スズキから新たな軽自動車「スペーシア ベース」が登場した。その名が示すように人気の軽スーパーハイトワゴン「スペーシア」の派生車なのだが、新型車の分類は乗用車ではなく商用車だ。しかし、単なるお仕事グルマかといえば、その狙いは少し異なる。なんと、新たなパーソナルカーとしての提案でもあるのだ。

  • スズキの「スペーシア ベース」

    スズキの新車「スペーシア ベース」ってどんなクルマ?

「スペーシア ベース」誕生の背景は?

まずは、スズキが新たな軽自動車を開発した背景を考えていこう。

スズキの軽自動車の主力となっているのは「ワゴンR」などの軽ハイトワゴンとスペーシアなどの軽スーパーハイトワゴンだ。これらの車種が2021年の販売台数に占める割合は計38.8%。軽バンと軽トラックを合わせた軽商用車の比率は24.7%となっている。つまり、機能性の高い軽乗用車たちがスズキの稼ぎ頭なのだ。

一方、軽の世界ではワゴンやバンのニーズが高まっている。理由のひとつが「アウトドアブーム」だ。車室空間の広さをいかし、車中泊や趣味のトランスポーターなどに活用する個人が増えている。

車室の広さでいえば、やはりワンボックスタイプが強い。スズキでは、ワゴンとバンを用意する「エブリイ」がワンボックスカーに該当し、これをベースとしたキャンピングカーなども見受けられる。

確かに、荷物を運ぶことを重視してきたエブリイの車室空間は広いのだが、デメリットもある。構造上の理由や使用目的の違いなどの仕方ない部分もあるのだが、静粛性や乗り心地などでは軽スーパーハイトワゴンに劣る点だ。運転姿勢も乗用車というよりトラックに近い。

乗用車にも商用車にもそれぞれのメリットとデメリットがある。そこでスズキは両者の“いいとこどり”を狙い、軽乗用車の快適性と商用車の機能性を組み合わせて新型車「スペーシア ベース」(以下、ベース)を開発した。

  • スズキの「スペーシア ベース」

    「スペーシア ベース」は乗用車と商用車のいいとこどりを狙った新型軽自動車だ

ボードを使えば後部エリアは変幻自在

メインターゲットとなるユーザーは、ずばり個人。多人数乗車はせず、1人~2人での利用が中心で、愛車を自分の趣味に活用したい人たちだ。荷室の使い勝手を重視するが、運転のしやすさや乗り心地は譲れないというユーザーに照準を合わせた。

スペーシアが基になっているので、ベースの前席まわりはスペーシアと同等の機能を備える。乗り心地を左右するサスペンションも、基本的にはスペーシアと同じ。もちろん、荷物の増加に対応すべく、駆動輪となる前輪は足回りを強化している。

  • スズキの「スペーシア ベース」
  • スズキの「スペーシア ベース」
  • 「スペーシア ベース」の前席は軽乗用車と同等の乗り心地と快適機能を確保

逆に商用車的なのが、後部エリアだ。空間を可能な限り広く使えるよう工夫し、大胆に割り切った。

後席は簡易的な作りのベンチシートなのだが、正直、実用性は「エブリイバン」の後席よりも低く、ハイトワゴンではお約束になっているシートスライド機構も付いていない。しかし、この大胆な割り切りこそがベースの武器でもある。荷室を最大化するため、あえて後席を小ぶりにデザインし、シート位置も荷室面積を稼ぐためフロント寄りにした。だから後席の足元スペースはかなりタイトで、あくまで補助席といった雰囲気だ。

  • スズキの「スペーシア ベース」

    後席は割り切って小ぶりに仕立ててある

その補助席と荷室用のフロアボードである「マルチボード」を組み合わせると、後部エリアの機能が拡張する。

「マルチボード」を使えば荷室の空間を3段階で切り替えることが可能。これで荷室を棚として使えるのだが、マルチボードには別の役目もある。上段に合わせるとボードがデスク代わりとなり、後部シートはベンチに変身して移動オフィスに。中段だとボードの位置が低くなるので、折り畳んだ後席と共に座卓風に使える。下段に合わせて前席をフラットにすれば、大人2人が寝られる車中泊スペースが出現。その際、マルチボードとフロアの間には空間ができるので、ここに荷物を収めれば就寝時の邪魔にもならないという仕掛けなのだ。

