パナソニック エレクトリックワークス社(以下、パナソニックEW)は、業務に必要な明かりを確保しながら省エネを実現する、タスク・アンビエント照明の導入事例を紹介するメディア向けのオフィス見学会を開催。東京・お台場にある乃村工藝社のオフィスを取材しました。

  • タスク・アンビエント照明

    タスク・アンビエント照明を体験する、マイナビニュース・デジタルの林編集長

節電しながら作業に必要な明るさを確保するタスク・アンビエント照明

タスク・アンビエント照明とは、照明設計のひとつ。タスク・アンド・アンビエント照明とも呼ばれます。仕事や生活の上で欠かせない照明ですが、そのときその場で何をするかによって、必要とされる照明は変わってきます。

オフィスで作業する場合、もっとも明かりが必要になるのは机の上。そこで、手元を照らすタスク照明と、壁や天井を照らして空間全体の明るさを作る間接照明のアンビエント照明を組み合わせます。快適な業務に必要な照明はしっかり確保しながら、全体の照度は下げて省エネを実現しようというのが、タスク・アンビエント照明の考え方です。

  • 手元の照明と間接照明で必要な明るさを効率的に

基本的に従来のオフィスは、均一の明るい空間になるように設計されています。これはJISで推奨されているためで、具体的には机上面の照度が750ルクスになるように設計するケースが多くなっています。対して一般家屋は150~300ルクスが推奨なので、オフィスの照明は標準でかなり明るいといえます。

昨今、デスクワークの中心がノートパソコンでの作業となり、働き方改革によってオフィスのあり方なども変化してきました。ZEB(ネット・ゼロエネルギー・ビル)が注目されていることもあって、オフィスの空間全体を750ルクスに保つのではなく、人が作業する場所・しない場所で明るさにメリハリを付け、省エネとコストカットを図ろうとする動きが出てきています。

  • 紙の上での作業が減り、ノートパソコンでの作業が増えたことで、オフィスの明かりのあり方が変わってきました

ZEBをごく簡単にいうと、省エネによって消費電力を50%減らし、創エネによって必要な電力を50%まかなうことで、外部電力への依存を0%にしようというもの。これはかなりハードルが高く、従来の照明の考え方だと達成は困難。そこでパナソニックEWは、ZEBの普及を後押しして、「省エネ+快適なオフィスの実現にはタスク・アンビエント照明が有効ではないか」と考えたのです。

市場にはLED照明が普及し、小さな光源で多彩な明かり演出できる照明器具が登場して選択肢が広がっていることも、実現の可能性を高めました。

タスク・アンビエント照明の効果を3Dデータ上でシミュレーション

もうひとつ、タスク・アンビエント照明を推進する上で重要なカギとなったのが、人が空間に対して感じる明るさを数値化した指標「Feu(フー)」です(パナソニックが2005年に開発したもので、現在のところ標準化や規格化はされていません)。床や机上面だけでなく、天井や壁などにもどの程度の光が当たっているのか計算し、人が感じる空間の明るさを数値化します。空間の明るさを客観的に把握し、比較検討しやすくする指標です。

  • Feuを利用して部屋の明るさを数値化

Feuを利用して「空間の明るさ感の違い」を見える化し、部屋(空間)の照度が同じでも、より明るく見えるよう調整できるようになりました。数値化されているので、シミュレーションツールによる解析も可能です。

パナソニックEWは自社開発のBIM(Building Information Modelling)用照明シミュレーションツール「Lightning Flow」を用い、建物の3Dデータ上に配置した照明効果を、画面上ですばやく確かめられるようにしました。

  • 3Dデータ上で照明のリアルタイムシミュレーションが可能なエンジンを独自開発

持ちビルじゃなくても導入できるタスク・アンビエント照明

タスク・アンビエント照明の導入事例として、見学の場を提供したのが大手ディスプレイデザイン企業の乃村工藝社。明治時代に創業者が舞台装置の制作を請け負ったことから事業を起こし、現在では百貨店・博物館・展示会・イベント会場などの企画・デザイン・設計・制作など幅広く手がける、空間プロデュース集団です。

乃村工藝社は働き方改革アクションの一環として、2021年にグループ拠点をお台場オフィスに集約。その計画は若い世代を中心にしたボトムアップで進めていましたが、コロナ禍で世の中全体のワークスタイルが変化し、見直しが必要になります。テレワークの増加を受けて執務空間をコンパクト化する一方、出社した人間がスムーズに多くの社員同士でコミュニケーションできる工夫を盛り込みました。

