新型コロナ感染症と共に過ごす3回目の夏休みも終わり、働く人の多くは、また日常生活に戻った頃と思います。
私のクライエントにおける働き方は様々です。社員達に求める出社頻度は毎日という会社から、週または月の出社回数の上限や下限を設けた会社もあります。部署ごとに取り決めている会社もあります。社員達の働き方にも本当に多様性が出てきました。
そのような中、出社やリモート勤務など、自分の会社の新しい働き方に伴う不満やストレスの相談も増えています。
今回は、どうして新しい働き方に適応できないのか、そのように感じるときはどうすればいいのかということについて書かせていただきます。少しでもお役に立てば光栄です。
実はコロナ前の勤務形態に戻ったわけではない
オフィス勤務が始まってからすぐに、上司から人事経由で産業医面談に来たのは40代の男性社員Aさんでした。人事担当者の話ではAさんは勤続8年目、部署内ではベテランとして仕事量もこなすし、部下の指導も請け負う働き者とのことでした。
「先生、オフィス勤務だとイライラして仕事に集中できないんです」。開口一番Aさんは言いました。在宅勤務の静かな環境に慣れてしまってからの会社での仕事は、周囲のざわざわした音、人の話し声などがどうしても気になってしまう。そして、集中できなくなると、オフィス内で笑って話している人たち、お昼休みが長い人やコーヒー片手に休憩時間が多い人などがいることまでもが気になり、ますます気が散ってしまう。業務が予定通りにはかどらず、イライラした気分で帰宅する日が増え、先週、子どもに怒鳴ってしまい、妻に最近イライラが酷すぎると指摘され、上司に相談したら産業医面談となったとのことでした。
面談でさらに話を聞いてみると、最近は夜寝るときに、明日も集中できないのではないかと考えてしまい、眠りも浅くなってきているとのことでした。出社してこなしている仕事は全てコロナ禍の在宅勤務時でもできていた。むしろ在宅での方が効率よく早く正確にできていた。同僚たちは出社しても、雑談したり休み時間を長く取ったり、全く集中して仕事していない。それなのにどうして私は、出社してやらないといけないのか等々、彼の不満は続きました(人事担当者の話では、メンバーもほぼ変わっていないし、部署の雰囲気は同じようでした)。
他の会社で面談にきた30代の男性社員Bさんは、出社しても、結局同僚たちがリモート勤務のため、リアルに顔を合わせることがないと、出社が無意味に感じてしまう。また、会社でZoom会議をするときは家よりも余計に周りに気を使い疲れてしまうと、新しい働き方で生じた状況にストレスを感じているという相談もありました。
Aさん、Bさんのようにオフィス勤務がネガティブでストレスだと感じる人がいる一方、オフィス勤務をポジティブに喜ぶ社員もいました。
Cさんは勤続5年目の30代女性でした。コロナ禍で一人在宅勤務をしていると、どうしても気分が沈んでしまうと昨年面談に来られました。在宅勤務のおかげで仕事は早く終わるけれど、あいた時間に特に熱中する趣味もなく、自分のキャリアや将来について考えてしまい、時間がある分だけ余計に不安になってしまうとのことでした。
コロナ禍で定期的に産業医面談(雑談)をしていましたが、彼女は今年になり出社が許可されると、週数日は出社するようになりました。特に同僚とランチや飲みにいかなくても、仕事している時間に同じ空間に他人がいることを感じることができる環境は彼女にとっては居心地がいいようでした。通勤時間がかかってしまうものの、週に数日出社できることで不安な気持ちもなくなってきたと最近は言っています。
自分は今後、どうしたいのかを明確にしよう
私は社員にオフィス勤務か在宅勤務かを求めるのは、会社の権利だと考えます。では、オフィス勤務への流れは、働く人たちにとってストレスなのでしょうか?
