通算25回目の開催となる「文化庁メディア芸術祭」(以下、メディア芸術祭)。その受賞展が、東京・お台場の日本科学未来館で行われています(会期は9月16日〜26日まで)。入場無料で、誰でも観覧できます(来場予約も可能で、混雑時は予約者優先)。

  • 第25回文化庁メディア芸術祭 受賞作品展

    第25回文化庁メディア芸術祭 受賞作品展

最後「かもしれない」受賞展、いつも通り開幕

四半世紀にわたり、国内外の優れたアート・エンターテインメント・アニメーション・マンガを表彰してきたメディア芸術祭。ですが、2022年8月、公式サイト上で「令和4年度については、作品の募集は行わないこととなりました」とたった一行のコメントを発表。

公募を行わなければ審査や表彰、展示もできないため、事実上の終了宣言です。歴史ある芸術祭を先行きの説明なく中断したことや、その後の取材への「役割を終えた」というような回答を含め、国が文化振興の歩みを鈍化させるのではないかと批判されています。

  • 第25回文化庁メディア芸術祭 受賞作品展のキービジュアルはライゾマティクスが制作。ただ、現地の看板は既存のメディア芸術祭ロゴが主役で、目についたのはパンフレットの表紙での掲出のみ

    第25回文化庁メディア芸術祭 受賞作品展のキービジュアルはライゾマティクスが制作。ただ、現地の看板は既存のメディア芸術祭ロゴが主役で、目についたのはパンフレットの表紙での掲出のみ

しかし、この「最後」かもしれないメディア芸術祭の受賞展は、過去に取材した同展と比較しても空間構成が豊かで見ごたえがあり、この催しの終了がより一層惜しくなりました。ここではメディア芸術祭受賞展の内覧会の様子をお届けしていきます。

目が見えないランナーがひとりで走るための技術

Googleの「Project Guideline」(エンターテインメント部門 優秀賞)は、視覚障害のあるランナーが伴走者なしで自由に走ることを目指す研究開発プロジェクト。

 

Project Guideline 紹介ムービー

画像認識AIが地面に引かれた線とランナーの位置を瞬時に判断し、ヘッドフォンを通じて適切な行動をとるよう音声シグナルを送信。ランナーはその音を頼りに、線に沿って安全なコースどりで走れるというものです。

必要な機材はシンプルで、スマートフォン(GoogleのプロジェクトなのでPixelを使用)と、それを腰に装着するためのバンド、骨伝導イヤホン、そして床に線を引くためのテープ。業務用機器のような、調達の難しいものはありません。

  • Project Guidelineに必要な機材

    Project Guidelineに必要な機材

会場では、受賞展に入る手前のホールでこの技術を体験できます。2021年のパラリンピック開会式の演出に採用されるなどしましたが、こうして誰でも体験できる機会は初とのこと。

  • スマートフォンのカメラで床の線を認識

    スマートフォンのカメラで床の線を認識

  • スタッフの方に装着して歩いていただいたところ。線から逸れると骨伝導イヤホンから警告音が鳴って、逆方向に戻るよう知らせます

    スタッフの方に装着して歩いていただいたところ。線から逸れると骨伝導イヤホンから警告音が鳴って、逆方向に戻るよう知らせます

筆者も体験してみました。線上にいるときはコツコツと時計の秒針のような音がして、コースからそれたら該当する方の耳にイヤホン経由で警告音が鳴り、大きく線を逸れると事故の可能性があるため「STOP!」と連呼して音声で制止してくれます。現在、当事者の方々と共に開発中とのことで、今後の進展にも期待です。

仮想空間の住人と「出会う」没入型インスタレーション

「Augmented Shadow – Inside」(アート部門 優秀賞)は、広いステージの上で体験する影と光のインスタレーション。鑑賞者が手にした照明デバイスで照らすと、仮想世界のモノやヒトが現れる仕掛けです。

内覧ではその迫力に圧倒されましたが、写真では悲しいほど伝わらないので、まずは作者のMOON Joon Yongさんによるムービーをご覧ください。

 

