クアルコムがハワイ・マウイ島で開催した「Snapdragon Summit 2022」にて、立体音響技術やダイナミックヘッドトラッキングといったワイヤレスオーディオの新しい技術を「Qualcomm Snapdragon Sound」のプラットフォームに組み込むことを発表しました。次世代の「Gen 2」に進化したSnapdragon Soundの詳細と、一部機能の体験レポートをお届けします。
クアルコムの製品同士が実現する「いい音・楽しい音」の世界
Qualcomm Snapdragon Sound(以下、Snapdragon Sound)は、2021年3月にクアルコムが独自に持つモバイルオーディオのテクノロジーを集めたプラットフォームです。Snapdragon Soundでは、ワイヤレスオーディオ体験の基本要素である「音質」「ロバストネス(接続の安定性)」「低遅延」の基準を定義しています。
スマートフォン、ポータブルオーディオのメーカーはクアルコムのチップセットを採用し、クアルコムが定めるSnapdragon Soundの品質基準に沿った厳しいテストをクリアすることによって、自社オーディオ製品の優れた品質をアピールできます。筆者は2022年も多くのオーディオ製品を取材してきましたが、特に日本国内では2022年後半からSnapdragon Soundに対応する製品が増えているように感じます。
Snapdragon Soundは「Gen 2」になって何が変わる?
モバイルの最新チップセット「Snapdragon 8 Gen 2」の発表に合わせて、Snapdragon SoundもGen 2にアップデートされます。Snapdragon Soundには、デベロッパーが複雑な機能を組み込める上位の「S5」と、開発環境をシンプルにまとめた「S3」という2つのプラットフォームがあります。今回は両方ともGen 2世代に更新されます。
最新のGen 2から、Snapdragon Soundが大きく変わるポイントは以下の4点です。
【1】話題の立体音響とヘッドトラッキング技術に対応
アップルの「ドルビーアトモスによる空間オーディオ」、ソニーの「360 Reality Audio」のように、いま注目されているモバイル向け立体音響技術(Spatial Audio)にSnapdragon Soundが対応します。あわせてダイナミックヘッドトラッキングの技術も、Snapdragon Sound対応機器へと容易に組み込めるようになります。
ダイナミックヘッドトラッキングとは、ワイヤレスイヤホン・ヘッドホン側に組み込んだモーションセンサーが取得するユーザーのモーション情報とオーディオコンテンツを同期させて、豊かな没入感を再現する技術です。立体音響技術は現在のメジャーどころであるドルビーアトモス、ソニーの360 Reality Audioに対応します。
ハワイのイベント会場で実施されたSnapdragon Soundのデモンストレーションから、立体音響技術を試聴しました。クアルコムがこのデモのため特別に用意した立体音響コンテンツを試聴ソースとしていたことから、立体音響効果はやや強調気味でしたが、力強い立体感と明瞭な音の移動感が楽しめました。
多くのスマホとワイヤレスオーディオ機器に広がるクアルコムのチップセットが立体音響技術に対応することで、音楽に動画、ゲームなど様々なコンテンツサービスの「立体音響化」にも弾みが付きそうです。
【2】CDを越えるロスレス・ワイヤレス再生を強化
クアルコムは、高音質再生が楽しめる独自のBluetoothオーディオコーデック「aptX Adaptive」を提供しています。aptX Adaptiveは、モバイルとBluetoothオーディオのSnapdragonチップセットを搭載する製品に広がりつつあります。
このaptX Adaptiveの技術をベースに、無線通信が安定している環境で最大44.1kHz/16bit(約1.1〜1.2Mbps前後)の「CD音質」でワイヤレス再生が楽しめる「aptX Lossless」という技術もあります。モバイル向けSoCのSnapdragon 8 Gen 1以降からこの技術に標準対応しました。
この記事を書いている時点では、aptX Losslessに対応するイヤホン・ヘッドホンはNuraの「NuraTrue Pro」しかありません。近くボーズの「QuietComfort Earbuds II」がソフトウェアアップデートによって、aptX AdaptiveとaptX Losslessに対応することが発表されました。日本でも発売済みの人気イヤホンなので、aptX Losslessや、ロスレス音楽配信に対応するサービスへの認知が一気に高まりそうです。
