秋田県由利本荘市は、人口減少と少子高齢化による働き手不足、コロナ禍といった世の中の変化に伴い、デジタルトランスフォーメーションの取り組みを強化している。2022年からは「由利本荘市デジタル化推進計画」として3カ年のデジタル化推進の方針を打ち出しており、その一環として市内にある秋田県立大学本庄キャンパス内に、NTT東日本やテルウェル東日本が無人のスマートストア「ピックスルーボックス」を設置して実証実験を開始した。

  • スマートストアが設置された秋田県立大学本庄キャンパス

■スマートストアで人手不足の解決を

由利本荘市にスマートストアを提案したのはNTT東日本とテルウェル東日本。テルウェル東日本が持つスマートストア「ピックスルー」による無人のスマートストアが、人手不足に悩む由利本荘市の課題解決のソリューションとして提案された。

  • トレーラー型のピックスルーボックス。そのままトラックで移動できるため、設置場所の自由度が高い

無人店舗は、「働き手不足、小売店の撤退、感染症対策の必要性といった課題における解決策の1つ」(由利本荘市・湊貴信市長)として期待され、今回のソリューションの導入が決まった。まずは2カ月間の実証実験として効果を測定し、特に湊市長は過疎地域の買い物弱者の解決につながり、「地域の課題解決のモデルケースとなることを願っている」と期待する。

  • 由利本荘市の湊貴信市長

■大学を設置場所として選定した狙いとは

由利本荘市の総務部行政改革推進課デジタル化推進班主査の木内崇氏によれば、もともと市の中で課題解決の一案として無人店舗の仕組みを検討してきて、NTT東日本に相談したところ、今回のソリューションの提案を受けて、取り組みに至ったという。

  • 由利本荘市総務部行政改革推進課デジタル化推進班主査・木内崇氏

6月頃にはスタートして、4カ月ほどでの導入。そのうち、最も時間がかかったのが場所の選定だと木内氏は言う。市内にあるホールや道の駅などが候補に挙がったが、まだ一般的ではない無人のスマートストアということで、利用しやすいユーザー層が多いということで、秋田県立大学を選択したという。この選定に1カ月ほどの時間を要したため、ストアの構築自体は3カ月ほどだったそうだ。

  • ピックスルーでは、まずは専用アプリをスマホにインストール。QRコードを呼び出して入店する

  • 店内の商品棚。冷蔵庫も設置されているので飲料や冷凍食品も購入できる

  • 商品のバーコードを読み込んで登録

  • クレジットカードや交通系ICなどの電子マネー、QRコード決済に対応。決済代行業者としてはGMO-PGを利用しているという。決済手段は、大学内の売店でPayPayの利用が8割近いということで、主力の決済手段はPayPayになると見ているそうだ

秋田県立大学が引き受けたのは2つの理由がある、と学長の小林淳一氏は話す。1つは学生という若いユーザー層が多いという点。学生の利用が増えれば、どういった商品がどういった時間帯によく売れるかなど、購買情報が得られることで、他の場所に設置した場合の参考にできると判断した。

  • 秋田県立大学・小林淳一学長

もう一点が、こうした購買データを大学側が取得できるという点だ。このデータを学生の研究に活用することでも貢献できると判断したという。導入の陣頭指揮を執った同大学システム科学技術学部経営システム工学科の嶋崎真仁教授は、こうした日々の購買データなどの提供が受けられるのは珍しく、学生の研究に役立つという点をメリットとしている。 研究だけでなく、それに応じてピックスルー内の品揃えを変えるなどの取り組みも実施する予定。もともと、オープン時は「お弁当と一緒に買う人が多いのでカップスープ類を多めにしている」などの工夫をしているそうだが、実際の動向を見て、学生自身が品揃えを検証する。現在の商品数は105種類だが、拡充も可能になっているそうだ。

  • 秋田県立大学・嶋崎真仁教授

秋田県立大学の本庄キャンパス内には、みちのくキヤンテイーンが運営するショップがあり、大学、ショップ運営会社ともに市の申し出を快諾。敷地内にピックスルーを設置し、ネットワークや電気配線をした上でオープンとなった。

