ジェラートといえばイタリア。同国が地中海に位置することもあり、夏を連想する食べ物だ。そんな筆者のもとに、北海道の網走で大人気だというジェラート職人の話が届いた。冬の流氷で有名なオホーツク海にある街でなぜジェラート? 疑問を解消するため、「Rimo」というそのジェラート専門店に行ってきた。
ジェラート職人とは思えない第一印象
女満別空港から網走市内へ続く国道の途中に、そのジェラート屋はある。エグゼクティブシェフとして、ジェラート作りを一手に担うのが高田聡さんだ。第一印象が強烈で、明るい緑色に染められた髪型に目が釘付けになった。
趣味だというサーフィンが理由なのか、真っ黒に日焼けした肌と髪型は、筆者の持つジェラート職人のイメージをあっけなく粉砕する。
しかも高田さん、実は日本人で唯一の「イタリア開催の2つの世界大会」で優勝したチャンピオンで、初めて優勝した「SHERBETH FESTIVAL(イタリア・パレルモ)」大会での勝利は、アジア人としても初の快挙なのだという。
大会は書類とジェラートのレシピによる予選を経て、本選に進む流れだが、何百人単位のプロの職人たちが参戦。アジア人の参加は多くはないし、そこで勝ち進めることも稀だそうだ。
イタリアというお国柄、人種の壁もあるだろう。そんな厳しい大会になぜ参加したのか、高田さんに尋ねてみた。
「日本のジェラート職人の地位を向上させたいのですよね。例えば、料理人、コック、パティシエ、ショコラティエ、さらにその後がジェラート職人みたいな。実際、ジェラート以外は学校が存在します。それを変えたいのです」
確かにイタリアでは、ジェラート職人を養成する学校があるなど文化として根付いている印象がある。しかし日本はまだ学校もない状況だ。
この違いについて、「そこそこのジェラートを作ることは実はそこまで難しくありません。そうした技術的な面も影響しているでしょう。ただ少数ながら、幾つかのお店は試行錯誤を繰り返してレベルの高いジェラートを生み出す努力をしていて、それは僕も同じです」と言い、業界を変化させるきっかけの一つとして本場の大会への挑戦があったようだ。
業界の常識にとらわれない方法
店舗に隣接する工房では、どのようにジェラート作りが行われているのか、高田さん自ら説明してくれた。
「当然ですが『いい素材』を使うことです。例えば牛乳は同じ網走の岩本牧場さんから毎朝集荷します。でも地元だけにこだわらず、いい素材であればどこのものでも採用します。そしてウチのジェラートの特徴は香り、そして食べた時に舌で『冷たさを感じず、ハッキリ味が分かる』ことです」
例えば、「Ibara(イバラ)」というイバラガニとピスタチオのジェラートは温度変化による「香りの違い」を楽しめて、「口に入れた時はピスタチオの香ばしさと味が、その後融け始めるとイバラガニの殻の香りが登場します」とそのメカニズムを説明する。
また、そこまで香りにこだわるのでカニの殻やピスタチオは作るたびに毎回、焙煎して香ばしい匂いを逃さないように仕上げているほか、ウォッカ、青トマトのジュースを混ぜるのが高田流。一般的にはウイスキーやブランデーを合わせるのが定番だが、業界の常識にとらわれずに発想するのだ。
また、冷たさを感じさせない技術は、ジェラートに含まれる水分量を60%以下にすることで可能だと言う。ここで、ピスタチオにカニという組み合わせ方が不思議で、その理由を聞いてみると予想外の回答が返ってきた。
「フードペアリング理論として知られていますが、料理は共通項の香りの成分を合わせると相性がいいのです」
調べたところ、同理論は「食べ物の香りを科学的に分析し、おいしい食材の組み合わせを見つけ出す」考え方で、食の最新理論として知られていた。そして、フードペアリング理論など、料理を化学でプロセス分析する「分子ガストロノミー」の手法は2019年にコンテストで勝利した時も採用しており、高田さんには慣れ親しんだ方法だそうだ。
言わずもがなだろうが、ピスタチオはイタリアのシチリア島産の油分の多い良質なもの。カニの殻は網走の水産会社が「古くから漁師に伝わる『から酒』用」として販売するものを特別に分けてもらうなど、使う素材にも抜かりはない。
ジェラートに対する執着と仕事へのこだわり
さらに、手間をかけ、焙煎したイバラガニ、ピスタチオ、ジェラートミックスをミキサーにかける時も、高田流のこだわりがある。
「自分自身がハッキリした味が好きなのもあり、粒子が細かくなるミキサーを使います。イタリアでよく使うタイプもありますが、それだと粒が大きくなるので」
またミキサーに入れると香りが飛んでしまうため、ウォッカ、青トマトのジュースはミキシングの後に入れるのもポイントだと言う。この後は機械が自動的に行うので、ジェラート作りは完了かと思いきや、高田さんの「ジェラートへの執着」は終わらない。
「使う砂糖の種類が多いのもウチならでは。他のお店はグラニュー糖やブドウ糖など、3~4種類を使うでしょうが、僕たちは7種類です。これは最初に話した『舌でハッキリと味が分かる、冷たくないジェラート』を作るためです。本場イタリアのジェラートは大量に砂糖を入れますが、日本人の味覚だと甘すぎます。そこで、砂糖の甘さのバランスを取り、甘く感じさせない技術を使います」
また、甘さのバランスから、さらには使う牛乳にも秘密があった。いま市場で売られている牛乳は製造工程でホモジナイズ(均質化)されている。詳しい説明が日本乳牛協会のホームページに記載されているので一部抜粋しよう。
搾っただけの生乳中の脂肪球の大きさは、直径0.1~10マイクロメートルとばらつきがあります(1マイクロメートル=1mmの1/1000)。
そこでホモジナイザー(均質機)という機械で、生乳に強い圧力をかけ機械内にある狭い隙間を通過させ、脂肪球を直径2マイクロメートル以下の細かい粒子にします。
均質化された牛乳は脂肪球が分散しているので、飲み始めから飲み終わりまで均一な味わいになり、脂肪球に溶けている脂溶性ビタミン(ビタミンA・D)も均一にとれます。また脂肪球が細かくなるのでホモジナイズ(均質化)されていない牛乳よりも消化吸収がよくなります。
出典:日本乳牛協会「乳と乳製品のQ&A」より
しかし、ジェラートの「香り」にこだわる高田さんは「飲んだ時の香りを最初、真ん中、最後で分けると、真ん中→最後で必ず『何もない無味』がほんの一瞬あるんです」と主張。
ジェラートには向いていないと判断し、契約する酪農家さんより毎朝「脂肪球にばらつきのある加工されていない牛乳」を自分たちで直接集荷していると言うのだ。
「ある程度技術がないと使いこなせない牛乳ですが、おいしいジェラートを作るにはこの牛乳じゃないとダメなんです」
なお、すべてのジェラートミックスは必ず液体の状態で冷蔵庫に保管するエイジングを行い、それを翌日使う。「食べ比べしないと分からないほどのちょっとした差」だが、そこもこだわりを持っていると言う。このため、同店では、当日分の在庫が終わると店じまいになるのだ。
筆者もピスタチオ・Ibara(イバラ)・イチゴソルベの組み合わせを試したが、素材の個々の香り、しっかりした味を堪能でき、確かにおいしい。あまりスイーツには縁が無いが、すべての味を試してみたいと強く思わせるジェラートだった。
狂気とも呼べるジェラートへのこだわり。次回は高田さんの「仕事のこだわり」の原点や理由を紹介したい。