今回、クアルコムのオーディオ部門で責任者を務めるMike Canevaro氏に、aptX Losslessの反響について聞くことができました。「2023年にはaptX Lossless対応のワイヤレスヘッドホン、ワイヤレススピーカーが続々と登場する」(Canevaro氏)とのこと。ロスレス再生の効果は、ヘッドホンやスピーカー再生のほうがより明らかに違いが表れるものです。対応する機器を使って手元で違いを確かめられる日が楽しみです。
【3】aptX Adaptive再生の低遅延性能が向上
aptX Adaptiveは「低遅延」性能にも優れるBluetoothオーディオのコーデック技術です。Snapdragon Sound Gen 2では、現在約89msとしている遅延時間をさらに短縮しています。
例えばゲーミングコンテンツの再生時は、タッチパネルの操作後、ワイヤレスオーディオ機器から音が出力されるまでの遅延を約48msとしました。実際のデモンストレーションはイベント会場になかったため、生で違いを体験することはできませんでしたが、ゲームや楽器系のアプリでは体感に明らかな差が現れそうです。
【4】LE Audioの登場に向けて準備万端
Bluetoothオーディオによるパフォーマンスを引き上げる新世代の技術「Bluetooth LE Audio」について、クアルコムのCanevaro氏は「いよいよ2023年に本格始動するのではないか」と見通しを語りました。
クアルコムのチップセットは、ワイヤレスオーディオ側とモバイル側の両方ですでにBluetooth LE Audio対応を済ませています。1台の再生機器からのコンテンツを複数のユーザーが同時に聴ける「Auracast」(=ブロードキャストオーディオ)も、Bluetooth LE Audioの注目すべき新機能です。
イベント会場には2種類のオーディオコンテンツをブロードキャスト再生するスマホが用意され、10台のワイヤレスイヤホンを接続。複数のユーザーがイヤホンのリモコンをタップして、ソースを切り換えながら楽しめるデモンストレーションが用意されました。
Canevaro氏は「例えば商業施設や駅に設置されている、音を消して映像だけを見せるサイレント・マルチビジョンの音をAuracastで配信すれば、ユーザーがSnapdragon Soundに対応するイヤホンを接続してこれを聞くこともできる」と紹介しました。または、シンプルに1台のスマホやタブレットで再生する音楽・映像の音声を、複数の家族や友だちと一緒に聞くといったユースケースも想定されています。
サウンドハウンドとオンデバイスAIによる便利な音声インタフェースを開発中
2022年3月、クアルコムは音楽認識検索アプリ「SoundHound」を提供するサウンドハウンド社との協業により、デバイス上で処理を完結する高度なAI音声アシスタントの開発を進めることを発表しました。
サウンドハウンドの音声認識アルゴリズムは、自然に発話された音声入力によるコマンドを正確に聞き取れます。例えば、Web検索やアプリの音声操作をQualcomm Voice Servicesで実現して、Snapdragon搭載スマホの新しい付加価値として提案することなどを視野に入れています。
イベント会場のデモンストレーションでは、自然に発話した「1月11日に1泊1,000ドル以下、200ドル以上の2つ・3つ星クラスで、ジムやプールがあって、2泊滞在できるLahaina近くのホテルを検索して」という音声を入力。このコマンドに応えて、見事、リクエストにマッチするホテルを見つけてくれる実力を体験できました。
クアルコムとサウンドハウンドによるAI音声アシスタント(Qualcomm Voice Services)は、クラウド接続を必要とするAndroid標準のGoogleアシスタントとは仕組みが異なっています。Qualcomm Voice Servicesは音声検索のデータをクラウドに送る必要がないため、よりセキュアでレスポンスの良い検索や音声操作が可能になると、そのメリットを説明しています。
AndroidのGoogleアシスタントとも共存できることから、クアルコムはデバイスメーカーやアプリの開発者に向けて、端末と自然に会話するような感覚で音声操作できるインタフェースとして組み込むことを提案する考えであるといいます。2023年以降も、さらにスマートになるモバイル・ワイヤレスオーディオまわりに注目です。