藤井聡太王将への挑戦権を争う第72期ALSOK杯王将戦(主催:毎日新聞社・スポーツニッポン新聞社)の挑戦者決定リーグは、10月31日(月)に永瀬拓矢王座―羽生善治九段戦が行われ、94手で羽生九段が勝利しました。この結果、リーグ成績は羽生九段が5勝0敗、永瀬王座が2勝2敗となりました。
■序盤は羽生九段の注文
先手となった永瀬王座は得意の角換わり腰掛け銀の戦型に誘導します。駒組みの途中、永瀬王座が9筋の歩を突いたときに羽生九段がこれに応じなかったのが本局における序盤の特徴となりました。羽生九段としては、攻めの銀を中央に繰り出す手を優先して後手番ながら積極的に攻めを狙う定跡を選んだわけです。駒組みが頂点に達した局面で、羽生九段が銀をぶつけて戦いが始まりました。チェスクロック使用の本局では1分未満の考慮でも持ち時間が減るということもあり、両者かなりのペースで指し手を進めていきます。
仕掛けから10手ほど進んだ局面で、羽生九段が永瀬王座の桂頭を攻めた手によって本局はすべての前例を離れました。直後の羽生九段の手の組み合わせが想定外だったか、ハイペースで進めていた永瀬王座もここで初めて43分とまとまった時間を使います。遠く後手の飛車を狙って自陣角を放った永瀬王座に対し、羽生九段は自身の角を犠牲にしてこの飛車を守りました。そして羽生九段は駒損の代償として8筋にと金を作って飛車先突破を確実にします。激しいやり取りながら互いに主張がある局面で、形勢はまったくの互角のまま推移していきました。
■超難解なねじり合い
昼食休憩明けの午後から本局は中盤の難所に入り、やがて局面は終盤戦を迎えます。永瀬王座は手にした飛車を敵陣に打ち込んで寄せの網を絞ります。羽生九段の玉はからくも矢倉城に逃げ込んで難を逃れますが、永瀬王座の馬と二枚の飛車に囲まれて風前の灯火に見えました。ここで羽生九段は、永瀬王座の飛車の前に銀を捨てる勝負手を放ちます。この局面が本局における分岐点となりました。
羽生九段が放った銀捨ての勝負手に対して、永瀬王座が素直にこの銀を取ると王手飛車取りをかけられて逆転します。もちろん両者この変化は織り込み済みで、ここで永瀬王座のほうに好手が残されているかがポイントとなりました。代案として、(1)羽生玉付近に落ちているほうの銀を馬で取る手が考えられますが、堂々と飛車を取られたときに羽生玉が詰むかが判然としません。場合によっては30手近く玉を追い回す変化もチラつきます。また別案として(2)銀を捨てて王手する手も考えられます。先に銀を捨ててから飛車で銀を取ることで、王手飛車取りをかけさせた後に羽生玉に即詰みが生じるという狙いです。ただしこの変化を選んだ場合は、銀を得した羽生九段にも粘りの手段が生じ、長い終盤戦になることが予想されました。
■羽生九段がギリギリで抜け出す
実戦で永瀬王座は(3)たたきの歩の手筋を放って攻めを継続しました。これは一見リスクの低い攻めに見えましたが、この手に対して羽生九段は絶妙の受けを用意していました。龍と馬に迫られて受けなしと思われた自玉の付近に自陣に二枚の歩を打ちつけたのがそれで、この手によって一気に羽生九段の玉には詰めろがかからなくなってしまったのです。結果的に、手筋に見えたこのたたきの歩を逆用した羽生九段がここで体を入れ替えたことになります。局後、永瀬王座は羽生九段のこの受けの妙技について「類型のない、すばらしい手を指された」と振り返りました。
終局時刻は18時42分、攻防ともに見込みなしと見た永瀬王座が形を作って熱戦にピリオドが打たれました。これで勝った羽生九段は本リーグ負けなしの5連勝となり、藤井王将への挑戦に大きく近づきました。
この結果を受け、今期王将戦の挑戦者争いは羽生九段と豊島将之九段の2人に絞られました。羽生九段戦を含む3局を残す豊島九段が3連勝した場合のみ、決着は両者のプレーオフに持ち込まれます。▲羽生九段―△豊島九段戦を含む、注目の最終一斉対局は11月22日(火)に予定されています。
水留啓(将棋情報局)