藤井聡太王将への挑戦権を争う第72期ALSOK杯王将戦(主催:毎日新聞社・スポーツニッポン新聞社)の挑戦者決定リーグは、10月26日(水)に渡辺明名人―羽生善治九段戦が行われ、88手で羽生九段が勝利しました。この結果、リーグ成績は羽生九段が4勝0敗、渡辺名人が1勝3敗となりました。
■いきなりの千日手
両者の対局は2020年に行われたNHK杯戦本戦以来で、約2年ぶりの顔合わせです。羽生九段の先手で始まった本局は角換わり相腰掛け銀の展開に進みました。細かな駆け引きの結果、局面は3年ほど前に流行った形に合流します。対局開始から1時間、羽生九段が単騎で桂を跳ねた手で戦いが始まりました。この局面の重要な類型として、佐藤天彦九段と豊島将之九段の間で戦われた2019年の名人戦の将棋があります。
この前例が仕掛けから20手ほどのところで千日手となったことは当時の観戦者の間で大いに話題になりました。当時のことが両対局者の頭の中にあったかはわかりませんが、この渡辺―羽生戦もほぼ同様の手順を踏んで千日手の結末を迎えることになりました。千日手成立は11時44分、残りの持ち時間は羽生九段が3時間、渡辺名人が3時間17分です。
■指し直しは横歩取りに
昼食休憩をはさんで再開された指し直し局は、先後を入れ替えて渡辺名人が先手となります。やがて局面は後手の羽生九段の注文で横歩取りの戦型に進みました。羽生九段は相居飛車の後手では横歩取りを好んで採用しており、2週間前に行われた同リーグの対局では近藤誠也七段に対して勝利を収めています。一方の渡辺名人が横歩取りを指すのは年に数局で、渡辺名人としては珍しい戦型となりました。
渡辺名人が青野流と呼ばれる最新流行形を避けたため、局面はクラシカルな持久戦に持ち込まれました。羽生九段は盤面左方に作った美濃囲いに玉を囲い、さらに飛を大きく右方に転回する指しまわしを見せます。この指し方は先述の近藤七段戦でも採用した指し方です。飛を大きく使う羽生九段に対し、渡辺名人は攻防の自陣角を放って対抗しました。羽生九段の金銀が渡辺名人の飛に対応するため盤面右方に釘づけなのに対し、自身は金銀を盤面中央に活用できるというのが渡辺名人の主張です。
■羽生九段の快勝譜
ジリジリとした押し引きが続いたのち、57手目に渡辺名人は桂を捨てる勝負手を放ちました。駒損にはなりますが、代償として敵陣中央に馬を作りつつ後手の飛車をいじめる狙いです。さすがの着想で、局面は渡辺名人ペースになるかと思われましたが、この構想に対して羽生九段の放った歩の突き捨てが形に明るい好手でした。歩を突き捨てることで、いじめられそうだった羽生九段の飛車の可動域が一気に広がったのです。渡辺名人としては自慢の構想を打ち砕かれた格好で、この手を境に羽生九段がリードを奪いました。
優位に立ってからの羽生九段の指し手は明快で、飛車を大きく活用して敵陣に成り込むことでアドバンテージを具体化します。飛車をいじめることに失敗した渡辺名人の馬と2枚の金は、結局最後まで盤面中央に取り残されたままでした。18時2分、勝ち味なしと見た渡辺名人が投了を告げて羽生九段の勝利が決まりました。
勝った羽生九段はこれでリーグ成績を4勝0敗とし、挑戦に向けて大きく前進しました。敗れた渡辺名人は1勝3敗となり、今期挑戦の目がなくなりました。次局は10月31日(月)に△羽生九段―▲永瀬拓矢王座戦が、11月11日(金)に▲渡辺名人―△糸谷哲郎八段戦が予定されています。
水留啓(将棋情報局)