カンテレ・フジテレビ系ドラマ『エルピス―希望、あるいは災い―』(24日スタート、毎週月曜22:00~ ※初回15分拡大)の脚本を担当する渡辺あや氏がこのほど、取材に応じ、作品に込めた思いや主演・長澤まさみの魅力などを語った。

『エルピス』脚本の渡辺あや氏

渡辺氏が今作の佐野亜裕美プロデューサーに初めて会ったのは、2016年の春。佐野Pは、当時の上司からオーダーを受けていた「ラブコメ」を作るべく渡辺氏に相談したそうだが、「なんか盛り上がらなくて(笑)。全然話が面白くなっていかなくて、むしろ政治家の悪口とか、『今の政治おかしいよね』みたいな話になると急に2人で熱くなって盛り上がるっていう感じだったんです」(渡辺氏、以下同)と振り返る。

「佐野さんとはラブコメをやっても面白くないなと悟った(笑)」という渡辺氏は、佐野Pが日本の事件裁判に興味を持っていることを知り、こちらをテーマにすることを提案。えん罪もののルポタージュを読ませてもらうと、「『こんなことが今の日本で起こるんだ』とショックを受けて、ビビットに問題意識を持ち始めたので、せっかく私と佐野さんで作るものだから、2人で同じ熱量で支えていけるものがいいと思い、この企画が立ち上がりました」と経緯を説明する。

その“ショック”を具体的に聞くと、「この国の国民ので生きている以上、公正に裁判制度が存在して、事件の捜査にしても正しく行われていると信じたいんですけれど、必ずしもそうではないんだっていうことがやっぱり過去にたくさんあるし、もしかしたら今もあるかもしれない。その恐怖と不安ですね」と明かした。

佐野Pの出会いから6年半という時を経て、いよいよ作品として世に出ることに、「まだ信じられないっていうのが正直なところで(笑)。こういう題材をテレビ局がドラマとしてやるっていうことに、すごいハードルがあるんですよ。なかなかそこがネックになって今日に至っていて、本当にたくさんのハードルを佐野さんが越えてくださって、カンテレさんの懐もあって実現していることなんですけど、今もいつ何時、何が起こるか分からないと思いながらまだヒヤヒヤしてるという感じですね」と吐露。

「放送された後も、やっぱりいろんなリスクがあると思いますし、いろんなところからご批判もあるかもしれないと思っているので、引き続き、あまり何も楽観せずにいようと思ってます」と気を引き締めた。

映画『ジョゼと虎と魚たち』で脚本家デビューし、朝ドラ『カーネーション』(NHK)、近年では『今ここにある危機とぼくの好感度について』(同)といった作品を手がけてきた渡辺氏。今回が民放初ドラマとなるが、そこでの意識や違いは「実は何もなくてですね。たまたま私のところに一緒にやりましょうって来てくださった佐野さんが、民放を主に舞台として活躍されている方だったっていう感じなので、書き方を変えましたみたいなことも実はないです。本当に普段の自分の書き方で、思うままを書かせていただいてるという感じです」とのこと。

テレビ局を舞台にしているため、佐野Pを通じて局員を取材したり、主人公が担当するようなバラエティの現場や会議の様子を見学し、脚本執筆にリアリティを持たせている。

  • 長澤まさみ=カンテレ提供

撮影現場にも訪れ、「人がいらっしゃるときの佇まいとかを毎回感じ取るんですけど、どのポジションにいらっしゃる方もすごく本質をつかんでお仕事されていて、静かに熱中してらっしゃるなという感じがしたので、すごくいい現場だなと思いました」と印象をコメント。

主演の長澤まさみについては、「この作品を佐野さんと考えていたときに、やっぱり一番最初にやっぱり思い浮かんだ人で、佐野さんが『肉体のエネルギーと心のエネルギーがアンバランスな感じ』と言われていて、それは私にも感覚的に分かったんです。お会いしたことはなかったんですけど、いろんな媒体でお見かけする表情を見ていると、すごいく弾力性を感じる。表情が本当に豊かで、すごく落ち込んじゃってるときと、元気になるときの幅がすごく大きい方なんじゃないかなっていうふうに思ったんです。そういう人は役者さんとして魅力がある。いつも自分のベストを保っていられる人っていうよりは、ご本人の中に揺れ幅がある。この登場人物もまさにそういう人で、本来すごく能力があり、エネルギーもある人なんだけれども、女子アナウンサーという仕事をしていく中で、そのエネルギーをどこか殺さないと生きていけないような状況にあるというところからスタートし、そこから彼女自身が復活していくという物語でもあるので、今ある低い位置にあるものが復活していくときのこの伸び幅みたいなものを表現できる方じゃないかなと思っていました」と信頼を語る。

実際に本人と対面し、「すごく面白いです。そこのバランスをご本人がすごく持ってらっしゃる方だなって思いました。明るいだけではないっていうか、ひねくれたところもあるし、人間的な方だなって思って、そこがすごくかわいいですね」と、主人公の適任と改めて認識した。

今作で視聴者に訴えたいことについては、「1つは、私と同じようにこういうことは今もあるんだっていうことをご存知ない方もたくさんいらっしゃると思うので、『ありますよ』っていうことをお伝えしたい」ということ。

そして、「ドラマを描きながら自分の中で揺らいでいたのは、登場人物たちは正しくないことを正したいと思っていろんなふうに格闘するんですけども、ドラマ書いていけば書いていくほど、何が本当に正しいかは言えないというところにたどり着いたんです。一見正しいと思われていることも、実はゆがめられることがあったりする。何が正しいとか正しくないは一言では言えないんだということも共有していただければなと思っております」と強調した。

●渡辺あや
1970年生まれ。03年、映画『ジョゼと虎と魚たち』で脚本家デビュー。主な作品にNHK連続テレビ小説『カーネーション』、映画『メゾン・ド・ヒミコ』『天然コケッコー』『ノーボーイズ・ノークライ』、テレビドラマ『火の魚』『その街のこども』『ワンダーウォール』『ストレンジャー 上海の芥川龍之介』『今ここにある危機とぼくの好感度について』など。島根県在住。