藤井聡太竜王に広瀬章人八段が挑戦する第35期竜王戦七番勝負(主催:読売新聞社)は、第3局が10月28・29日(金・土)に静岡県富士宮市の「割烹旅館 たちばな」で行われました。結果は112手で藤井竜王が勝ち、シリーズ成績を2勝1敗としました。
■広瀬八段用意の相掛かり
第1局・第2局に続いての角換わり腰掛け銀が予想された本局ですが、5手目に先手の広瀬八段が金を上がったことで相掛かりの戦型に誘導されました。相掛かりは後手番を持って指すことが多い広瀬八段なだけに、この作戦は本局に向けて練ってきたものという印象を受けます。
相掛かりの将棋を大まかに分類すると、(1)飛車角を大きく使って急戦を仕掛ける空中戦と(2)右銀を中央に繰り出して持久戦に持ち込む腰掛け銀の2通りに分かれます。本局の広瀬八段は腰掛け銀の構えに向かうことで穏やかな展開を目指しました。後手の左銀が盤面右方に釘付けになるのに対して、先手の左銀は中央に活用できるというのが広瀬八段の主張です。ただし先後同型になりやすいため、手なりで指すと千日手になる恐れがあります。
■意表の仕掛けで広瀬八段がリード
本局の進展には数局の実戦例がありました。特筆すべきは2019年に広瀬八段と豊島将之九段との間で指された竜王戦七番勝負の将棋です。本局で広瀬八段が指した45手目▲6六歩が研究手で、この手で広瀬八段は自身の前例を離れました。これは左銀の活用を急いだ意味で、自陣の守りを固めながら盤面全体を支配しようという広瀬八段の大局観が見て取れます。手詰まり模様になれば、先手の左銀の位置の良さが自然に形勢の差となって現れてきます。
目論見通りに局面が穏やかな駒組みに進展したところで、広瀬八段は満を持して4筋の歩をぶつけて仕掛けていきました。さらに▲4五同桂と桂を捨てたのが「損して得取れ」の好手で、これには藤井竜王も局後の感想戦で「(この手を)指されてみるとすでにつらいですね」と認めるほかありませんでした。局面は、先手番のアドバンテージを最大限に生かした広瀬八段が一歩リードしたところで封じ手を迎えました。
■藤井竜王が勝負手を通して逆転
広瀬八段の書いた封じ手が開封されて2日目の戦いが始まりました。盤面中央を制圧された藤井竜王は、盤面右方に転回した飛を軸として必死に手を作ろうとします。1筋からの敵陣突破は叶いませんが、それでも歩の手筋を駆使して先手陣を乱すことに成功しました。
右辺での攻めが一段落すると、今度は飛車を盤面左方に戻して攻めの糸口を求めます。84手目に突いた△7五歩の突き捨ての歩が藤井竜王渾身の勝負手で、ここが本局の分岐点となりました。感想戦ではこの手に対し、広瀬八段が左銀を犠牲に反撃すれば藤井竜王からの攻めは届かなかったと結論付けられました。とはいえ、序盤から大切にしてきた左銀をタダで取らせるという手は実戦心理として選びづらいもので、この手が正解だったことは広瀬八段にとっての不運となりました。
最善手を逃してからも広瀬八段が踏みとどまるための手段は残されていましたが、その後は藤井竜王の攻めの勢いが広瀬八段を圧倒することになりました。藤井竜王は飛車を切って銀を手持ちにし、また角を犠牲に手番を握って広瀬八段に息つく暇を与えません。結局、△7五歩の勝負手を通してから藤井竜王は受けの手を一切指さずに広瀬八段の玉を寄せきってしまいました。終局時刻は17時17分、自玉の詰みを見た広瀬八段が投了を告げて熱戦に幕が下ろされました。
これで七番勝負のスコアは藤井竜王の2勝1敗となりました。注目の第4局は11月8・9日(火・水)に京都府福知山市の「福知山城天守閣」で行われます。
水留啓(将棋情報局)