俳優の小栗旬が主演を務める大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)は、感情を抑えきれない北条義時(小栗)と感情の見えない三浦義村(山本耕史)の対比がはっきりしてきて、それがとてもドラマを面白くしている。
第38回「時を継ぐ者」(脚本:三谷幸喜 演出:吉田照幸)では、時政(坂東彌十郎)が失脚し、義時が執権になった。
これまではくすんだ色合いの着物だった義時が黒地に白の模様のメリハリのある着物に変わった(宣伝ビジュアルのもの)。ほぼ黒くなったが完全に黒ではなく白があるのが義時の状態を表しているようにも見える。
父殺しも辞さない覚悟の義時だったが、政子(小池栄子)が「頼朝様も非情なおかたでした。でもあのかたは慈悲の心もお持ちでした。義高殿のときも九郎殿のときも許す気持ちは忘れなかった。願いはかないませんでしたがそれでも信じようとされていた」と止めた。
義時の非情さは頼朝(大泉洋)譲りだが、義時は真面目過ぎて任務に忠実過ぎる。それを政子が諭すわけだが、許す気持ちを忘れなかったとか信じようとしていたとか、そうだったか? 義高(市川染五郎)に関しては頼朝は殺すなと命令を出したが時すでに遅く悲しい行き違いとなってしまった。けれど、九郎(義経/菅田将暉)に関しては殺さなくても良かった状況ながら殺してしまったのではなかったか。たしかに九郎への情はあったようだけれど……。
もっとライトな内容だったら、政子、言うよねえ~とツッコまれそうなところだろう。人の記憶は曖昧だ。わりと自分に都合よく微妙に変わっていく。いやな思い出も意外といいこともあったようになったり、自分にも否があったのにひたすら相手が悪いと思い込んだり。政子のセリフは、北条家の公式文書として残る『吾妻鏡』の内容が生き残った者にとって都合のいい書き方になっていると言われることに説得力を与えるようだ。
歴史はすでに北条家に都合よく書き残されはじめているのではないか。そう考えると、『鎌倉殿』、単なる非情のなかにも人情があるという話でもなく、さらにプラスαあるような気がしてスリルを感じる。
仕事に私情を挟めない義時は時政の自害を止めることを八田(市原隼人)に任せる。「息子でなくて悪かったな」と時政にささやく八田。ここで義時が止めに入れば感動するところだが、そうはならない。義時は極めて生真面目なのだ。とことん悪になって、その背中を息子・泰時(坂口健太郎)に見せて反面教師となる。初(福地桃子)はそれに気づいている。
義時は、頼朝どころではないほど情があるにもかかわらず、任務のために自分を殺している。だが伊豆に流されることになった父との今生の別れでは、感情が溢れ出し目からこぼれ落ちる。
義時はよく泣く。以前小栗旬にインタビューしたとき「涙も枯れた」と言っていたが、枯れても枯れてもなお泣きたい出来事が襲ってくる。その涙は、頭や心で非道なことだとわかっているのにやらなくてはならなくて身を引き裂かれそうな痛みに身体が悲鳴をあげているように見える。こういう人っていつか精神がどこかで壊れてしまいそうで心配だ。例えるなら日曜劇場『半沢直樹』で滝藤賢一が演じて注目された近藤が頭のなかをぼたぼたと墨で埋め尽くされてしまったように。
時政は息子との別れ際、うぐいすの鳴き声の話をする。ホーホケキョと鳴くのはメスを口説くときと言う。女性(りく)の前では最高にかっこつけたかった男として笑って去っていく粋さ。
似た者夫婦とはよく言ったもので。最後までかっこつけていた時政と同じく、りくはりくで、見送りに来た政子と実衣(宮澤エマ)に、みすぼらしく去っていくとは絶対見せまいと精一杯見栄を張る。そのおかげで3人はぎくしゃくしないで笑いながら別れる。そのとき3人は過去のぎくしゃくした関係を今思えば楽しかったように語る。
りくはさらに、のえ(菊地凛子)に北条家の人たちとうまくやっていく秘訣として「誇りに思うこと」と前向きなことを言う。そう思うこと、信じることで世界の見え方を変えようとしているのだろう。無意識か意識的かがわからないが。しょぼくれていたらやっていられない。自分がそう信じていればそれが真実になることは『鎌倉殿』のあの髑髏に象徴されている。『鎌倉殿』とは己の信じた道を突き進む者たちの悲喜劇だ。
りくのメンタルの強さは相当のもので、今度は義時を「あなたがそこに立つべきお人」と焚きつける。こうして義時が2代執権となる。が、ここで彼は義村に協力してもらって芝居を打つ。御家人たちに私利私欲で動いているのではないかと疑われることを避けるためだ。前から義時はそれを警戒していた。とにかく真面目で任務に忠実なうえ用心深い。
ホーホケキョと高らかに鳴くのは女を口説くとき(繁殖期)だけで、あとは地味にジャッジャジャジャッと鳴く。それが生き抜くコツ。地鳴きとさえずりを分けるうぐいすの生き方に人間のかっこつけたい気持ちと本音を隠したい気持ちを重ねて見ることができる。だが、ただひとり、義村の切り替えの速さだけは情が一切なく見える。冒頭の義村と義盛(横田栄司)との会話は印象的だった。
義村「俺は流れで執権殿についているが小四郎が来たら寝返るつもりでいる」
義盛「よくわからん」
義村「わからなくていい。俺に従っていろ」
義時がトウ(山本千尋)にりく暗殺を命じたことも阻止した義村の心が読めない。ここで殺せば全部りくのせいにできたように思うがそうしなかったのがなぜだろう。『吾妻鏡』ではりくのせいと読めるようになっているが、殺さないほうが北条家の顔が立つと判断したということか。いや、この人もまた女性のことしか考えていないのかもしれないけれど。
感情を抑えきれない義時とクールでドライで感情の見えない義村の対比。小栗旬と山本耕史は2人とも石田三成と花沢類(山本はアニメの声をやってる)を演じたことがあるが、本作では同じ役を演じてきた俳優とは思えないほどキャラが違う。
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