「シュレディンガー盆地」の南側斜面では、クレーターの縁に沿って岩塊が分布し、一部が崩れている様子が確認されている。斜面の更新年代はおよそ500万年前と見積もられ、同盆地は約39億年前に形成されたと考えられていることから、かなり最近に起きたことも明らかにされた。

  • LROの高解像度画像によるシュレディンガー盆地の南側斜面

    図1 LROの高解像度画像によるシュレディンガー盆地の南側斜面。岩塊密集領域が緑の多角形で、岩塊が崩れた跡が黄色と緑の線で、直径5m以上の小クレーターが黄色と緑とマゼンタの円で示されている。北東方向が斜面の下方向。この画像は、Ikeda et al.(2022)中の図より引用され改変されたもの (C)NASA/LROC/GSFC/ASU (出所:名大プレスリリースPDF)

斜面内に存在する小クレーター形成時における揺れの加速度空間分布と、岩塊が崩れ始めた点を比較すると、両者に相関があったという。これは、岩塊崩れが、斜面の小クレーター形成時の震動で発生した可能性が示されているとする。また、斜度の大きい領域では小クレーター密度が小さくなり、「岩塊密集領域」と呼ばれる斜面上方の領域が新鮮領域と一致することが確認された。

  • 解析領域に存在する小クレーター形成時に斜面が経験する最大の加速度

    図2 (左)解析領域に存在する小クレーター形成時に斜面が経験する最大の加速度(月の重力加速度で規格化されている)と、岩塊崩れが起こり始めた地点(水色点)の空間分布。図1の領域を西へ25度回転させている。(右)図1の領域で表面の新鮮度が推定されたもの。赤い領域ほど、周辺と比べ相対的に新鮮であることを示す。どちらの画像は、Ikeda et al.(2022)中の図より引用され改変されたもの (出所:名大プレスリリースPDF)

1971年1月に発生したマグニチュード4の月震で岩塊崩れが発生したと先行研究で結論付けられたクレーター斜面周辺で、震央距離200km以内にあるクレーターについて岩塊崩れの有無が調査された。その結果、岩塊崩れが見られるクレーターの位置と震央距離に相関が見られず、岩塊崩れが月震では説明できないことが示されたとする。

これらの結果から、斜面の傾斜に依存した小クレーターと、岩塊崩れの形成過程は、斜度の大きい領域では重力によって、斜面下にレゴリスが流出し、レゴリス層が薄くなっていることが考えられ、それにより、天体衝突時に小クレーターが残りにくく基盤岩を破壊しやすく、破壊された基盤岩は斜面下に崩れて、岩塊が斜面に供給される。斜度の小さい領域では、斜面情報からレゴリスが供給されるため、レゴリス層が厚く、クレーターや岩塊崩れが残りやすいことが考えられるという。

  • 先行研究で推定された震央から約200kmまでで岩塊崩れのあるクレーターと、ないクレーターの空間分布が示されたもの

    図3 (a)先行研究で推定された震央から約200kmまでで岩塊崩れのあるクレーター(赤)と、ないクレーター(黄)の空間分布が示されたもの。(b)震央距離70kmごとに岩塊崩れのあるクレーターとないクレーターの数密度が比較されたもの。どちらの画像は、Ikeda et al.(2022)中の図より引用され改変されたもの (C)NASA/LROC/GSFC/ASU (出所:名大プレスリリースPDF)

なお、今回のモデルについて研究チームでは、斜度の小さい領域で、小クレーター密度が高いこと、岩塊崩れの多い領域と小クレーターの分布に相関が見られること、新鮮領域と岩塊密集領域の分布が一致することを整合的に説明できるとしている。

  • クレーター斜面における緩和過程のイメージ

    図4 クレーター斜面における緩和過程のイメージ。赤と緑の層がレゴリス層を示す。(a)岩塊が天体衝突によって地下の岩盤が破砕されて生成され、震動で崩れて斜面に供給される。(b)これを繰り返すことでこのような緩和した、厚いレゴリス層を持つ斜面が形成され、天体衝突時に岩盤を破砕できなくなり、岩塊が生成されなくなる。画像は、Ikeda et al.(2022)中の図より引用され改変されたもの (出所:名大プレスリリースPDF)

また、このようなプロセスは、現在も月表面で起こっており、クレーター斜面地形は活発に変化していると考えられるとしている。