モータージャーナリストの御堀直嗣さんが日産自動車の軽EV(軽自動車の電気自動車)「サクラ」を購入した。EVに造形の深い御堀さんがサクラの購入を決めた理由とは? どのグレードにどんなオプションを付けたのか? ご本人からレポートが届いたのでお伝えしたい。
EVとの出会いは?
日産の軽EV「サクラ」が10月10日に納車となった。5月23日に注文してから約4カ月半が経っていた。サクラの正式発表は5月20日だ。発表から間もなく注文したが、やはり部品供給などの問題でこの時期となった。
クリーン・エネルギー・ヴィークル(CEV)補助金は登録後の申請となる。サクラは発表から3週間で受注が1.1万台を突破するほど好調であり、EVへの補助金申請が10月ごろに打ち切られるのではないかとの噂も出はじめ、ヤキモキさせられた。しかし無事に間に合い、申請を済ませた。手続きはすべて販売店がやってくれたので、面倒はなかった。
一方で、もし補助金申請に間に合わなかったとしても、サクラを買ったこと自体に迷いはなかったし、補助金申請については、間に合うかどうかは運次第という気持ちでいた。なぜ、そこまでサクラが気に入ったのか。
私がEVと出会ったのは1993年頃だ。米国カリフォルニア州では1990年にZEV(ゼロ・エミッション・ヴィークル)法が定められ、EVの強制導入が始まろうとしていた。ちょうどそのころ、米国でEVレースが開かれているのを録画で見る機会があり、参戦するため有志とアリゾナ州フェニックスへ向かった。そのために、私を含め何人かは所有するクルマを売って、参戦資金に充てた。
現地へ行ってみると、エンジン車をEVに改造したコンバートEVで高校生がレースを楽しんでいた。それに着想を得て創立したのが「日本EVクラブ」だ。代表は舘内端、そして私が副代表である。日本でコンバートEV製作の講習会などを催した。
それでも、自分のEVを所持することはできず、次第に「欲しい」という欲求が高まった。最初に手にしたのは、軽自動車の商用トラックであるダイハツ工業「ミゼットⅡ」のコンバートEVだった。車両の購入とEVへの改造に250万円ほど掛かった。1990年代後半のことだ。ところが、いざ手にしてみると自分には使えないことがわかった。
当時はまだリチウムイオンバッテリーのない時代だ。トヨタ自動車が「プリウス」で用いたニッケル水素バッテリーも、一般には手に入らない状況にあった。そこでミゼットⅡに車載したのは、12V(ボルト)の密閉式鉛酸バッテリーの「オプティマ」だ。
オプティマは鉛酸バッテリーとしては高性能な仕様だったが、これを10個搭載しても、走行できるのは30~40kmだった。もちろん、当時は急速充電格の「CHAdeMO」もなく、自宅の100V電源から充電するしかない。
ところで、都内に住む私の移動は、ほとんどが電車を中心とした公共交通機関である。クルマの利用は例えば御殿場周辺での新車試乗会など、遠出のときが中心になる。拙宅から御殿場までは100km圏内で、急速充電の社会基盤がない当時、ミゼットⅡのコンバートEVでは到底行くことができなかった。
そこで、日本EVクラブの会員であった筑波大学の学生にクルマを貸し出した。筑波学園都市はバスによる公共交通は整っているが、クルマで移動するのに適した街づくりで、まるで米国の都市のようだ。ここで通学や買い物などの日常生活を送るには、クルマや自転車などが不可欠になる。満充電で30km走れるなら、EVが十分に役に立つ。充電は学生の住むアパートから延長ケーブルを延ばし、100Vで行った。こうして、ミゼットⅡのコンバートEVが活躍できる場が見つかった。
こうした経験から、一充電走行距離が長ければ途中での充電を気にせず遠出できるとはいえ、日常的に短距離移動するのであれば、大容量のバッテリーを車載するのは無駄だということを検証できた。しかも現在は、全国に7,900カ所以上の急速充電器があり、普通充電器も含めれば2万カ所近い。もし遠出するなら、途中で充電すればいいだけのことだ。その時間をみて少し早めに出発することくらい何でもないし、かえって暮らしにゆとりをもたらすことにもなる。
購入決断の背景
日産自動車が初代「リーフ」を発売したときも買いたい衝動にかられたが、その1年前にハイブリッド車のプリウスを購入していたので機会を失った。2代目リーフについては、標準仕様車で40kWhのバッテリー容量は多すぎるのではないかと感じた。初代後期型の30kWhが適正な容量ではないかと考えていたからだ。購入を躊躇しているうち、日産と三菱自動車工業から軽EV発売の話が持ち上がった。