舞台上の照らした位置に、仮想世界の住人たちの「影」が現れる

  • 大型作品の場合、受賞展ではパネル掲示に替えるなど縮小することも多いですが、本作はしっかりとスペースをとって展示

    大型作品の場合、受賞展ではパネル掲示に替えるなど縮小することも多いですが、本作はしっかりとスペースをとって展示

  • HTCのVIVEトラッカーを組み込んだ照明デバイスで、舞台上を照らして鑑賞します

    HTCのVIVEトラッカーを組み込んだ照明デバイスで、舞台上を照らして鑑賞します

近づくにつれ巨大になる人型の影と目が合い、映像とわかっているのに思わず身がすくむ思いをしました。

家形の枠内から外を照らすと、これまで影に見えていた仮想世界が色づいて実体が見える仕掛けなのですが、不思議とカラーの状態よりも影のほうがリアリティを感じました。

ここからは、部門にわけて各作品の概要を紹介します。

会場ダイジェスト「アート部門」

CG映像のような動く四角形、それを実際の物とCGアニメの合わせ技で表現した「四角が行く」(優秀賞/石川将也氏、杉原寛氏、中路景暁氏、キャンベル・アルジェンジオ氏、武井祥平氏)。

実物の箱がCGの関門に空いた穴をくぐれるように動く様は、いつまでも見ていられそうな魅力があります。

  • 四角が行く

「mEat me」(優秀賞、Theresa SCHUBERT氏)は、作者自身の細胞から作った培養肉を用いた研究プロジェクト・パフォーマンス。

ショッキングなコンセプトながら、バイオテクノロジーが当たり前になった現代の精肉のあり方など、多角的に批判的な視線を投げかけます。

  • mEat me

神秘的に光る27個の透明な箱の中で、自動的にさいころを振り続ける「The Transparency of Randomness」(新人賞/Mathias GARTNER氏、Vera TOLAZZI氏)。

鑑賞者はスマートフォン経由で箱を操作して、乱数の生成に関わることもできます。

  • The Transparency of Randomness

    The Transparency of Randomness

アート部門大賞の「太陽と月の部屋」(anno lab 代表:藤岡定氏、西岡美紀氏、小島佳子氏、的場寛氏、堀尾寛太氏、新美太基氏、中村優一氏)。

大分県・豊後高田市にある「不均質な自然と人の美術館」内のインタラクティブアートのひとつです。

天候情報をもとに、その時々で最適な演出になる部屋の中に入って体感する作品。おそらく規模が大きい作品のため、受賞展では残念ながら作品そのものを見ることはできず。メイキング映像と制作過程のデスクの再現が行われていました。

  • 太陽と月の部屋 紹介ブース

    太陽と月の部屋 紹介ブース

会場ダイジェスト「エンターテインメント部門」

エンターテインメント部門では、18歳以下の作家に贈る「U-18賞」として、仮想空間上の3Dモデリングアプリ「VR Sandbox」(森谷頼安氏)を選出。1階のメイン会場ではなく7階ではあるものの、実際にHMDを装着して体験できます。

  • VR Sandbox

    VR Sandbox

漫画家の仕事に密着したNHKのドキュメンタリー番組「浦沢直樹の漫勉neo」(上田勝巳氏、倉本美津留氏、内田愛美氏、塚田努氏、丸山恵美氏)の中から、ペンを使わず筆で、しかもネームを起こさず漫画を仕上げる安彦良和氏の回が大賞に。会場では安彦氏の原画を見られます。

  • 安彦良和氏の原画と使用した筆

    安彦良和氏の原画と使用した筆

  • 漫勉ブースのわきには画材体験コーナーがあり、内覧会に足を運んだ作家による直筆画がありました

    漫勉ブースのわきには画材体験コーナーがあり、内覧会に足を運んだ作家による直筆画がありました

たびたびバズっていたクロス新宿ビジョンの映像コンテンツ「新宿東口の猫」(ソーシャル・インパクト賞/代表:山本信一氏、青山寛和氏、大野哲二氏、加賀美正和氏)も現物展示は難しいためか、フォトスポットを設置しています。

  • 新宿東口の猫

    新宿東口の猫

会場ダイジェスト「アニメーション部門」

アニメーション部門はTVアニメと短編アニメをおよそ半々で展示。大賞の「The Fourth Wall」(Mahboobeh KALAEE氏)のブースを皮切りに、SNSでヒットしたストップモーションアニメ「PUI PUI モルカー」(ソーシャル・インパクト賞、見里朝希氏)で使われた実物のモルカーなどが展示されています。

