レノボ・ジャパンから、Arm版Windows 11採用のモバイルノートPC「ThinkPad X13s Gen 1」が登場した。SoCにクアルコムの「Snapdragon 8xc Gen3」を採用して性能と駆動時間のバランスを高めるとともに、ミリ波対応の5GワイヤレスWANを搭載可能と贅沢な仕様が特徴となっている。
最新世代かつ最上位のWindws向けSnapdragonを採用
ThinkPad X13s Gen 1(以下、X13s)は、SoCにQualcommのSnapdragon 8xc Gen3を採用する、Arm版Windows 11モバイルノートPC最新モデルだ。今回試用した評価機の仕様は以下にまとめたとおりだ。
主な仕様1 | ThinkPad X13s Gen 1 |
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SoC | Snapdragon 8xc Gen3 |
メモリ | 16GB |
ストレージ | 256GB SSD |
OS | Windows 11 Pro 64bit |
ディスプレイ | 13.3型、1,920×1,200ドット、IPS液晶 |
カメラ | 500万画素 |
無線機能 | Wi-Fi 6E(IEEE 802.11ax)、Bluetooth 5.2 |
ワイヤレスWAN | 5G Sib6、ミリ波対応 |
生体認証 | 指紋認証センサー、顔認証カメラ |
インターフェイス | USB 3.2 Gen2 Type-C×2、3.5mmオーディオジャック |
サイズ/重量 | 298.7×206.4×13.4mm/約1.06kg~ |
搭載SoCのSnapdragon 8xc Gen3は、QualcommのWindows PC向けSoCの最新世代かつ最上位モデルだ。5nmプロセスで製造されており、従来世代のWindows PC向けSnapdragonと比べて、CPU処理能力、GPU描画能力ともに大きく高められている。そのうえでSnapdragonの特徴である電力効率の高さもしっかり維持されており、性能を向上させつつ、長時間のバッテリ駆動時間を維持している点が大きな特徴となっている。
メモリは標準で16GBと十分な容量を搭載しており、購入時に最大32GBまで増量できる。内蔵ストレージは容量512GBのSSDを搭載し、こちらも最大1TBまで増量可能だ。
通信機能は、Wi-Fi 6E(IEEE 802.11ax)準拠の無線LANとBluetooth 5.2を標準搭載。また、今回の試用機では5G Sub6およびミリ波に対応するワイヤレスWANも備えていた。ワイヤレスWANは購入時のオプション選択となるが、5Gミリ波に対応することで、非常に高速なデータ通信が可能。SIMはnanoSIMに加えてeSIMもサポートし、もちろんSIMロックフリーとなっている。
実際にNTTドコモのSIMを装着し、5G ミリ波のエリアで速度を計測してみたところ、上りこそ約40Mbpsと遅かったものの、下りは1,500bps超の高速な速度が確認できた。ミリ波のエリアはピンポイントのため、実際にどこまで活用できるかは未知数だが、対応エリアで作業を行う場合では非常に快適な通信が可能。同時にSub6エリアでも800Mbpsほどの速度が確認できているので、5Gが受信できる場所ならミリ波エリアでなくとも速度は申し分ないはずだ。
生体認証機能は、電源ボタン一体型の指紋認証センサーと顔認証カメラを搭載。試用機は両方とも搭載していたが、片方のみ搭載、または両方とも搭載しない構成も選択できるようになっている。
Webカメラは500万画素もあり、PCのWebカメラとしてはかなり高画質のセンサーを採用している。同時にこのWebカメラはSoCのISPとMIPI接続されているため、カメラのデータを高速に転送でき、この点でも高画質化が実現されている。コロナ禍以降テレワークが一般化し、Web会議などでWebカメラを利用する頻度が大きく高まっているが、そういった場合でも高画質Webカメラが利用できるのは非常にありがたい。
セキュリティ機能としては、TPM 2.0準拠のセキュリティチップの搭載に加えて、SoC内に内蔵される次世代セキュリティプロセッサー「Pluton」も利用できる点が特徴。TPMはプロセッサーとTPMチップが別チップで搭載されるため、プロセッサーとTPMチップ間の通信経路で攻撃を受ける危険性がある。それに対しPlutonはSoCに内包してTPMの問題を解消しており、より高度な安全性を実現した。これはセキュリティ機能を重視するビジネスユーザーにとって大きな魅力となるだろう。
側面ポートは、USB 3.2 Gen2 Type-C×2と、3.5mmオーディオジャックを用意。USB Type-CはDisplayPort ALTモード対応で、ディスプレイ出力に対応。ポート類は必要最小限となっており、周辺機器を活用するには別途USBハブ等の用意が必要だ。
サイズはW298.7×D206.4×H13.4mm、重量は約1.06kg。13.3型モバイルノートPCとしては申し分ないコンパクトさかつ軽さとなっており、軽快に持ち運べるはずだ。なお、試用機の重量はワイヤレスWANなどを搭載していることもあり、実測で1,113gと公称よりやや重かった。
新しいチャレンジを取り入れたデザイン
