トヨタ自動車の新型「シエンタ」は、車いすのまま乗ることができる福祉車両(ウェルキャブ)にもこだわったクルマだ。さまざまな工夫で使い勝手を向上させているが、中でも気になったのが「ショートスロープ」という新たな機構。もちろん従来通りの長いスロープも選べるわけだが、スロープを短くすると何が変わるのだろうか。

  • トヨタの新型「シエンタ」

    トヨタの新型「シエンタ」はウェルキャブにもこだわった1台だ

車いす乗降時間が半減?

シエンタはコンパクトカーとミニバンのいいとこどりを狙った1台。扱いやすい5ナンバーサイズの車体でありながら、3列シート7人乗りも選べる。初代が登場したのは2003年9月で、新型(3代目)は2022年8月に発売となった。

従来からウェルキャブもラインアップしていたが、今回はハイブリッドモデルを含め設定グレードを拡大。車いすの乗車から固定までの動作をシンプルな機構とし、操作性を向上させた。車両後部から車いすを乗せるためのスロープには、地面からゆるやかな坂を作る従来通りのタイプに加え、主に法人向けとして坂の部分が短いショートスロープも用意した。

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  • こちらがショートスロープ。これだと先端が地面にくっつかないので、例えば雨の日など、スロープを濡らさなくて済むのもちょっとしたメリットだ。長いスロープをたたむと先端が車いす利用者の頭の後ろあたりにくるのだが、クルマでの移動中、頭の後ろに濡れた何かがずっとあるというのは考えてみると少し不快だからだ

トヨタに聞くと、短いスロープにはいくつかの利点があるそうだ。まず、乗り降りするスペースが小さくて済む。例えば福祉タクシーで車いす利用者を病院に送迎する際、車いすを乗せたり降ろしたりスペースは玄関前で、後には次のクルマが待っている(ちょっとした縦列駐車のような)状況だったりする。そういう場合は車いすの乗り降りに要するスペースがなるべく小さい方がいい。長いスロープだと2.4mくらいのスペースが必要となるのだが、ショートスロープだと1.7mで済むそうで、「その気になれば1.3mくらいでもいけます」(トヨタの説明員)とのことだった。

ショートスロープはテールゲートを開くと自動で展開し、しまうときもレバーを引っ張るだけなので操作が楽。クルマに近い場所で車いすを押したり引いたりできるから、テールゲートを屋根の代わりに使えるので、雨が降っていても乗降作業中に濡れずに済む。旧型とショートスロープを比べると車いすを乗せる際の動作数は8から3に減少。車いすの乗り降りの際にバックドアを開けておかなければならない時間も、従来の87秒から47秒に短くなるというデータがあるそうだ。福祉タクシーで使う場合などは、交通量の多い場所で車いすの乗せ降ろしをしなければならないこともあるので、時間短縮が嬉しいという人は多いはずだ。

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  • 福祉タクシーのドライバーさんや介護施設の送迎担当の方は、1日に何度も車いすを乗せたり降ろしたりする必要がある。乗降作業の時間短縮はメリットが大きいはずだ

ただ、地面から緩やかに坂を作る長いスロープと違って、ショートスロープは車いすの乗せ降ろしにより体力が必要なのではとも思ったのだが、実際に作業を体験してみると、意外に楽々と車いすを乗せることができた。スロープの先端に車輪をくっつけて、腕だけでなくしっかりと腰・膝を使いながら車いすを転がす感じで押し込めば、そこまで力が必要な作業ではなかった。福祉タクシーのドライバーさんや介護施設の方々は、車いす利用者を自宅玄関まで迎えに行ったりするので、車いすでちょっとした段差を乗り越える動作には慣れていることが多い。ショートスロープの導入に際してはそのあたりの事情も考慮したそうだ。

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    この状態から車輪を転がすような形でグイッと押すのだが、体を車いすに密着させるような感じでしっかりと腰と膝を使えば、そこまで大変な作業ではなかった

新型シエンタでは、早い段階から「ウェルキャブをどう作るか」という視点を持ちつつ企画、開発を進めたそう。そのため、先代から流用できる部品など「変えてほしくない部分」を開発チームに伝えることができたので、ウェルキャブを安く作ることが可能になったという。グレードによってはプラス10万円ほどでウェルキャブを購入することができるのも、企画段階からウェルキャブ製作を見越した開発の恩恵だ。

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    新型「シエンタ」の価格は195万円~310.8万円、ウェルキャブは207.2万円~296.7万円

トヨタの説明員によるとウェルキャブはシエンタ全体の数%しか売れないそうだ。新型シエンタのウェルキャブは月間300台の販売を計画している。実際のところウェルキャブは儲かる車種ではないらしいが、そういう車種を安く作れるのは年間1,000万台単位でクルマを販売している自動車メーカーだからこそだし、逆にいえばトヨタのような大メーカーの使命ともいえるのかもしれない。