上司は自分では選べない存在。運悪く"相性が悪い""パワハラ""能力がない"といった上司に当たってしまうと、毎日が怒りの連続です。

「上司ガチャ」に外れたと思うのも無理はない話。そんな、イライラ、ムカムカの日々から抜け出し、心穏やかに過ごすにはどうしたらいいのでしょうか。精神科医で「こころの専門家」である医師の和田秀樹氏に話を伺いました。

怒りを表にだすと「幼稚」に見える

職場で怒りを感じる対象といえば、何と言っても「上司」でしょう。

「指示内容が二転三転する」
「自分の機嫌で挨拶をしなかったり、言葉遣いが悪かったりする」
「ミスをこちらのせいにされた」

など、「上司ガチャ」に外れたみなさんの怒りの声、よくわかります。しかし、相手の方が立場は上、怒りをそのまま表に出すのは憚られますよね。

何より、怒りを表にだしてもいいことなんて、基本的には何もないのです。自分の心が乱れて不快な気持ちになるだけでなく、周囲の人からは「何をそんなに怒っているんだ」「いつもプリプリしてバカみたい」と思われ、悪い評価につながることがほとんどです。

そもそも、怒りをそのまま露わにすることは、ネガティブなエネルギーを発散していることなのです。そして、まわりまでどんどんと不愉快にしてしまいます。怒りは周辺の人に伝わり、その人たちをも「汚染」してしまいます。

ただし、事前に断っておきたいのは、怒りは悪だとか、怒りを完全に消してしまおうとか、そういう話を、私はしたいわけではありません。怒りは、まず誰もが抱く感情だというのが前提です。

まず実践したいのが「怒りをストレートに表現してしまうのをやめる」ということ。「幼稚な行為をやめましょう」と言いたいのです。幼稚なことをするからトラブルに巻き込まれたり、人間関係を悪くしたりするのです。どうしても湧き上がってくる感情なのだから、上手に付き合うコツを身に付ければいい。実は、私も日常でしょっちゅう怒りを感じているほうです。

しかし、怒りを爆発させることはありません。怒りのコントロール方法、表現方法を身に付けたからです。別に魔法を使うわけではありません。私が精神科医として長年、研究を続けてきた結果、編み出したメソッドを実践するだけ。誰にでも簡単にできて、すぐに効果があります。

実際に、怒りはちょっと視点を変えるだけで収まり、大嵐のような怒りも、瞬時のうちに和らげることができます。 拙著『ついイラッときても感情的に反応しない方法を1冊にまとめてみた』(アスコム)でご紹介している「3秒で怒りを静める」「3秒で怒りを消す」「3秒で怒りをプラスに変える」ためのメソッドのうち、特に上司への怒りに対して有効な2つの方法をご紹介しましょう。

「反論」ではなく「相談」をする

仕事で必須のメールの中には、人を怒らせるものもあります。言葉遣いのマナーをわきまえなかったり、高飛車だったりすると、いくら上司といえどカチンときてしまいます。皆さんもそんな経験があるはずです。

そうしたメールへの対処法をお話ししましょう。

私の知り合いのある女性が、自分の子どもが通う学校のPTA活動で経験した出来事です。彼女は、バザーの責任者を引き受けました。張り切って、趣向を凝らした企画書を作り上げ、それをメールでメ ンバーの保護者に送ったそうです。

しかし、返信でその内容を酷評してきた人がいました。その送り主はPTAの中心的な存在で、バザーを何度も仕切ったことのある女性でした。

頭ごなしの「ダメ出し」で労をねぎらうような言葉はひと言もなく、知人女性のプランを「間違い」と切って捨ててしまっています。ふだんはおとなしい、彼女の怒りは頂点に達しました。

えてして、メールの文章は細かいニュアンスが伝わりません。相手の表情もわかりませんから、まさに「文面通り」。嫌な感じが強く伝わってくることがあります。そこに怒りの種を見つけてしまいがちです。相手と同じ文章の調子で反論のメールを戻したりすれば、その数倍の反撃が待っているかもしれません。「売り言葉」が返ってきます。

ある有名な作家は、返信メールは一晩寝かせてから出すそうです。どんなに自分を怒らせたメールであっても、即返信はしません。翌朝、冷静になってから読み直し、これなら大丈夫となれば、送信ボタンをクリックするのです。とても賢いやり方です。

私自身も、しばしば「うーん、こういう自己中心的なメールはないよな」「こっちの都合をどう考えているんだろう?」「無理に決まっているだろう」などと、送られてきたメールに怒りを覚えることはあります。

ビジネスパートナーへのねぎらいの言葉もなければ、敬意を感じさせる言葉もありません。すぐにでも異議や反撃のメールを送りたくなりますが、すぐには送りません。メールは、送信すれば取り返しがつきません。「売り言葉」と感じて、その言葉を買ってしまえば、決裂するしかないのです。

それではあなたも「同じ穴のムジナ」になってしまいます。このタイプのムジナさんはじつに単純な人です。その単純さを逆手に取ればいいのです。賢いのは怒るのではなく「相談する形」を取ることです。