ThinkPadといえば、直線的でフラットな”弁当箱スタイル”と呼ばれるシンプルなデザインと、カラーにマット調のブラックを採用したボディが、シリーズを通した特徴となっている。その基本的なデザインコンセプトはX13sも受け継ぎつつ、少々異なるアプローチのデザインを採用している。
X13sのボディは、フラットかつシンプルで、カラーにマット調のブラックを採用している点はシリーズ同様だが、角の部分がこれまでのシリーズに比べて比較的なだらかなカーブとなっている。また、側面も底面に向かってカーブを取り入れている。そのため、これまでのThinkPadシリーズに比べて、全体的に柔らかい印象を受けるデザインとなっている。
同時に、ディスプレイ上部のカメラユニットやマイクなどを搭載する部分が、天板や上部側面からやや飛び出している点もユニークな部分。同様のデザインは、ThinkPadシリーズ登場30周年を記念して登場した「ThinkPad Z」シリーズでも取り入れられている。ディスプレイのベゼル幅を狭めつつ、高性能なカメラや顔認証カメラ、マイクなどを搭載するために採用されたデザインだが、ThinkPadシリーズのやや重厚なイメージを崩すいいアクセントになっていると感じる。
とはいえ、シリーズ同等の仕様をしっかり受け継いでいる部分も多い。例えば優れた堅牢性はThinkPadシリーズの重要な要素だが、X13sもレノボが定める独自基準でのさまざまな堅牢性テストをクリアするだけでなく、米国国防総省の調達基準「MIL-STD-810H」に準拠した12項目のテストもクリア。もちろん安心して持ち出して利用できる。
そのうえで、先に紹介したように重量は約1.06kgととても軽い。この優れた堅牢性と軽さは、ボディ素材にマグネシウム合金を採用することで実現している。しかも約90%が再生マグネシウム素材で、環境にも優しい仕様となっている点も大きな特徴だ。
1,920×1,200ドット表示対応の13.3型IPS液晶
ディスプレイは、1,920×1,200ドット表示に対応する13.3型液晶ディスプレイを採用している。アスペクト比が16:10と、一般的なワイド液晶より縦の表示領域が多くなっており、OfficeアプリやWebページ閲覧時など、より多くの情報を1度に表示できるため、作業効率を高められる。
液晶パネルの種類はIPSで、申し分ない広さの視野角を確保。また、ディスプレイ表面は非光沢処理が施されているため、外光の映り込みはほとんど気にならず、快適な作業が可能だ。なお、試用機ではタッチパネル非搭載だったが、直販モデルではBTOメニューに10点マルチタッチ対応ディスプレイも用意されている。
発色性能については非公開となっているが、このクラスのモバイルノートPCのディスプレイとして標準以上の発色性能を備えていると感じる。映像クリエイターなどをターゲットとしたディスプレイや有機ELディスプレイなどと比べると、ややおとなしめの発色という印象だが、本製品がメインターゲットとしている一般ビジネスユーザーなら不満を感じることはないだろう。
ただ、1点気になったのがディスプレイの開く角度だ。ThinkPadシリーズでは、ディスプレイが180度開く製品が多数を占めているが、X13sでは最大で135度ほどまでしか開かない。これが利用上大きな支障を来すということはないものの、対面プレゼン時などはディスプレイが180度開くと便利なため、ここは維持してもらいたかった。
キーボードは扱いやすいが気になる部分も
キーボードやポインティングデバイスの優れた利便性も、ThinkPadシリーズがビジネスユーザーに広く支持されている理由のひとつ。そしてX13sでもその点はしっかり受け継がれている。
キーボードは日本語配列で、配列は標準的。変則的な配列はほぼ皆無で、カーソルキーが1段下がって搭載されている点もあわせて、非常に扱いやすい。また、BTOメニューで英語配列キーボードを選択できる点も大きな魅力だ。
主要キーのキーピッチは約19mmフルピッチを確保。ストロークも約1.5mmと申し分ない深さがあり、堅すぎず柔らかすぎない、適度なタッチとクリック感とあわせて、打鍵感も優れている。実際にタイピングしていても、その心地よさはさすがだと感じる。この他、打鍵音の静かさや、キーボードバックライトの搭載なども大きな魅力で、場所を問わず快適にタイピング可能だ。
ただし、気になる部分もある。それはEnterキー付近の一部キーのピッチが狭くなっている点だ。これは本体の横幅が狭められていることと、キーボード左右にスピーカーを配置していることによる影響と考えられる。大幅にピッチが狭められているわけではなく、そこまで扱いづらくはないものの、可能ならスピーカーの搭載位置を変更し、それらのキーも含めてフルピッチにしてもらいたかったと思う。
ポインティングデバイスは、スティックタイプのTrackPointとタッチパッド「ThinkPadクリックパッド」を同時搭載する、ThinkPadシリーズおなじみのスタイルだ。もちろん、TrackPoint用の3ボタン物理クリックボタンも搭載。キーボードのホームポジションから手を動かさずにカーソル操作が行えるTrackPointは、慣れると手放せなくなるほど便利だ。また、クリックパッドも非常になめらかな手触りで扱いやすい。用途に応じて双方を使い分けることで、優れた利便性を実現できる点も、大きな魅力となるだろう。
旧世代Snapdragonからパフォーマンスはかなり向上している