私は、そうは思いません。これはあくまで働き方の変化なのです。そもそも、オフィス勤務は新しいものではありません。コロナ前はほとんどの人が当たり前の日常としてやっていたことなのです。
コロナ禍でリモート勤務が始まり、それに慣れてしまったため、今年になり会社から出社を求められ、働く環境の変化に戸惑いを感じていることが根底にあると思います。どのクライエントでもオフィス勤務に対するストレスの相談はありますが、ある程度の時間でこの変化に慣れていく人が多い印象です。
変化に慣れるまでの間に、精神的に辛いようであれば、一度、心療内科やカウンセリングを受けるのもいいかもしれません。どうしてもいやで仕方がない、慣れることができないのであれば、自分の求める働き方を実現できる会社に転職することを考えてもいいかもしれません。
先ほどの3人の面談者はいずれも、働く場所の変化に伴い、その周囲の見えるもの、聞こえるもの、人の気配などの環境変化に影響を受けていました。
人は変化にさらされた時、3種類の疲労をためます。通勤や外で過ごす時間が増えたことなどによる肉体的な疲労、他人と接する/他人に見られる時間が増えたことによる精神的な疲労、そして、生活リズムの変化に伴う生活の疲労です。
いずれも、時間の経過とともに変化に慣れることで、疲労が自然に消える人が多いですが、ときに、いくつかの疲労が重なったり、まとまって蓄積してしまったりすると、健康を害するレベルになってしまいます。
再度始まったオフィス勤務をストレスとして抗うのではなく、しなやかに適応するのは、この変化の中で疲労を溜めずに慣れていくことができるか否かなのだと感じます。
早く慣れる必要はない。対処法は「リラックスとメリハリ」
では、どうすれば疲労をため込まないことができるのでしょうか。
産業医から3つの処方箋を出させていただきます。
まずは、疲労を溜め込まないために、何事もやりすぎない、頑張りすぎないことです。自分に甘くなれと言うのではありません。疲れている自分やいつもと違う自分に気がついた時は、頑張りすぎる自分を制する必要があると言うことです。
オフィス勤務が始まるのと同時に、何か習い事をはじめたり、資格取得の勉強をはじめたりする人たちもいます。うまくいっているのであればいいのですが、もし仮に、少しでも自分の調子が良くないと感じるのであれば、しばらくはそのような新たな頑張りはしなくてもいいのではないでしょうか。
次に、疲労を溜め込まないために、いい食生活、いい睡眠習慣、そしていい趣味の時間=気分転換を心がけることです。
何を持って"いい"とするかは人それぞれです。出社日は朝食を食べなくなってしまっていれば、ちゃんと朝食もとるようにしましょう。在宅勤務の前日は夜更かししがちな人は、オフィス勤務日と同じ時間に寝ることを心がけてもいいかもしれません。また、仕事と睡眠以外の時間の過ごし方や気分転換も、出社日と在宅日で分けて考えると、有効に使えるかもしれませんね。
このようなことを、オフィス勤務の変化に慣れるまで、従来よりも意識していただけると幸いです。
そして3つ目の処方箋は、生活のメリハリに関する意識改革です。
働く人の多くは、コロナ前までは、働く日(主に平日)と休みの日(週末)の2種類の日常を過ごしていました。資格の勉強や趣味に使う時間、食事や睡眠に費やす時間など、無意識のうちに異なる過ごし方をしていたのではないでしょうか。これからは、出社して働く日、在宅で働く日、そして休みの日の3種類の日常生活が主流になってくると思われます。
働く日でも、出社日と在宅日では、過ごし方は当然変わってきますので、それぞれのパターンの日に、それぞれ自分なりのメリハリを設けるといいと思います。オフィス勤務日は一番時間がないでしょうから食事は自炊にこだわらないとか、趣味の時間は在宅勤務日と休日にするとか、時間の使い方から考えていただけると考えやすいと思います。
もちろん、どのようにメリハリをつけるかは人それぞれです。
例えば、人との会食は出社日に外出ついでに、がいいと考える人もいますし、在宅勤務日だからこそ人と話したいと考える日もいます。どちらでもいいと思います。大切なのは、自分が上手に変化に適応することですから。
繰り返しますが、最近のオフィス勤務への流れ、これはストレスではありません。あくまでも、働き方、働く場所の変化です。コロナ禍でも毎年1,000人以上の働く人との産業医面談をしてきた私が思うのは、これをポジティブに捉える人も、ネガティブに捉える人もいます。確実にわかっているのは、疲労の蓄積は私たちを、あらゆる変化に適応しづらくし、ネガティブな影響を受けやすくします。
変化に適応したものだけが生き残るとは、ダーウィンの言葉ですが、早く適応するための特効薬はありません。ぜひ、しばらくは、いい食生活といい睡眠を心がけ、基本的な生活を大切にしてください。そして、3パターンの日常の中で、上手に気分転換を行い、適応していただければと思います。