10月20日、ANA(全日本空輸)が提供するスマートフォン用アプリのひとつ「ANAマイレージクラブアプリ」がリニューアルされました。現時点で目に見える変化はアプリのデザインが少し変わった程度ですが、その裏には“航空一本足打法”からの脱却という、ANAグループの大がかりな構造改革の動きがあります。

  • iOS/Android向け「ANAマイレージクラブアプリ」が10月20日にリニューアルされた

    iOS/Android向け「ANAマイレージクラブアプリ」が10月20日にリニューアルされた

リスクヘッジのために「航空事業以外のもう一本の柱」を持つ

ANAの本業といえば、もちろん航空事業。3年に渡るコロナ禍の移動制限や自粛により、大きな打撃を受けたことは想像に難くありません。そうした社会情勢の変化に対応すべく、ANAグループは2020年10月には「新しいビジネスモデルへの変革」を発表しました。

まず、コロナ禍が過ぎ去った後も特にビジネス需要に関しては以前の水準には戻らないと想定し、航空事業に関してはサービスのシンプル化・非接触化や個人旅行者向けのコストパフォーマンスの高い商品の拡充に力を入れます。

そして、感染症に限らず何らかの外的要因により航空事業に再び危機が訪れた場合に備え、リスクヘッジのために非航空事業を強化していくことが改革のもう一本の柱です。非航空事業の中心的役割を担うのはANA Xという会社で、アプリの提供やリニューアルもANA Xが主体となって行われています。

  • ANAは2020年10月、ビジネスモデルの変革計画を発表。非航空事業を強化し、多角化によるリスク分散を図るとした

    ANAは2020年10月、ビジネスモデルの変革計画を発表。非航空事業を強化し、多角化によるリスク分散を図るとした

“非航空事業”の玄関口に生まれ変わる「ANAマイレージクラブアプリ」

ANAグループではスマートフォン用のアプリをいくつか提供しており、特に利用者が多いのは「ANA」「ANAマイレージクラブ」の2種類です。以前は航空券の予約時など「どちらのアプリを使えば良いのか分かりにくい」という声も聞かれましたが、リニューアル後のすみ分けとしては、予約や搭乗などの航空関係の手続きはANAアプリ、「飛行機に乗る時以外」の操作はANAマイレージクラブアプリからと考えると良いでしょう。

  • 飛行機の予約や搭乗に使う「ANAアプリ」。今回のリニューアル対象はこちらではなくマイル関連のアプリだ

    飛行機の予約や搭乗に使う「ANAアプリ」。今回のリニューアル対象はこちらではなくマイル関連のアプリだ

そうは言っても、そもそもANAの非航空事業とは何か、飛行機に乗る時以外でANAのアプリを使うシーンがあるのか、あまり実感がわかないかもしれません。

ANAの非航空事業、つまり旅行や出張に出かける時以外の日常的に使えるサービスは開拓途上にあり、現時点ではまだ柱となるほどのキラーアプリは不在の状況です。

しかし、その片鱗を見せている具体的なサービスの例としては、たとえば2021年12月に始まった「ANA Pocket」というアプリがあります。これは飛行機に限らず、車、電車、徒歩など、日常のすべての移動距離と移動方法に応じてポイント(マイル)が貯まるアプリです。

似たような「歩いてポイントが貯まる」先行サービスは他にもいくつかありましたが、サポート体制が整っていなかったり、獲得したポイントの使い道がなかったりと、必ずしも信頼できるサービスばかりではありませんでした。その点では、大手航空会社が提供し既存のマイレージサービスに組み込まれるANA Pocketの安心感は格段に高く、「これなら試してみようか」と思える人も多かったのではないでしょうか。航空事業で長年培ってきた信頼性は、他の非航空事業を展開していく上でも武器になると考えているとのことです。

  • 2021年12月にスタートした「ANA Pocket」。飛行機に乗らなくても、徒歩や電車など普段の移動でマイルが貯まる

    2021年12月にスタートした「ANA Pocket」。飛行機に乗らなくても、徒歩や電車など普段の移動でマイルが貯まる

ANA Pocketのような日常的に使えるアプリ・サービスには今後も取り組んでいく予定で、2022年7月にはアンケート回答でポイントが貯まる「ANAリサーチ」もリリースされました。今回リニューアルされたANAマイレージクラブアプリには、このように続々と増えていく非航空系のANAサービスを整理する玄関口(ゲートアプリ)という役割が与えられました。

