家電は「壊れたら買い替える」「機能が進化したら買い替える」というイメージがあります。内閣府の消費動向調査(令和3年3月実施調査結果)によると、平均使用年数は冷蔵庫が12.9年、電気掃除機は7.2年、洗濯機は10.2年となっています。
買い替え理由のトップは故障。つまり家電製品は10年前後で故障して買い替えることが多いというわけです。そんな家電業界の中で、「20年間使用」という長期使用を前提に製品を作っているメーカーが、ドイツのプレミアム家電ブランド「ミーレ」です。そこには123年前の創業時からミーレが取り組むサステナビリティの考えが根付いています。ミーレ本社 共同経営者兼代表取締役 Dr.Reinhard Zinkann(ラインハルト・ツィンカン)氏に、20年間という製品耐用年数に対する考えと、長くファンに愛される理由について聞きました。
―― ミーレは、「1台の製品を長く使い続けることが買い替えに伴う廃棄物の削減・製造や、配送に伴うCO2排出の削減につながると考え、20年間の使用に相当する製品テストを実施しています」と話しています。一般的な家電製品と比較してかなり長い期間ですが、いつから長期使用できる製品開発に取り組まれているのでしょうか。
Dr.ツィンカン氏:製品の品質には創業当時からこだわりを持っています。「IMMER BESSER(常により良いものを)」はミーレのDNAであり、私の曾祖父がミーレの草創期に製造した機器のフタに刻印した言葉です。製品の品質、長寿命、耐久性、そしてテクノロジーに対する意識を表しています。
ミーレの創業者は競合環境が激しい中、より高い品質のものを提供することが「IMMER BESSER(常により良いものを)」であり、重要だと考えました。それ以来、できるだけ長く使える製品を作ることを追求し、「20年間」という製品寿命が良い指標になることが分かったのです。
―― 具体的にはどのような耐用年数テストをされているのでしょうか。
Dr.ツィンカン氏:ミーレ製品は厳しい耐久テストに合格する必要があります。例えば、家庭用の洗濯機と乾燥機の場合、ミーレは1週間に5回のプログラムサイクルを前提として、20年間で5,000回のプログラムサイクルを想定してテストを行っています。
ミーレの家庭用電気製品は、高品質な素材を使用し、頑丈な構造を採用し、信頼性の高さで知られています。しかし長く使っているうちに、故障などで修理サポートが必要になることがあります。ミーレの製品は「修理しやすい」ように設計されており、部品の修理や交換に必要な労力ができる限り少なくなるよう配慮しています。
製品の耐用年数を20年間と想定しているため、スペアパーツは手厚く供給しています。約7万種類のミーレ純正スペアパーツがギュータースロー(ミーレ本社のあるドイツの街)の中央倉庫に常時保管されています。そこから必要に応じて世界中の拠点に発送され、機器の生産が終了したあとも、何年にもわたって利用できます。
家電のスイッチを入れたら楽しく使って、故障や修理の心配を忘れるくらいの品質を
―― 1つの製品を長く使い続けるという考えは、とてもすばらしい哲学です。ユーザー視点に立っても、壊れない製品はとてもうれしいもの。一方でビジネス的な視点では、20年間よりも短い期間の耐用年数にして、買い替え需要を促すという考えもあると思います。
Dr.ツィンカン氏:ミーレの家電製品が持つユニークな品質と耐久性は、揺るぎない価値観のひとつです。10年ごとに製品を買い替えることは、まったくサステナブルだとは考えていません。環境にも優しくありません。それは、私たちの価値基準に相反します。この考え方は競合との差別化でもあり、信頼性と耐久性に対するお客さまのニーズを満たすものであり、環境と気候の保護にも貢献しています。
例えば洗濯機を買うということは、スマホなどを買う場合とは違ってエキサイティングなものではないと考えています。だからこそ、私たちが目指すのは、スイッチを入れたらとにかく使っていることを楽しみ、そのほかのことは忘れるような、ユーザーにストレスを感じさせない製品です。5年や10年という短い期間で製品が故障して買い替えなくてはならないことは、お客さまにとっても望ましくありません。お客さまには製品を購入いただいたあともハッピーであってほしいですし、環境にも優しくなってほしいのです。