  • The Fourth Wallのブースは、撮影現場となった実父のキッチンと同じ柄の床。メイキング映像を上映しています

    The Fourth Wallのブースは、撮影現場となった実父のキッチンと同じ柄の床。メイキング映像を上映しています

  • PUI PUI モルカーの撮影に使われたフェルト製のモルカーたち

    PUI PUI モルカーの撮影に使われたフェルト製のモルカーたち

この後に続く漫画部門と比べると、今回のアニメーション部門の資料展示は控えめで、映像メインのブースが多かった印象です。

  • 「オッドタクシー」(新人賞/此元和津也氏、木下⻨氏)ブースでは台本の一部を展示

  • 「漁港の肉子ちゃん」(優秀賞/『漁港の肉子ちゃん』制作チーム 代表:明石家さんま氏、渡辺歩氏)のスケッチやコンテもありました

  • 「骨噛み」(新人賞/矢野ほなみ氏)は、火葬後の骨を噛む風習になじめなかった体験をもとにした短編アニメーション。点描で仕上げた繊細な原画を披露していました

会場ダイジェスト「マンガ部門」

漫画部門は作品ごとに手描き原稿など資料を展示。「転がる姉弟」(新人賞、森つぶみ氏)は鉛筆でほぼ仕上がり段階に近く描き込まれたネームと、それを清書した原稿を対比させた展示で目を引きました。

  • 転がる姉弟

「女の園の星」(ソーシャル・インパクト賞/和山やま氏)では、印象的な「クワガタボーイ」のエピソードをはじめとした手描き原稿を掲示。

  • 女の園の星

大賞を受賞した「ゴールデン・ラズベリー」(持田あき氏)のブースには、作品を想起させる小道具と原画を大胆に展示。髪のツヤベタの丁寧な仕事もじっくり見られます。

  • ゴールデン・ラズベリー

ここでピックアップした作家陣はアナログ原稿でしたが、優秀賞の「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」(浅野いにお氏)はデジタル作画工程を動画で見せていました。

受賞作の題字の脇には各作家の手書きサインが施されるなど、マンガ部門は作品の個性を押し出したブースづくりが光っていました。

無料での映画上映も実施、今の芸術祭は「最後」になるか

日本科学未来館のシンボル「ジオ・コスモス」向けの全球体映像作品や、ドームシアター向けの映像作品もカテゴリ化し上映を実施。また、池袋HUMAXシネマズを主な上映館として、受賞したアニメ作品の無料上映会も展開しています。

映画館での上映に関して、『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』『魔女見習いをさがして』『ジョゼと虎と魚たち』『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ 』『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』といった話題の劇場アニメや、『PUI PUIモルカー』など短編アニメ作品の合同上映が予定されています。

加えて、エンターテインメント部門大賞となった『浦沢直樹の漫勉neo ~安彦良和~』の受賞者トークセッションには、浦沢直樹氏も登壇。気になる催し・上映作がある人は公式サイトをチェックしてみてください(要予約)。

  • 7階には受賞した漫画作品の単行本を手に取って読めるコーナーも。イスが数脚あり、腰かけてじっくり読むことも可能です

国内外の魅力ある作品を堅実に取り上げてきたメディア芸術祭。好みの情報以外自動的に目に入りにくくなるSNSが広がる昨今、こうして横断的に時代を切り取るような展示を見る機会は貴重で、そのボリュームに圧倒されます。

ただ、受賞展で魅力をアピールしやすい作品とそうでないものがあるのは事実で、その差を現地でしみじみと感じました。

今のところ公式に決定しているのは、次年度となる令和4年度の公募が行われないことのみ。プレスツアーも純粋に作品紹介のみで、次回の開催が決まっていないことが嘘のように、淡々と進められました。

  • 功労賞を受賞した漫画編集者で、「Dr.スランプ」のDr.マシリトのモデルとしても知られる鳥嶋和彦氏。プレス向けの挨拶で、「漫画は子供が見つけて育ててきた文化。(漫画作品の表現が)大人から批判されたこともあったが、そんな編集者が文化庁の賞をもらうなんていい時代になりました」とコメントしました

コロナ禍がいまだ収束しない中、リアル会場以外に参加機会が限定されているのはつらいところですが、メディア芸術祭の今後が気になる人も、あるいは選出された推しコンテンツの動向が気になる人も、最後「かもしれない」この機会に、ぜひ足を運んでみてください。