  • スズキの「スペーシア ベース」

    マルチボードを上段にセットすればデスク代わりに。前に倒した後席シートの背面に腰かけて事務作業をしたり、車外の人と打ち合わせをしたりといった使い方が想定できる

  • スズキの「スペーシア ベース」

    中段にすれば座卓風に

  • スズキの「スペーシア ベース」

    下段に合わせれば車中泊スペースとして使える

さらに、マルチボードを縦に設置すれば、荷室を前後2分割にすることができる。荷物の転倒防止にも活用できるが、ペットと移動する際に、愛犬などの視界を遮ることで落ち着かせる効果もあるという。

  • スズキの「スペーシア ベース」

    マルチボードを縦に設置すると荷室を前後に分割できる

ベースは個人ユーザーがターゲットなので、ビジュアルにも力を入れている。その雰囲気はワイルドだ。スペーシアとの大きな違いはフロントマスクで、改良前の「スペーシア カスタム」のものを流用したとのこと。塗装色をブラックとすることで、独自の雰囲気を持つ精悍な顔立ちに仕上げている。

ホイールやドアミラーなどの各パーツもブラックとすることで、力強い印象とした。さらにギア感を高めるべく、後部のサイドガラスは取り払い、荷室の目隠しの役目も担うパネルに。室内側には小物入れを新設した。

  • スズキの「スペーシア ベース」
  • スズキの「スペーシア ベース」
  • スズキの「スペーシア ベース」
  • ワイルドな雰囲気の「スペーシア ベース」。フロントマスクはブラック塗装で精悍な印象だ

ボディカラーは商用車感を薄めるべく、あえてシルバーは非設定に。イエローやホワイトパールなどの明るい色味を用意し、ブラックもパール仕立てとした。新色「モスグレーメタリック」はDIY好きのギアをイメージしている。

スペーシアにはアクティブ派ユーザーをターゲットにした「スペーシア ギア」も存在するが、あちらが4人乗りを意識した作りになっているのに対して、ベースは2人乗りをメインとしたパーソナルカーとして住み分けている。もちろん、乗用車と商用車という違いはあるが、4ナンバーの商用車としたのは維持費を抑えるためというよりも、荷室を最大限に活用してもらうためだという。

このため、上級グレードでも電動スライドドアは運転席側のみの設定となるが、それで十分なのかもしれない。というのも、スズキの調査では、軽ワゴンのスライドアの使用頻度は9割が右側なのだ。

  • スズキの「スペーシア ベース」

    上級グレードでも助手席側のスライドドアは手動だ

スズキの狙いは当たるのか?

2021年9月発売の「ワゴンRスマイル」も、パーソナルカーとして生み出された新たな軽である。スズキは自分専用車であることが多い軽を、より使い勝手のいいワゴンでもパーソナルカーに仕立てることで新たな商機の拡大を図る。独身を謳歌するおひとり様や子供を持たない夫婦である「ディンクス」(DINKs)などの増加を考えると、ニーズの拡大が期待できそうだ。

さてコスパの面だが、メインとなる快適装備の充実した上級グレード「XF」は154.77万円で、スペーシアの上級グレード「HYBRID X」とほぼ同等の価格。商用車としてみると、決して安くはない。ただパーソナルカーとしてみれば、乗用車の快適性を備えつつ、趣味の荷物を満載したり、快適に車中泊が楽しめたりするのは、軽自動車で十分な人には魅力的に映るはずだ。

もちろん、スズキにとっても新たな挑戦であるため、年間販売計画は1万台と控えめ。しかし、スズキの「遊べる軽」ことクロスオーバーの「ハスラー」やクロカン「ジムニー」を使いながら、積載性に物足りなさを感じているユーザーもきっといるはずで、そんな人たちはベースと相性がいいと思う。まずは見て触れてもらうことで、顧客にベースの価値が伝われば、じわじわとユーザーを増やしていくかもしれない。

ビジネスカーとしては最大積載重量で軽バンに劣るが、仕事道具を積んであちこちの現場に出向く人たちにベースの快適性が理解されれば、代替需要を取り込める可能性もあるだろう。

スペーシアベースは軽自動車の新たな可能性に挑むチャレンジングなモデルでもある。ただ、趣味車としてのニーズを期待するならば、ハイブリッドやターボの設定があっても良かったと思うのだが、これはシンプルに生んで育てていく方針ということなのだろう。単に商用車と捉えられると価格面での苦戦も考えられるため、まずは魅力や価値を知ってもらうべく、どんなPRをしていくかが成功のカギとなりそうだ。