第81期順位戦(主催:朝日新聞社・毎日新聞社)B級1組5回戦の▲三浦弘行九段―△羽生善治九段戦が9月8日(木)に東京・将棋会館で行われ、77手で三浦九段が勝利しました。この結果、今期順位戦の成績は勝った三浦九段が4勝1敗、敗れた羽生九段が2勝2敗となりました。
■スペシャリストの戦型
ともにA級復帰を目指す二人の対局。あらかじめ先手番に決まっていた三浦九段は横歩取り青野流と呼ばれる戦法を採用しました。この戦法は先手番の利を生かして勢いよく攻めていこうという作戦で、横歩取りの戦型の中ではここ10年ほど主流戦法の座を占めています。
横歩取りは飛車角桂といった飛び道具をダイナミックに使う戦型として人気を博してきましたが、反面その大味な展開が裏目となり、ここ1年ほどは主役の座を角換わりや相掛かりといった戦型に譲っています。その意味で、本局は事前の準備と経験が物をいうスペシャリストの戦型を先手の三浦九段が用意し、これに後手の羽生九段が堂々と応じた構図と見ることができます。これも先後があらかじめ決まっている順位戦ならでは駆け引きといえるでしょう。
24手目の局面で、羽生九段は約12分を使って前例が1局しかない手を選びます(順位戦の持ち時間は各6時間)。これに意表を突かれたか、三浦九段も次の25手目に約10分の時間を投じて応じます。続く27手目に三浦九段が▲6六角と打ったことでついに公式戦の前例がなくなり、ここから本局は二人の世界に入っていきました。対局開始から約1時間、このあたりから両者こまめに時間を使うようになります。
■濃密な中盤戦
昼食休憩をはさんで羽生九段が60分の考慮で指した28手目△2七歩成から局面は動き出しました。横歩取りは金や銀といった足の遅い駒があまり動かないので短手数の決着になりやすく、その分1手1手の比重が高いため1つのミスが命取りになります。△2七歩成に対する応手に三浦九段が80分をかけたこともその事実を物語っています。
後手の桂取りに先手も飛車取りで返し、飛び道具が飛び交う派手な応酬は40手目にようやく落ち着きました。丁々発止のやりとりを経ても形勢が互角なのは、当然とはいえさすがプロの技といったところです。
■三浦九段が抜け出す
形勢が動き出したのは16時頃。羽生九段が打った△4五桂が、大切な持ち駒を手放して攻めに舵を切る決断の一手でした。ここは△8六歩と相手に選択をゆだねる手もあり難しいところでした。候補手が多く、茫洋とした局面が続きます。
持ち駒をすべて盤上に放ち攻めの姿勢を見せる羽生九段に対し、三浦九段はその攻めを見切って丁寧に対応しつつも反撃の形を作ります。55手目に▲4五飛と桂を取った手によって、羽生九段の決断の一手を三浦九段がとがめた結果が明らかになりました。このあたり、勢いよく攻めるだけでなく、相手に攻めさせてそこを打ち取る方針に転換した三浦九段の懐の深さが出ました。
■終盤はさわやかに
優位に立ってからの三浦の指し回しは明快でした。後手の攻め駒を華麗に払いつつ自玉を安全にし、香を犠牲に後手玉を危険地帯におびき寄せます。夕食休憩明けから終局までの約3時間は、リードを奪った三浦九段が一局をうまくまとめるための時間となりました。
最後の決め手となる▲7二竜を指すと三浦九段は自分の指し手に納得するかのように何度もうなずきます。羽生九段もこの手を覚悟していたかのように胡坐から正座に座り直し、やがて投了。21時34分の終局時刻はこの日行われたB級1組の対局の中では最も早いものでした。
本局は先手番の利を生かす三浦九段の周到な指し回しが実を結ぶ結果となりました。6回戦は9月29日(木)に△羽生九段―▲澤田七段戦、△三浦九段―▲中村太七段戦が予定されています。
水留啓(将棋情報局)