そして、執務空間のコンパクト化で大きな役目を担ったのが、タスク・アンビエント照明の導入です。席数は従来の一人ひと席から、社員数の65%程度に低減。東京オフィスには300人のデザイナーが所属していますが、毎日出社する人はいません。執務空間を1フロアに集約し、余ったフロアはコミュニケーションにも利用可能な「選べる居場所」として活用することになりました。

  • 仕事や商談、社員同士のコミュニケーションにも使える空間を捻出

また、持ちビルじゃなくてもできる、こだわった照明の開発にも挑戦しました。賃貸ビルは退去時に現状復帰が必要なので、天井に手を入れにくいという問題があります。このため、床から電源を確保することを命題とし、既存の天井照明設備を使わずに、タスク・アンビエント照明のみで空間全体も机上も十分な照度とすることを目指しました。

  • 天井の明かりは隅だけ。中央の業務スペースの明かりは、タスク・アンビエント照明でまかなっています

実際に見学したのは、乃村工藝社の本社ビル9F(執務エリア)です。ここにはペンダント照明を52台設置しています。1つのペンダント照明に「C-Slim S15」というライン照明を4台使用し(上向き2台・下向き2台)、全部で208台のライン照明を使っていることになります。これにより、空間全体の平均照度は372ルクス、机上面照度は605ルクスと、大きなメリハリが付けられました。

もともと天井に埋め込まれている照明は変更しておらず、オフにしただけの状態。つまり、照明を全部オンにしようとすればできる状態になっています。

  • ペンダント照明を下から見上げたところ

  • ペンダント照明を上からのぞいたところ(右)

机の脇に立つとやや暗く感じますが、部屋全体を問題なく見通せます。席に座ってみると手元は十分に明るく、どこからも照らされている感覚がなく集中しやすそうです。参加者には「左右と後ろをパーティションで囲まれている感じ」と表現した人もいましたが、まさに手前にだけ集中できる環境だと思いました。

  • 手元に白いマットを敷くと、タスク照明の効果がアップ

机やイスの配置を変更する場合、タスク・アンビエント照明の設計もやり直しです。ただし、レイアウトの変更にはコストも時間もさほどかからないとのこと。ペンダント照明は天井から吊しているだけで、電源は床からコードで取っています。

  • 目線の高さを、座ったときと同じくらいにするとかなり明るく感じます

電源コードがむき出しだと見た目が良くないので、バネ型の金属を通してインテリアにしていました。この金属は担当がこだわりを持って探し、もっとも落ち着いていて実用度の高いものを選んだそうです。なんとイノシシを捕らえる罠の器具に用いられているパーツなんだとか。

さて、導入した結果どのような効果があったというと、消費電力はリニューアル前と比べて16,535kWh/年の削減(▲53.8%)。ランニングコストは62.9%の削減となり、一般的なLED化と比較して、内訳として31.5%がタスク・アンビエント照明による節電効果となりました。もちろん、これによる業務効率の低下は発生していません。

  • 乃村工藝社は、タスク・アンビエント照明の導入とオフィスのリニューアルによって、照明の消費電力を53.8%削減することに成功

実際にタスク・アンビエント照明を体験しましたが、仕事をする上で何の支障も感じないどころか、むしろ集中力が高まりそうな印象でした。部屋の隅々まで明かりが届く必要はなく、追加の照明器具と簡単な設置の手間だけで、見えるべきところはしっかり見えるようメリハリが付き、省エネにも大きな効果があるとなれば、今後はタスク・アンビエント照明を導入するオフィスも増えていきそうです。

最後に、乃村工藝社のオフィスで見たさまざまな工夫や、遊び心のある施設を写真で紹介します。こんなオフィスで働きたい!

  • 8Fの執務スペースには、デザイナーらしい工夫が随所に。文字の大きさの違いを意識できる柱には、使われているフォントも書かれています

  • ロール紙を机の端で押さえられるデスク

  • 3Fの「RESET SPACE_2」と名付けられているフロアには観葉植物が置かれ、公園のように使えます

  • ベンチやテーブルに使われている木材は、この場所で天然乾燥。半年ほどですべて入れ替えているそうです

  • ドリンクやフードなどの自販機は、販売する内容を業者任せにせず社員が決めています

  • 調理のためのシンクやレンジも用意

  • 自社の仕事の流れをすごろくで学べる、新入社員に使わせたい「すごろくテーブル」