会見ではANAマイレージクラブアプリの将来像として「スーパーアプリを目指す」という発言もありました。

スーパーアプリというのは主に決済系のアプリでよく使われる専門用語で、身近な例としてはPayPayがまさにそうです。PayPayのアプリトップには決済以外にも様々なサービスのアイコンが並んでいて、Uber Eatsもドライブ保険の加入も別途アプリをインストールすることなく、PayPayアプリの中でそのまますぐに使えます。このように、ひとつのアプリの中に親和性の高い他のサービスを多数組み込んでいく考え方です。

  • リニューアル後の「ANAマイレージクラブアプリ」は、ANAの各サービスを利用するための玄関口にもなる

    リニューアル後の「ANAマイレージクラブアプリ」は、ANAの各サービスを利用するための玄関口にもなる

次の一手はECモール、「ANA Pay」も使いやすく進化

今回のリニューアルにより、ANAマイレージクラブアプリを玄関口として日頃からANAのサービス群に触れてもらうという枠組みは出来上がりました。その器に入れる具体的なサービスは今後順次リリースされていくことになりますが、次の一手は「ECモール」だと明かされました。

ANAグループでは現在、マイルを使って商品と交換できる「ANAショッピング A-style」、各地の名産品などを扱う「TOCHI-DOCHI」など複数のECサイトが運営されていますが、これらを集約し、2023年に新ECモールをオープンします。

  • ANAが運営しているECサイトの一例(ANAショッピング A-style)

    ANAが運営しているECサイトの一例(ANAショッピング A-style)

分散していた既存のECサイトがまとまってシンプルになるだけでなく、パートナー企業の拡充にも取り組んでおり、日用品・食料品・家電・ファッションなど多岐にわたるジャンルの商品が揃う総合モールを目指します。もちろん、マイルが貯まる・使えるという特徴はそのままです。

また、すでに提供されている実店舗向け決済サービスの「ANA Pay」についても、2023年春に対応クレジットカードの拡充やNFC決済への対応などのアップデートを実施予定。この「新ECモール」と「ANA Pay」の動きを見ると、なぜスーパーアプリの土台がANAマイレージクラブアプリでなければならなかったのかが解ってきます。

なぜ「ANAマイレージクラブアプリ」がスーパーアプリの土台なのか?

ただ単にANAの全サービスをリストアップした目次を作るだけであれば、ANAマイレージクラブアプリに新たな役割を持たせて複雑化するより、別のアプリを作った方が見やすいようにも思えます。しかし、「スーパーアプリ」を目指すのであれば、母体となるサービスとミニアプリとして収録される各サービスの親和性が高くなければシナジーが生まれません。

マイルが貯まる総合ECモールの整備、そしてANA Payの改良によって、日常生活の中でコツコツとマイルを貯める「陸マイラー」が増えれば、そのゴールとして特典航空券での旅行を思い描く利用者も増えるでしょう。空でも陸でもANAのサービスを使い、マイルを貯めては使うというループを回してもらうには、マイレージサービスを土台とするのは自然な選択でしょう。

  • 新「ANAマイレージクラブアプリ」(マイレージ画面)

    新「ANAマイレージクラブアプリ」(マイレージ画面)

もちろん、マイルの入口だけでなく出口(航空券以外の買い物での利用)も増えますから、共通ポイントのような感覚でANAマイレージクラブを利用するユーザーも一定数は出てくるはずです。しかしその場合でも、ANAマイレージクラブアプリがECモールやANA Payを利用する際の「通り道」となる以上、旅行商品を訴求できるタッチポイントにはなります。

このように考えると、本業の航空事業への誘導という点では、次のフライトにつながらないマイルの出口を増やすことは一見あまり得策ではないようにも見えますが、実は見方を変えると重要な要素です。

ここ2~3年はコロナ禍で多くの人が飛行機を利用せず、その間に有効期限を迎えてしまうマイルは延長措置がとられていました。既存のANAマイレージクラブ会員、特にクレジットカードの利用で飛ばなくてもマイルが貯まる人々であれば、普段以上にマイルが貯まっている可能性が高いです。

コロナ禍の特別対応による期限延長は、今のところ2023年3月末までの案内となっています。昨今の感染状況を考えるとこれ以上伸びない可能性も高く、そろそろため込んだポイントの処遇を考えなければならない頃合いかもしれません。だからと言って、すぐに旅行に出かけられる人ばかりではないでしょう。

ポイントが貯まる一方で使いにくい状況になってしまった既存会員の心をつなぎ留め、今後もマイルを貯めてもらう、そして心おきなく出かけられる日が来れば飛行機を利用してもらうためにも、ECモールやANA Payであえて特典航空券への引き換え以外の出口を増やす意義はあるのです。