近年、発見された「子宮内フローラ」。不妊との関係性があるといった研究結果が発表されるなど、今注目を浴びつつあるものです。今回は、Varinos社の研究員であり、子宮内フローラ検査の開発に携わる芦川享大が、子宮内フローラとは何かについて説明していきます。
子宮内フローラとは?
子宮内フローラとは、"子宮内にいるさまざまな菌の集まり"のことです。「腸内フローラ」を聞いたことがある人は多いと思いますが、腸内には多種多様な細菌が大量にいます。一方、子宮の中は近年まで無菌と思われていたほど、超微量の細菌しかいません。
子宮内にも細菌がいるとわかったのは2015年。検査技術が向上したおかげで、ラトガース大学(米国)の研究者により、子宮内フローラの存在が明らかに。それ以前の培養による検査方法では、菌を増殖させることが困難であったほか、そもそも増やせない菌もありました。それが次世代シークエンサーという高速に大量のDNAを解読できる機械の登場をきっかけに、微量な菌も解析できるようになり、その割合もわかるようになったのです。
不妊と関係性はあるの?
子宮内にも細菌がいるとわかった翌年の2016年、スタンフォード大学(米国)の研究で、子宮内フローラが乱れていると体外受精の成功率が下がることが発見されました。さらに同年、スペインのチームが、子宮内フローラにラクトバチルスという乳酸菌の一種が90%以上いる群と90%未満の群で妊娠率や生児獲得率の違いを調べたところ、大きな差があることが明らかに。
乳酸桿菌(にゅうさんかんきん)ラクトバチルスが90%以上いる群の妊娠率が70.6%、無事赤ちゃんを出産できたという生児獲得率が58.8%に対し、ラクトバチルスが90%未満の群は、妊娠率33.3%・生児獲得率6.7%という結果でした。
この理由の1つに、免疫寛容によるものが考えられています。
まず、さまざまな菌がいる状態が良いとされている腸内と異なり、子宮内はラクトバチルスが多い環境が良い状態とされています。まだ解明はされていませんが何らかの要因により、善玉菌であるラクトバチルスの割合が少なくなると、それ以外の菌の割合が増えることになります。
特に悪玉菌が増えると、それを倒そうと母体の免疫が活性化されます。免疫が活性化されている状況下で、受精卵や精子が子宮に入ってくると、それすらも異物として攻撃してしまい、受精や着床の妨げになるという可能性が論文等で示されています。
実際、問題のない受精卵(胚)を子宮に戻しても、3割近く着床しないことが報告されています。これらのことから、子宮側に何かしらの要因があると考えていた医師らが、子宮内フローラ検査に注目し、近年、不妊治療クリニックを中心に子宮内フローラ検査の導入が進んでいます。
調べられる場所や検査方法は?
子宮内の細菌を調べる検査は一つではありませんが、例えばVarinos社が提供する「子宮内フローラ検査」は、現在不妊治療クリニックを中心に、国内250以上の医療機関で導入されています。
子宮内フローラ検査を行うためには、まず、医療機関で子宮体がん検査と同じ器具を使用し、子宮内膜上の粘液(子宮内腔液)を採取。それをVarinosのラボに輸送し、ゲノム解析というDNAを調べる技術で細菌の種類やその割合を調べています。
人間だけではなく、動物や植物、そして細菌もDNAを持っています。DNAの持つ遺伝情報によって生物はその特徴が決まります。そのため、細菌のDNAを調べることで、どの細菌かを突き止めることができるのです。
なお、医療機関に検査結果を通知するまでには、検体がラボに到着してから3週間ほどの時間を要します。費用はクリニックにより異なりますが、4~6万円が目安となるでしょう。
なお、検査会社によって、採取方法や検査結果の精度、結果通知までの期間は異なります。費用も同様に医療機関ごとに異なりますので、あらかじめ医師や検査会社のホームページ等で確認するようにしましょう。
また、不妊治療クリニックへ行く前に、子宮内フローラの環境を調べたいという人向けに、簡易キットで調べる方法もあります。それが、子宮内の菌環境を腟内の菌環境から予測できるという「腟内検体採取式 子宮内フローラCHECK KIT」(26,000円 ※送料込み)です。Varinos社の研究においては、子宮内と腟内の細菌比率は8割がた同じという結果(※1)がでています。
利用方法は、自宅に送られてくる検査キットに入っている綿棒のようなもので、腟から検体を採取し、それを郵送でラボに送付。本キットは、3週間ほどで結果が手元に届きます。
子宮内フローラの状態が良ければ、妊娠しにくい理由がほかにあることが考えられるため、不妊治療クリニックで別の検査を受けるのが良いでしょう。また子宮内フローラの状態が悪かった場合も基本的には自己判断せず、医療機関に検査結果を持参し、医師に治療の相談をしましょう。
子宮内フローラ検査は保険適用になるの?