サクラとeKクロスEVのバッテリー容量は20kWhだ。初代リーフの24kWhより少ないが、当時のマンガン酸リチウムイオンバッテリーから現行リーフも使用しているコバルト/ニッケル/マンガンを使ったリチウムイオンバッテリー(三元系といわれる)に代わっている。一充電の走行距離は初代リーフに近いだろうと想像した。
理想は30kWhだが、軽自動車であることを考えれば20kWhの容量は適切だと思う。
ミゼットⅡでの経験から、軽自動車でもエンジンがモーターに替わることで、圧倒的に性能が高まり、静かで力強く、楽しく運転できるクルマになっていることが想像できた。さらに、知人のクルマではあったが、三菱自動車のEV「i-MiEV」(軽EVとして登場)で都内から長野県の白馬まで移動したことがあり、そのときも高速走行性能の高さには驚いた。軽自動車とは思えない快適さがあったのだ。日産サクラの情報がでたときには、最先端の技術を結集した最新の軽EVを買うしかないと決断したのである。
大容量のバッテリーは移動途中での充電の懸念はないが、電気を使い切った後の充電には時間がかかる。急速充電でも、30分では期待するほどの電力を得にくい。電力はデジタル的な計算で簡単に試算できる。大容量であるほど、充電時間を長く掛けなければ電気が一杯にならないのである。
大容量を否定するわけではない。自分がEVをどのように利用しようとしているのかによって選べばよい。そういう意味で、日産「アリア」のように90kWhもの容量が選べる一方で、サクラの20kWhを使いこなそうという選び方もある。
どんな仕様で購入?
では、私のサクラは、どのような仕様で注文したのか。
購入したのは「X」グレードだ。当時、販売店ではまだ上級の「G」グレードの受注をしておらず、Xグレードしか選べなかった。あらかじめ仕様を限定した車種は数台残っていたが、私は自分好みの仕様にしたかった。
最もこだわったのは外装色だ。「シーズンズカラー」と呼ばれる2トーンで、ボディはホワイトパール、屋根がチタニウムグレーの配色になる。フロントピラーから屋根の縁にかけてはピンクゴールドの細い線が通っている。そのおしゃれな雰囲気が気に入った。内装はベージュとしたかった。明るい室内が外装の華やかさに調和すると思った。
Xグレードは運転支援システム「プロパイロット」が標準装備ではないのだが、運転支援機能は他社を含め新車試乗でよさを実感していたので、メーカーオプションで装備した。アラウンドビューモニターや9インチナビゲーションなどを含めたセットオプションだ。
加えて、寒冷地仕様も選んだ。理由は、ステアリングヒーターとシートヒーターを使いたかったからだ。車載バッテリー容量が限られるサクラの場合、空調に電力を奪われたくない。空調は室内全体を冷暖房するので、大電力を消費する。
一方、体を直接温めるステアリングヒーターやシートヒーターの消費電力は、空調の約10分の1で済む。私の住む都内とその近郊では、降雪地ほど気温は下がらないので、多くの場合、省電力のステアリングヒーターとシートヒーターで十分だと思う。
冷房と暖房では、エンジンという熱源を持たないEVの場合、外気温度と室内温度の差で消費電力が左右される。例えば室温を20度に設定したと仮定して、夏は35度、冬には零下となる場合もありうる東京では、空調の設定温度とそれぞれの季節の温度差が夏は15度、冬は20度となり、冬のほうが電力を必要とすることがわかる。そこで、冬の電力消費を抑えるうえで、ステアリングヒーターとシートヒーターが効果を発揮すると考えた。
200Vの充電ケーブルは3m、7.5m、15mの選択肢があり、7.5mを選んだ。拙宅での充電は3mで足りると思ったが、出先での充電も考慮し、駐車場とコンセントの距離があっても充電できそうな7.5mにした。15mは、よほどのことがない限り必要ないと思った。
Xグレードの車両本体価格は239.91万円だが、販売店オプションのカーペットなども含め、注文した車両総額は320.424万円になった。補助金が支給されれば、55万円安くなる。
納車されてまだ200kmも走ったかどうかという段階だが、高速道路を含めた性能や快適性は、軽自動車であることを忘れるほどだ。軽自動車として高いか安いかではなく、クルマの価値として、EVが単純にエンジン車での車格と比較にならないことを改めて実感している。