日本ではスマートフォン事業から事実上撤退しているファーウェイですが、以前からグローバルで注力しているジャンルにオーディオ製品があります。現在は完全ワイヤレスイヤホンが主力となっており、世界6カ所の研究開発拠点でオーディオに関する技術開発を行っています。

その拠点の1つが日本の東京オーディオラボ。今回、ファーウェイの東京オーディオラボを見学する機会があったので紹介しましょう(掲載している写真はすべてファーウェイ・ジャパンの提供によるもの)。

  • ファーウェイの東京オーディオラボにある音響室でイマーシブオーディオを体験

東京オーディオラボは、欧州のフランス、フィンランド、ドイツ、中国の上海、深センと並んで、ファーウェイのオーディオ関連の研究開発を行う拠点です。各研究所ではそれぞれが得意とする研究を行っており、例えばフランスはデザイン、フィンランドは通話アルゴリズム、日本は「画期的なユニット」や素材・技術の研究を行い、成果を中国でまとめて製品化につなげていくそうです。

ファーウェイのオーディオ研究は、2005年に中国・深センに設立した研究所からスタートしており、それなりに歴史があります。スマートフォンのオーディオ性能を重視したことから始まった研究ですが、米中経済摩擦の影響でスマートフォン事業の海外撤退を余儀なくされて以降も、おもにイヤホン向けとしてオーディオ研究を継続。現在でも研究開発費は増加しているといいます。

  • 世界各地のオーディオ研究拠点は、それぞれの地域の特色にあわせた内容を研究しているそうです

日本において東京オーディオラボが正式にスタートしたのは2020年から。オーディオ研究の拠点として2014年から人員を増やして、ラボとして立ち上がったという経緯があります。東京オーディオラボの研究からは、実際の完全ワイヤレスイヤホン製品として、ノイズキャンセリング機能の一部に成果が取り入れられるなどしているそうです。

東京オーディオラボはあくまで研究開発機関であるため、直接の製品につながる研究というよりも、「2~5年先を見据えた基礎研究」(東京研究所音響技術研究室・角田直隆室長)が中心。直近でも2024年ごろを想定した研究を続けているとのことでした。

  • 東京オーディオラボについて説明する、東京研究所 音響技術研究室・角田直隆室長

その基礎研究として中心となっているテーマとして、角田氏は「イマーシブオーディオ」を挙げます。イマーシブオーディオとhは、複数のスピーカーを使って縦・横・高さという3次元で音を届ける立体音響の仕組みです。「実世界の体験と同じようにどこからでも音が聞こえてくる」ことを実現します。

「オーディオの歴史は1870年代に始まりました」と角田氏。1876年には電話が実用化され、1977年には蓄音機が登場。この時代はモノラルオーディオで、これは1950年代まで続きました。1958年にはステレオレコードが登場し、ステレオオーディオの時代がやってきます。

「モノラルの時代は80年、ステレオになって70年。そろそろ何かが起きる」と話す角田氏。その1つがイマーシブオーディオだといいます。イマーシブオーディオが今後の主力になるとして東京オーディオラボでも研究に注力し、音楽の聴取環境におけるイマーシブオーディオを強化しようとしています。

角田氏は「最近は音楽の聞き方が変わってきている」とも。イマーシブオーディオは、複数のスピーカーを使って全方位からの音楽を楽しむものです。すでにDolby Atmosやソニーの360 Reality Audioといった具体的なフォーマットがあり、イヤホンでも同様の効果を得られる技術も出てきています。

東京オーディオラボには複数のスピーカーを設置した音響室があり、イマーシブオーディオを聴取できるようになっていました。今回、ステレオ録音した音楽を流すのではなく、イマーシブオーディオ用に制作された音楽を試聴。Dolby Atmosと360 Reality Audioの双方を聞き比べましたが、それぞれ音の作り方(方向性)の違いはともかくとして、効果はてきめんです。

  • スピーカーが並んだ音響室。試聴したDolby Atmosは「7.1.4ch」ということで、水平面に7個、サブウーファーに1個、側面に4個のスピーカーを使います。360 Reality Audioは「5.5.3ch」でスピーカーの使い方が違うため、Dolby Atmosとは音の聞こえ方も異なりますが、どちらも360度から音が鳴り、楽器やタイミングによって方向が変化。新しい音楽体験だと感じます

ここで重要なのは、イマーシブオーディオ用に作られた音源です。これまでの音楽は「前方に演奏者が並んで客席でそれを聴く」というスタイルが一般的であり、2chのステレオでも大きな違和感はありませんでした。

しかし、最近は音楽の作り方・聞き方が変化しており、「イヤホンやヘッドホンで音楽を聴く機会が圧倒的に多い」(角田氏)という状況です。家族でリビングに一緒にいても、それぞれがイヤホンで別の音楽を聴くという例もあるといいます。

一方で音楽の作り方も、コンピューターミュージックの隆盛によってアーティスト側がさまざまなチャレンジをしており、例えばギターの音が前からではなく360度から流れるような音楽もありえます。そうしたクリエーターの表現を再現するための道具としてイマーシブオーディオの技術があり、こうした技術を提供するのが「我々のミッション」と角田氏は話します。

  • 横浜のラボに設けてある無響室。それほど広くはありませんが、ここでさまざまな音響試験や計測を行っています

すでAppleやAmazonが空間オーディオとして製品を提供しており、ドルビーのDolby Atmos、ソニーの360 Reality Audioといった技術がそうした空間オーディオを支えています。とはいえ現状は、イマーシブオーディオに対応したコンテンツ数が少なく、イマーシブオーディオとしてはあまり聞いていないというユーザーが多いそうです。

コンテンツ数に関しては、まず制作側には制作時間と資金が余分にかかり、特殊なスタジオ環境が必要になります。その割に、収益増にはあまりつながっていません。ユーザー側にとっても、イマーシブオーディオが一般化していない(対応コンテンツが少ない)といった課題があるというわけです。

こうした課題を解決するために、東京オーディオラボで取り組んでいることの1つが、音楽制作ツールの開発とのこと。制作側が時間とコストをかけずに、イマーシブオーディオを制作できる環境を提供することが狙いです。

今回の見学で研究内容は明らかにされませんでしたが、制作側の課題として「Dolby Atmosと360 Reality Audioのどちらで制作すればいいか困っている」という声に対して、角田氏が挙げる回答の1つは「制作の最終段階で1ボタンなりの簡単な操作で出力先を選べるようになったらいい」ということでした。

  • 東京オーディオラボにある試作室(ワークショップ)。音響デバイスの設計、試作などができるようになっています。室内にはコンプレッサー、ディスペンサー、半田付けなどの機材があり、ゼロから試作機を作って検証するといった作業を日々行っているそうです

ファーウェイの完全ワイヤレスイヤホン製品としては、開放型ながらノイズキャンセリング機能を搭載したFreeBuds 4、シーンに応じてノイズキャンセリングの強さをリアルタイムで調整するFreeBuds Pro、そして2022年にはトリプルマイクANCや新開発のマイクロ平面振動板ドライバーなどを搭載したFreeBuds Pro 2をリリース。東京オーディオラボの研究成果を反映した製品を提供しています。

オーディオ製品メーカーという視点でも、ファーウェイは定期的に新しい製品を投入して一定の評価を得ています。今回はそれらの製品を支える研究開発の一端に触れる機会でしたが、小規模ながらすでに実績もある東京オーディオラボが、さらにどのような成果を製品につなげてくれるでしょうか。