X13sはSoCにSnapdragon 8xc Gen3を採用したArm版Windows 11モバイルノートPCということで、気になるのがパフォーマンスだろう。まずは、いろいろなアプリを利用してみた印象を紹介する。
まず、ZoomやMicrosoft EdgeなどのArm64ネイティブアプリは、素早く起動するのはもちろん、動作も非常にキビキビとしており、かなり快適に利用できると感じた。Snapdragon 8xc Gen3は、従来のWindows PC向けSnapdragonと比べて大きく性能が高められており、過去に利用したことのある旧世代のSnapdragonを搭載するArm版Windows 11 PCよりも、かなり快適に利用できるという印象だ。
ただ、残念なことにArm版Windowsは登場から数年経過しているものの、Arm64ネイティブアプリはまだまだ数が少ない。大きなところではAdobeのPhotoshopとLightroomがArm64ネイティブ版を用意しているが、その他のCreative Cloudのアプリはまだ用意されていない。そのため、多くのアプリはx86/x64版アプリを利用する必要がある。
Arm版Windows 11では、x86/x64アプリをバイナリ変換しArm版Windows 11で動作させるようにするエミュレーション機能を用意しており、多くのアプリはその機能を利用して利用できる。その場合は、やはりArm64ネイティブアプリに比べると動作が重く感じる。それでも、旧世代のSnapdragonに比べるとかなり快適に利用できるのも事実で、以前のように動作がかなり重いと感じる場面はかなり少なくなったと実感できる。このあたりはSnapdragon 8xc Gen3の性能向上が大きく影響しているはずだ。
とはいえ、すべてのx86/x46アプリが動作するわけではなく、動作しないアプリも存在する。もし普段業務などで利用しているx86/x46アプリが動作しないとなると大きな問題だ。このあたりは、あらかじめ動作するか確認しておく必要がありそうだが、こういった問題が存在すること自体が、Arm版Windowsの大きな課題だ。
最後に、いくつかベンチマークテストの結果も掲載しておく。利用したのはArm64ネイティブアプリの「Geekbench 5」と、JavaScriptベンチマークの「Octan 2.0」、x64アプリの「CINEBENCH R23」だ。
Geekbench 5の結果は、ネイティブアプリらしくなかなかのスコアが得られている。このスコアは第11世代Core i5に匹敵するほどで、なかなかの性能を備えていることがわかる。 Octane 2.0の結果も同様で、第11世代Core i5に匹敵、または上回るスコアが得られている。このことから、Snapdragon 8xc Gen3の性能自体はかなり優れるものと言っていいだろう。
それに対し、エミュレーションで動作するCINEBENCH R23のスコアはかなり低いものとなっている。エミュレーション動作ということもありしかたのない部分でもあるが、それでも旧世代のSnapdragonより高いスコアが得られている。この点からもSnapdragon 8xc Gen3の性能向上とともに、エミュレーションでも以前よりアプリが快適に利用できることがわかる。
続いてバッテリー駆動時間だ。X13sは公称では最大約31.2時間と、非常に長い駆動時間となっている。それに対し、バックライト輝度を50%に設定してフルHD動画を連続再生してみたところ、8時間経過時点でバッテリー残量は46%だった。
このペースなら駆動時間は15時間を余裕で超える計算。もちろんフルHD動画の再生はそれほど高負荷な作業ではないが、X13sがターゲットとするビジネスモバイル用途では高負荷なアプリを長時間連続使用するような使い方はあまり考えられず、一般的な使い方であれば駆動時間が10時間を下回ることはないと考えられる。このあたりは、電力効率に優れるSoCであるSnapdragonを採用している最大の利点でもあり、長時間駆動を必要とするモバイルワーカーにとって大きな魅力となるだろう。
課題はあるが、今後のArmネイティブアプリの拡充に期待
ここまで見てきたようにThinkPad X13s Gen 1は、軽さと堅牢性を兼ね備えたボディや扱いやすいキーボード、優れたセキュリティ性などThinkPadシリーズらしさしっかり受け継いでいる。また、ミリ波対応の5G対応ワイヤレスWANを搭載したり、長時間のバッテリー駆動時間を実現している点なども合わせ、完成度の高いモバイルノートPCに仕上がっている。
ただ、Arm版Windows 11モバイルノートPCということで、Arm64ネイティブアプリの少なさが魅力を大きく損ねていると感じる。Arm64ネイティブアプリが増えることで評価も変わってくると思うが、大半のアプリをエミュレーションで利用しなければならないうえに、正常に動作しないアプリも存在しており、現状ではなかなか厳しい部分もある。
しかも直販価格は20万円前後となっており、IntelやAMD製CPUを搭載する一般的な製品も問題なく購入できてしまう。そういった意味で、なかなか手を出しづらいのも事実だ。 こればかりはレノボが悪いのではなく、QualcommやMicrosoftを中心として、業界全体で取り組まなければならない問題なのも事実。そのため、Arm版Windows 11の魅力が高まるよう、今後のArmネイティブアプリの拡充に期待したい。