現在(2022年9月時点)、子宮内の菌環境を調べる検査(子宮内細菌叢検査)は、保険適用になっていませんが、先進医療に認定されています。先進医療というのは、将来的な保険導入に向けた評価を行う制度です。先進医療について、知っておくと良いのは以下の2点です。
【1】例えば、体外受精や顕微授精などの保険診療と自由診療(保険診療になっていないもの)を併用すると「混合診療」といって、保険診療で本来3割負担だったものまで全額自費となってしまいます。(図1) しかし、先進医療の場合、保険診療と併用しても3割負担はそのままに、先進医療分だけが全額自己負担でよくなります。(図2)
【2】「先進医療特約」という保障が、適用となる場合もあります。先進医療特約は、医療保険などにオプションとして付加できるものですが、先進医療による療養を受けた際の技術料と同額を給付金として受け取ることができます。
ただし、給付金支払い対象となるには、療養を受けた時点で、
1.厚生労働大臣が認める医療技術であること
2.医療技術ごとの要件を満たす適応症であること
3.所定の基準を満たす医療機関での治療であること
という条件があります。上記1と2に関しては、厚生労働省のホームページに掲載されているので、検査を検討の方は必ず確認するようにしてください。
検査はいつ受けるのがベスト?
医療機関により、子宮内フローラ検査を実施・推奨するタイミングは異なります。
体外受精にステップアップし、胚を移植しても着床・妊娠しないということが続く場合に、子宮側に問題がある可能性を考え、子宮内フローラを実施する場合もあれば、不妊治療をはじめる際に他の検査と一緒に実施する医療機関もあります。
子宮内フローラは、着床・妊娠だけではなく、赤ちゃんが無事に約10カ月間過ごす場としても大切な存在です。ご自身の子宮内フローラの状態を知っておきたいと思うタイミングで、一度医師に相談するのが良いでしょう。
子宮内フローラの環境が悪かった場合どうすればいい?
子宮内フローラ検査により、ラクトバチルスとそれ以外の細菌がどのくらいの比率で存在しているかがわかります。子宮内フローラの状態が悪かった場合、医師は、この結果を元に
・ラクトバチルス自体を内服や腟剤で入れる
・ラクトバチルスのエサになるラクトフェリンをサプリメントで摂取する
・抗生物質を処方
などを提案します。
ラクトフェリンを摂取することで悪玉菌が減り、善玉菌であるラクトバチルスを増やすことが期待できますが、胃酸に弱いので、小腸まで届けることができる「腸溶性」のものを選ぶと良いとされています。
抗生物質については、良い菌まで排除してしまう可能性があるため、医師たちは子宮内フローラ検査の結果から、処方が必要かどうかを慎重に判断するそうです。
このように、子宮内フローラにどのような菌がどのくらい存在しているかを把握することはとても大事です。また、子宮内フローラの改善には個人差もありますが数カ月かかるため、胚移植を控えている人などは、ベストな状態で移植できるよう前もって調べておくと良いでしょう。
(※1)論文名 : Analysis of endometrial microbiota by 16S ribosomal RNA gene sequencing among infertile patients: a single-center pilot study