それは、これまでのミュオン元素分析は、1g以下の小さな試料の分析実績がなかったという点と、リュウグウの試料を地球大気に一切触れさせてはならないため、隕石の分析とはまったく異なる取り扱いが必要だった点であるという。

リュウグウ試料は繊細な物質であり、わずかでも酸素や水蒸気に触れてしまうと、組成が変化してしまう恐れがあったことから、分析を不活性なヘリウムガス雰囲気中で行える、専用の測定システムを開発し、地球大気に触れない形で分析が行われたという。また、分析装置内部には、試料に含まれていない純銅で覆う特殊な構造を採用することで、試料のみに由来するシグナルを得ることのできる、少ない試料でも分析可能なバックグラウンドの低い測定条件を達成したとする。

2021年6月に10個のリュウグウの試料がJ-PARCに持ち込まれて分析を開始したところ、生命の材料物質である炭素・窒素・酸素について、非破壊で検出することに成功したとする。また、太陽系の固体物質における化学組成の基準となっている「CIコンドライト隕石」とおおむね似た組成をしていることも判明したとのことで、研究チームでは、リュウグウ試料が太陽系において極めて始原的な物質であることを明確に示していると説明する。

  • ミュオン分析を待つリュウグウの試料

    ミュオン分析を待つリュウグウの試料。リュウグウ試料は白丸で囲んだ部分にあり、この時点では銅箔に包まれている。分析時は銀色のホルダーから外されて試料以外は銅のみの空間だった (出所:KEK Webサイト)

また、酸素の含有量は、CIコンドライト隕石と比べて約25%少ないことが確認されたともする。これは、これまで太陽系の化学組成の基準とされていたCIコンドライト隕石が、地球物質の汚染を受けていた可能性が示唆されており、CIコンドライト隕石よりもリュウグウ試料の方が、太陽系を代表する物質として相応しい可能性があるとしている。

なお、今回分析されたリュウグウの石はわずか0.1gほどだが、初期分析におけるほかの分析では、数mgもしくは数μgオーダーの試料量で実験が行われており、実はかなりの大きさのものであり、こうした大きさで分析できたのも、非破壊だからだと研究チームでは説明しており、ミュオン分析が行われたリュウグウ試料は、その後、ほかのさまざまな分析に再度提供されたという。

  • リュウグウ試料(C0002)の画像

    (左)今回分析された中で、最も大きいリュウグウ試料(C0002)の画像 (提供:JAXA)。質量は93.5mg。左上の赤線はスケールで縦1mm・横1mmが表されている。(右)リュウグウ試料と、標準試料として測定されたCIコンドライト隕石(Orgueil:オルゲイユ)から得られたミュオン特性X線のスペクトル。両者は極めて近く、近い元素組成であることが示されている。ただし、リュウグウ試料は酸素のX線強度が低い (出所:KEKプレスリリースPDF)

また研究チームでは、多くのリュウグウ試料を分析できたことから、今回の結果は小惑星リュウグウの平均的な元素組成に最も近い値が示されていると考えられるとするほか、ミュオンビームを用いた分析法については、今後の小惑星、衛星探査で得られた試料を分析する手法の1つとして確立していくことが期待されるとしており、今回の成果についても、なぜ太陽系の地球という星で生命が誕生したのか、その理由に迫る重要なヒントになるだろうとしている。