量子シミュレータとは、モデルをそっくりそのまま再現する現実の物質系を用意して実験することで理解しようとするものである。今回の研究では、量子シミュレータとして光格子が採用された。光格子は、レーザー光の干渉が作る規則正しいパターンに多くの原子を閉じ込めることができ、不純物がなく制御性に優れていることが特徴。また、光格子はハバードモデルを正確に再現することから、磁性や高温超伝導の量子シミュレータの開発を目指して、以前から活発に研究が行われているという。
特筆すべき点として、光格子に導入する原子を適切に選ぶことで、SU(N)対称なハバードモデルも実現することが可能だとする。今回の研究では、イッテルビウム(Yb)原子の同位体の1つである「173Yb」を用いることで、SU(6)ハバードモデルが実現された。
光格子は一般的な固体物質とまったく異なる物理系であるため、状態を観測するために独特な手法が用いられる。磁性を調べる第一歩は、隣り合うスピンがどのような状態になっているかを知ることであり(最近接相関)、同じ状態のスピンが隣に来やすい場合は強磁性的、異なるスピンが隣りに来やすい場合は反強磁性的な相関があるという。
前者は「スピン三重項」、後者は「スピン一重項」という量子力学的な状態と結びついているが、光が作る仮想的な磁場によって、この2つの状態間を振動させる手法で、どちらの傾向が強いかを調べることが可能だという。今回は1次元、2次元、3次元の結晶格子に対してこの測定が行われ、SU(6)対称なハバードモデルに従う系で強い反強磁性的な相関を観測することに成功したという。
SU(N)ハバードモデルは現実の物質で実現することが稀であることから、純理論的な存在とみなされてきた面もある。それが今回、SU(N)磁性の量子シミュレーションとして確かな成果が得られたことから、理論・実験の両面において研究の活発化が進むと思われると研究チームでは説明するほか、これまでにない新たな物質の状態について理解が進むこと、そして、得られた知見がなじみ深いSU(2)ハバードモデルの研究にもフィードバックされることが期待されるともしている。
一方、光格子量子シミュレータに共通する現状の課題としては、真に興味深い物理現象が見られる極低温までの冷却が難しいという点が挙げられている。今回の研究では、理論計算との比較によって、これまでの光格子ハバードモデルで報告されている温度よりも、さらに低温が得られていることが示されているとのことで、このことから、SU(N)ハバードモデルだけでなく、光格子による量子シミュレーション全体において、大きな進歩が得られたと考えているとしており、今後は、これらの成果を踏まえて、さらなる低温で実現される秩序状態がどのようなものか、実験的に解明することを目指して研究を進める予定としている。