スマートストアの設置で最大の問題となったのが配送の問題だったという。無人といっても、棚の商品が減ったら補充が必要で、商品の配送、品出しの作業には人手が必要となる。「毎日配送して、しかも(無人のため)24時間営業で、できれば土日も含めて配送してほしい」(木内氏)という点で考慮が必要だった。今回はみちのくキヤンテイーンが請け負うことになり、朝夕2回の配送が可能になった。

嶋崎教授も、みちのくキヤンテイーンが「前向きに請け負っていただけたのが、今回(ピックスルーが)実現した最大の要因」と指摘する。嶋崎教授は、みちのくキヤンテイーン側も新しいビジネスとしてデータを取得できる点をメリットに感じていると推測し、それぞれの思惑が一致したことで実現に至ったという考えを示す。

購買の生のデータが得られ、品揃えに関しても検証できるという点で、嶋崎教授は大きなメリットを感じているそうで、「できれば常駐してほしい。実験後の閉店は残念」と話す。

  • アプリで商品を読み取るため購買データの取得ができ、在庫管理や購買データの研究が可能

ただ、実証実験がうまくいったとして店舗単体では黒字化できたとしても、土地代や配送などの全体で事業として採算が取れて継続できるのかなど課題も感じているよう。実際、テルウェル東日本側は学生客中心として顧客単価は300円、来客数は1日130人程度を想定しており、これは在校生1,200人の約10%ほどだという。

嶋崎教授は「(採算ラインは)意外にちょっと厳しい」と指摘。それでも大学以外の出店について「見込みはあるので、病院や高校、中規模程度の工場だったらいいのではないか」との考えを示す。

■大学との連携で研究成果に期待も

そうした点を含めて、学生の研究の成果にも期待しているという嶋崎教授。24時間営業を取りやめるコンビニ店や撤退するコンビニ店もあり、拡大路線のコンビニなどの小売業界は「潮目の変わり目にある」(嶋崎教授)。そのタイミングでのスマートストアの実証実験と研究に参加できることに、嶋崎教授は学術的な意味でも興味を持っているようだ。

今回設置されたピックスルーは、テルウェル東日本の持つ3種類のピックスルーのうち、最小サイズのピックスルーボックス。他のピックスルーストア、ピックスルーミニに比べてコンパクトなコンテナ型で店舗面積は14平方メートルほどと、車両で移動できるサイズのため、今回のような期間限定の実証実験でも扱いやすいため選ばれた。

由利本荘市以外だと、道の駅に設置される例が多いというピックスルーだが、NTT東日本秋田支店ビジネスイノベーション部第一バリュークリエイト担当 担当課長の鈴木亮氏は、大学への設置は初めてで、さらに産官学の連携も初めてのケース。特に大学との連携で研究成果に期待できることとがメリットだと言う。

  • NTT東日本秋田支店 ビジネスイノベーション部 第一バリュークリエイト担当 担当課長・鈴木亮氏

鈴木氏は、あくまで実証実験の結果を見たうえでと前置きしつつ、秋田県立大学内で一定の成果があれば、次のステップとして過疎地域を含めた秋田県内への横展開を図って課題解決への支援をしていきたい考えだ。

また、今回は利用客が自らのスマートフォンにアプリをインストールして、商品のバーコードを読み込んで決済する方式だが、ピックスルー自体はカメラで商品を認識してそのまま購入できるようなウォークスルー方式も検討していくという。

由利本荘市の湊市長は、人手不足、店舗撤退といった課題に加え、無人店舗ではキャッシュレス決済が主流なことから、高齢者に対してもキャッシュレスへの移行の手伝いをしながら慣れていってもらう取り組みも行うなど環境面での取り組みもしつつ、課題解決に繋がるような支援を今後も検討していくという。

  • オープンを記念してテープカットも行われた。中央が由利本荘市の湊貴信市長