今は製品アップデート機能がありますので、サービスセンターにご連絡があれば製品を最新の状態にアップデートすることによって、さらに長く使っていただくことが可能になりました(※編注:日本はこれから順次スタート)。この20年間という長期寿命は、環境と気候の保護だけでなく、お客さまがストレスなく製品を楽しんで使うことにも貢献しているのです。
―― そうした哲学が製品に宿り、ユーザーに伝わることで、ミーレの製品が愛される大きな理由になっているわけですね。
Dr.ツィンカン氏:強いブランドというのは、荒れた海にいかりを降ろすようなものです。今は24時間、ネットで製品を検索して買い物ができますよね。製品のさまざまな側面を見て選ぶわけですが、もっとも大事なのは「安心できること」。信頼できる、力になってくれる、長く使える、楽しめる、そして問題なく使えることです。そんな製品をみなさん探していらっしゃいます。
この考え方は、欧州では世代を超えて受け継がれていて、「私のおばあちゃんの代から30年間ミーレを使った」というお客さまもいます。ときどき、30年経ったあと「故障して修理したいのに、パーツの価格が新しく買い替えるより高い」「パーツが手に入らない」とユーザーサポートに連絡をいただくことがあるんですよ。
―― 30年とはすごいですね。それでもまだ修理して使おうというユーザーの声に、ミーレ製品への信頼を感じます。
Dr.ツィンカン氏:そういうお声をいただくと、製品としての役目を充分に果たしたと思えます。
ですので、なぜミーレを愛してもらえるのか。それは、私たちがブランドプロミスを守り、安心感を提供して、その上さらに価値を提供するからです。
約束を守れば愛されるブランドへと成長していけます。ただそれでも、製品の不具合が起こることはあります。そのとき大切なのは、どのようにそれを解決するかです。良いサービスを提供すれば、お客さまにも納得していただけるということを信じています。
例えば、車のBMWやメルセデスやポルシェを運転する人は、単なる移動手段として車を見ているのではなく、質の高いドライブを提供する乗り物という期待を持って運転するのではないでしょうか。ミーレも同じです。ミーレの機器を所有したい、人に見せたいと思ってもらえるような高品質なものでありたいと思っています。
また、お客さまに長く愛されるためには、タイムレスなデザイン、どのようなキッチンでも環境でもしっくりくるデザインも大切なポイントです。使いやすいインタフェース、調理機器なら分かりやすいレシピも欠かせません。品質に加えて、お客さまの生活に貢献する機能を多く備えていることが、長く愛されるポイントだと考えています。
もしもマンションの内見に行ったとき、ミーレの製品が入っていたら「あ、このディベロッパーは高品質なものにこだわっているのだな」と思っていただきたいですね(笑)。
若い世代ほど環境問題への関心が高い。サステナビリティはブランドのDNA
―― 先ほど、「おばあちゃんの代からミーレ製品を使っていた」というユーザーがいるというお話がありました。日本だと、どちらかといえば家電は消耗品で、壊れたら買い替えるというイメージなのですが、ドイツではいかがですか。環境先進国ドイツならではの教育があるからこそ、「家電が壊れたら買い替えるよりも修理して使う」というマインドが育つような気がするのですが。
Dr.ツィンカン氏:環境のための取り組みを親子で行っている家庭もあれば、その逆の家庭もあり、家庭内で一律にサステナビリティの教育がされているとは言えませんが、サステナビリティを重視する家庭は増えてきています。
幼稚園や小学校では、サステナビリティをテーマにした授業やプロジェクトが行われており、これは家庭での生活にも影響しています。サステナビリティが日常生活の一部になっているところでは、それに対応する価値観も受け継がれています。
そのような家庭では、親が子どもに「ものには価値があり、感謝して扱うべき」ということを教えます。また、水や電気はムダ遣いせず、意識して控えめに使うことも教えています。そうした教育が、家電製品の使用や購入時の選択にも広がってきています。
ミーレの洗濯機を大人になった子どもに譲る親が、増えているんですよ。数十年前はそれ(家電を譲る)が普通でしたが、その後は必要以上に捨てられる時代が続いていました。しかし現在では、中古品を利用する傾向が強く、また不具合がある家電でも修理して使うという傾向に戻ってきています。
日本も同様ですが、ドイツも産業国としてエネルギーを輸入に依存しています。そのため自然資源に対しては慎重に取り組む必要があります。特に高い教育をうけた若い人たち、教養に富む人たちにとって、環境への取り組みがもっともプライオリティが高いトピックになっています。
