle Playストアで配信されています(同アプリとSound ARの取り組みについての担当者インタビュー記事はこちら)。
LocatoneアプリにはSound ARを楽しめるコンテンツが定期的に追加されていますが、ソニーはSound ARが持つ可能性をより広く掘り起こすため、クリエイターのアイデアを一般公募しました。
今回のコンテストは東京・渋谷で11月7日から13日まで開催された「渋谷芸術祭2022」とのコラボレーションにより実施されたことから、コンテストには「渋谷の街歩き」というテーマが設けられました。著名クリエイターも参加する第一次審査を経て、11月1日からLocatoneアプリ上に10件のコンテンツが一般公開されています。
その後アプリをダウンロードして、実際に渋谷の街でコンテンツを体験したユーザーの一般票を加算する最終審査が行われ、11月11日にグランプリが発表されました。
大賞は“音を頼りに渋谷川の面影を辿る小旅行”
グランプリに輝いたのは寺田忠勝氏が制作したコンテンツ『水を感じる。川の息吹を聴く街歩き』でした。
渋谷の街には「渋谷川」という川が流れています。昭和30年代に日本が高度経済成長期を迎えた頃、首都高速道路や国道246号などの大規模な都市基盤整備が行われ、そのときに渋谷川は移設。深い地下を流れる暗渠(あんきょ)になりました。近年、渋谷の駅前はますます様変わりしたことから、今はその面影を見つけることも簡単ではありません。
寺田氏のコンテンツは渋谷の街を舞台に、目には見えないけれども変わらず流れ続けている渋谷川に意識を向けることをテーマとしています。川が流れる音や物語、解説を聴きながら、いまの渋谷川のせせらぎを探す小さな旅。普通に街を歩くだけでは見つけられない「渋谷の新しい魅力」にも出会える斬新なアイデアが、多くのLocatoneアプリユーザーのハートをつかみました。
見事にグランプリを受賞した寺田氏は、授賞式の壇上に立って次のように喜びのコメントを伝えました。
「まさか自分の作品が選ばれると思っていなかったのでとても嬉しいです。作品の制作過程ではもっとこんなことがしてみたいというアイデアもわいてきました。Locatoneに豊かな可能性を感じたこと伝えたいと思います。もしも第2回のコンテストが開催されることがあれば、私ももう一度“ディフェンディング・チャンピオン”として参加したいです」(寺田氏)
寺田氏のコンテンツ『水を感じる。川の息吹を聴く街歩き』は今後もLocatoneアプリで楽しめる常設コンテンツになります。また今回グランプリを獲得した寺田氏は、Locatone公認クリエイターにも認定されました。寺田氏の“新作”にもぜひ期待したいと思います。
“地球をまるごとテーマパークにする計画”、また一歩前進
授賞式にはソニーから、Locatoneプロデューサーの安彦剛志氏が参加しました。安彦氏は「Locatoneのプラットフォームにはまだ制約もありますが、Sound ARというコンセプトには次世代のコンテンツクリエーターを生み出す豊かな可能性がある」と期待を語りました。
また寺田氏のコンテンツには「テーマもさることながら、美しい音楽による演出も相まってとても洗練されていました。ぜひこれからもSound ARクリエイターとして豊かな経験を重ねてほしい」とエールを送りました。
ソニーが渋谷芸術祭と一緒に、今回Locatoneのアイデアコンテストを開催したねらいについて、安彦氏は次のように語っています。
「リアルな場所に音や音楽を付けるとどんなエンターテインメントが生まれるのか、多くの方々がまだ想像も付かない中で、今回クリエイターの方々と一緒にたくさんの新しいコンテンツをつくることができました。ソニーは『地球をまるごとテーマパークにすること』をLocatoneのビジョンに掲げています。テーマパークという言葉からは、さまざまなイベントやサービスをイメージすると思います。渋谷にはもうたくさんのエンターテインメントがあふれていますが、私たちがまだ知らない街の魅力もたくさんあります。Sound ARを通じて多くの魅力が発見され、渋谷がもっと歩きたくなる街になることを私たちも期待しています」(安彦氏)
多く人がまだ知らない「渋谷の魅力」を伝えたい
今回のアイデアコンテストには、審査員として一般財団法人渋谷区観光協会から理事・事務局長の小池ひろよ氏も参加しました。小池氏はソニーとのコラボレーションが実現した背景について次のように振り返りました。
「渋谷区には海はないし、動物園もない。『テーマパーク』に類するものもありません。でも一方で渋谷はいつも多くの人々が集まる街です。観光協会のスタッフとして、私が渋谷の課題として捉えていることをLocatoneのアイデアコンテストが解決してくれるのではないかと期待して、今回の試みをご一緒しました。課題とはつまり、渋谷区全体を俯瞰して見たときに、まだ知られていない魅力を伝えたかったことです。人々の関心を引くコンテンツがあること、知らない場所にも行ってみたくなったり、歴史に触れることができます」(小池氏)
小池氏は、渋谷区の特徴は「未来に向けてさまざまなアクションを迅速に取れること」だと話します。観光協会ではこれまでにも独自に「観光×デジタル」の取り組みに力を入れてきたそうです。リアルな街の風景に音を重ね合わせることで生まれる、Sound ARという新しい仮想現実のエンターテインメントが、今回の挑戦をきっかけに「渋谷の新しい資産」になることを期待したい、と小池氏は語っていました。
Locatoneの新コンテンツを体験してみた
筆者は11月1日にリリースされた、Locatoneの新しいアイデアコンテストのコンテンツをいち早く体験したいと思い、授賞式の開催前に渋谷に足を運びました。今回はたくさんのコンテンツの中から、一色柊哉氏が制作した『100年後の海に沈んだ「海中都市シブヤ」を巡るサウンドツアー』を体験。「海の底に沈んでいる2122年の渋谷」を、バーチャルな海中ツアーガイドの三船凪紗(みふね・なぎさ)さんと一緒に散歩する、という未来のSFストーリーです。
11月上旬は、ツアーのスタート地点となった代々木公園の中にきれいなバラが咲いていたり、NHK放送センターに抜ける歩道橋が“紅葉のトンネル”に変わっていて、とても気持ちよく散歩を楽しみました。途中、道路やビルに海洋生物を重ねたAR写真を撮影したり、音声コメンタリーのほかにも楽しめるスポットの数々があります。
大人の足ならゆっくりと歩いても40分前後で、渋谷の街の景色を楽しみながらツアーを巡れます。アプリを終了しない限り、途中で“お茶休憩”を挟みながらマイペースで移動できます。
Locatoneアプリの楽しみ方については、筆者が2022年春に初めてSound ARを体験したときのレポートも参考にしてみてください。
Locatoneを体験してみると、ユーザー目線からも「今後はこんなことがしてみたい」という期待が色々とわいてきます。たとえばビジュアルコンテンツの充実。今はAR写真が撮れますが、音声に簡易な動画も連係すると、さらに深い体験ができそうです。
今回は渋谷の街が舞台のコンテンツだったので、外国人観光客も利用できれば、ソニーが提案する「Sound AR」が世界に展開する日も近付くことでしょう。多言語対応はぜひ早く実現してほしいと思います。