「自分はよくわからないから、教えてほしい」と下手に出るのです。 「いろいろと教えてください。どこをどう直せばいいでしょうか? それをもとに皆さんで話し合えればと思います」と返事をしてみれば、どうでしょうか。ムジナさんは悪い気はしません。単純な人ですから、リアクションが来ます。メールのトーンはいくらか和らいでくるはずです。そうなればシメタものです。なにしろ、相手はムジナさん。やり合うだけ、エネルギーの無駄づかいです。

相談するような形で下手に出たメールを出すと、ミーティングのときにどんなことが起こってくるか想像してください。「何度もバザーを経験されている〇〇さんから、アドバイスをいただきましたので、手を加えてみました。皆さんのご意見もお聞きして、方向性を決めたいと思います」。

そうすれば、まわりの人から、「なかなかできる人だ」とか、「あのうるさ型をうまく手なずけたものだわ」などと、一目も二目も置かれる存在になるかもしれません。

高飛車な怒りの感情には、「下手に出る」という賢い技で応じる。それが、結果的に、あなたという存在を「上手」にしてくれるのですよ。

心の中でツッコミを入れる

世の中には、自分のことばかりを話したがる人が、けっこうたくさんいるものです。あなたの上司もそうではありませんか? 上司から見れば、部下は話しやすい相手のひとり。しかも、自分のペースで話せるとあって、どうでもいい話をだらだらしてしまいがちです。

「夕べ、誰と一緒に飲みに行って、酔っ払ってこんな話をして、帰りにラーメンを食 べて、帰ったらもうかったるくて着替えもせずに寝てしまった……。ああ、また太っちゃうよー……」

そんなこと、こちらにはまったくどうでもいいことです。そんな話をダラダラといつまでも聞かされる。聞いているうちに、「好きにしろ」「それがどうした」と、だんだんと腹が立ってきます。

上司の相手をするとき、ヘタに相槌を打ちながら聞いていると、いつまでも話は終わりません。しかし途中で話をさえぎれば、相手も怒ってしまうかもしれません。話を聞くのも苦痛、でも逃げ出すこともできない。もう、こうなったら、その苦痛の時間を楽しみの時間に変えてみようではありませんか。

私は、そういうときには、漫才師になります。相手はボケ役。私の役はツッコミで す。心の中で、相手の話にツッコミを入れることにしています。「それがどないしたんや」という漫才のノリです。

「昨日、友だちとお酒を飲みに行って、えらく酔っ払ってしまってさあ」

(酒を飲めば、誰でも酔っ払うよ。お前だけじゃないだろ)

「帰りの記憶がなくてさあ」

(そこまで飲むなよな、学生じゃないんだから)

「それでもきちんと帰っているから不思議だよな」

(財布は大丈夫だったの? クレジットカードは?)

「それでも二日酔いにならなかったなあ」

(酒が強いのって、そんなに偉いことか。ほかにないのか、ほかに!)

そんな調子でツッコミを入れて、相手がいくらつまらない話をしてきても、それで 楽しめるようにするのです。ただし、これは「心のツッコミ」。間違っても声にして はいけませんよ。

いったい、この人はどこまでつまらない話をし続けることができるか試してみるというのもいいでしょう。しゃべるほうが、いつ参ったと言うか、持久戦勝負です。こんな役回りを演じることは滅多にないのですから、話を続けさせるには、「うん うん、それでどうしたの?」と相槌 、合いの手を続けます。

ここまでくると、話している側が、だんだんネタ切れです。ネタ切れすると、急に冷静になって、「つまらない話をしすぎたかな」などと殊勝な言葉を吐いたりします。そうなれば、ツッコミ役のあなたの完全勝利です。

大変な作業ではありますが、そこまでやれば、相手は二度と同じことを繰り返しません。なにしろ相手は敗者なのですから……。思わぬ副産物もあります。

「あいつは、よく話を聞いてくれる」「すごくいい奴だ」

高い評価です。それが、まわりまわっていろいろな人の耳に入り、あなたの株が上がり、後日、とても有益な話が舞い込んでくるかもしれません。

聞き上手は、円滑な人間関係を結ぶための最高の武器。怒ってしまえば、何も得るものはありませんが、ちょっと見方を変えて、上手に生かせば、自分自身のキャパシティを高めることにもつながるのです。

著者プロフィール:和田秀樹(わだ・ひでき)

精神科医。1960年大阪府生まれ。85年東京大学医学部卒業。
東京大学医学部付属病院精神神経科助手、アメリカ、カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現在、国際医療福祉大学特任教授、川崎幸病院精神科顧問、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師、「和田秀樹こころと体のクリニック」院長。主な著書に『感情的にならない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・ツゥエンティワン)、『プラグマティック精神療法のすすめ』(金剛出版)、『「感情の老化」を防ぐ本』(朝日新聞出版)、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社)、『80歳の壁』(幻冬舎)、『ついイラッときても感情的に反応しない方法を1冊にまとめてみた』(アスコム)などがある。