―― 企業の環境に取り組む姿勢が、製品購入にも影響しているということでしょうか。ミーレは機器の省エネ性とともに、製造面における環境負荷低減にも積極的に取り組んでいる印象があります。
Dr.ツィンカン氏:まず製品面では、ミーレの家庭用電化製品の電力消費量は、この20年間で平均して55%削減しました。例えば洗濯機では、72%弱の削減を達成しています。
次に製造面では、製品を工場で製造する時点から実際の使用時、そして洗濯機などで使用する液体洗剤の開発・販売、リサイクルまで、製品ライフサイクルのトータルで環境負荷を低減するよう取り組んでいます。
また、グローバル企業として世界中にある私たちの工場、販売拠点、そして車両におけるCO2排出量を、2030年までに2019年比で50%削減するという大きな目標を掲げていますが、これを達成できるでしょう。
Dr.ツィンカン氏:私たち一人ひとりが環境の変化を目の当たりにしています。例えば氷河が溶けることによって洪水が発生しています。北ドイツでは小さな川が氾濫し、村や地域全体が水に浸かってしまうことが起きました。
今年(2022年)の夏は、ドイツの重要な川のひとつであるライン河の水位が通常の半分まで減り、船が動けないという事態になりました。
海面や湖の水位も下がっています。アルプスでは、氷が溶けているという状況を人間が目で見て感じられるくらいまで環境の状況が悪化しています。そうした状況の中、若い世代の人たちはこれを変えないといけないと考えています。
ドイツでは「フライデーズ フォー フューチャー」という団体があり、子どもたちが学校を休んで環境保全のための活動をしています。私たちの業界でも役割を果たす必要があります。今、この環境問題を何とかしなくてはなりません。
サステナビリティは、創業時からのミーレのDNA。ブランドプロミスの一環なのです。 ミーレは1899年の創立以来ユニークな取り組みをしています。エネルギー効率の高い製品を発売するほか、環境問題、CO2排出の問題、水の問題に対して、全製品のライフサイクルを通して取り組んでいます。
日本は重要な市場。食洗機では箸や茶碗の収納にも配慮
―― 日本市場についてお話を聞かせてください。今年(2022年)はミーレが日本支社設立から30周年とのことですが、ミーレにとって日本市場の位置づけとは?
Dr.ツィンカン氏:日本は重要な市場です。日本とドイツのお客さまは似ているところがあり、クオリティを重視し、テクノロジーを評価してくれます。ミーレは日本市場でとても成功していて成長を続けていますが、お客さまのニーズを捉えていくことが大切です。
製品を開発するときは、グローバルに考えてローカルに行動することが重要だと考えています。製品の基本性能は同じでも、それぞれの市場にあわせてローカライズしていきます。日本では、食事のときに茶碗や箸を使いますよね。ミーレが日本で販売する食洗機は、そうした食器が収まりやすい仕様にしています。日本のキッチン環境にマッチする高さ45cmサイズの小型オーブンも用意しています。
これがスイスになると、55cm幅という独自のビルトイン機器の規格があるため、それに対応した製品を投入しているわけです。北米では単位にインチを使うので、50インチや30インチのオーブンをそろえています。
調理家電の自動プログラムにも当てはまりますね。それぞれの国でよく使う調理方法も調理するレシピも違いますので、国によって異なるレシピがプログラムされたモデルを導入しています(※編注:国によって順次対応)。
―― 生活に密着している家電だからこそ、細かく調整しているんですね。本日はありがとうございました。
20年間の生活を支えてくれる頼もしさ
筆者は家電ライターという仕事柄、新製品の情報に接することが多く、最新機能や前モデルと比べたときの進化を記事にしたり、解説したりしています。そんな筆者にとって、20年間という長期使用を見据えたミーレの製品作りや体制はとても新鮮でした。
省エネというと、新しい機器への買い替えに思いを寄せがちですが、製造時のエネルギー消費も含めてトータルで考えると、「高品質な機器を長く使ったほうがエネルギー負荷は低い」というミーレの考えに「なるほど」と思います。
20年間という長い期間、ユーザーのライフステージや家族を取り巻く環境は変わるでしょう。その中で、快適に使えて愛着を持てる家電が毎日の生活を支えてくれたら、とても充実した日々を送れそうな気がします。