日本HPの「HP Spectre x360 14 ef」(以下、Spectre x360 14)は、13.5型ディスプレイを搭載した2-in-1 PCだ。日本HPのノートPCには「Spectre」の他に「ENVY」「Pavilion」「HP」「OMEN」と5つのラインアップを擁しているが、Spectreはこれらの中で“高級路線”を志向している。
レビューに際して提供された資料には「所有欲を満たす1台」「ラグジュアリーなデザイン」といった語句が並んでおり、このあたりの条件を満たすのは“アッシュブラックのボディにペールプラスのアクセント”を効かせた本体のデザインや質感、といった主観的な要素が影響する。
一方、同じ資料では「贅沢なスペック」「先進的なテクノロジー」といった客観的な条件も掲げられている。「何が贅沢で何が先進的なのか」といった価値観は人それぞれかもしれないが、少なくとも「何ができるのか」「処理能力はどのくらいか」といった客観的指標を知ることができるだろう。
そこでこの記事では、今回新しく登場したSpectre x360 14において、最上位構成となる「パフォーマンスプレスモデル」を取り上げて、その処理能力や使い勝手を検証していく。
14型ならではの扱いやすさで柔軟な使用スタイルが活きる
9月に登場したSpectre x360のラインアップは、今回紹介するSpectre x360 14の他に、16型ディスプレイを搭載する「HP Spectre x360 16」シリーズも用意されている。
いずれもディスプレイを360度開くことができ、クラムシェルスタイルに加えてスレートスタイルのタブレットのようにも使える2-in-1 PCだが、本体の重さを考えるとき、約1.96kgにもなる16型モデルはスレートスタイルで使うのはあまり現実的ではないだろう。一方、本体重量が1.39kgのSpectre x360 14もタブレットとしては決して軽くはないものの、片手で持ってタブレットのように使うこともそこまで無理ではない。
やはり、2-in-1 PCはディスプレイが360度開くおかげで利用目的に合わせた柔軟なスタイルで使える点がポイント。330度くらい開いたテント状のスタイルなら、ディスプレイ面を手前にした状態だと設置場所が小さく済むので、Spectre x360 14を使える場所が格段に広がる(これは幅を確保できるならSpectre x360 16でも同様だ)。
本体に搭載するインタフェースは、2基のThunderbolt 4(USB4 Type-C 40Gbps)と1基のUSB 3.2 Gen 2 Type-A、そして、microSDスロットとヘッドフォン&マイクコンボ端子と種類を厳選している。
インタフェースの充実度は海外の軽量薄型ノートPCとしては標準だが、日本のPCベンダー製品と比べるとHDMI出力や有線LAN用のRJ-45を備えていないあたりがやや異なっている(実際に使う機会がどれだけ残っているかは別にして)。
折りたたみ式Type-A端子搭載。Thunderbolt 4は奥に
Thunderbolt 4はUSB Power DeliveryとDisplayPort 1.4にも対応する。そのためケーブル1本で電源コネクタとして、さらには映像出力用端子として外部ディスプレイを接続できる。なお、2基あるThunderbolt 4は1つを右側面に備え、もう1つはその隣、本体奥の斜めにカットした側面に搭載している。どちらもPC本体から右側にケーブルを取り回すことになるので、状況次第では本体をどこに設置するべきか考慮する必要が出てくるかもしれない。
Type-A端子はは折りたたみ式のカバーを備えていて、ケーブルを差すときはこのカバーを折りたたんで差し込む必要がある。一見、差すときや差した状態でケーブルのコネクタが干渉しそうに思うが、実際に試してみるとそういったことはなく、意外と抜き差ししやすい。
無線接続では、6GHz帯に対応したWi-Fi 6EやBluetooth 5.3が利用できる(Wi-Fi 6Eに関しては日本国内における規格策定後の対応となる。それまではWi-Fi 6に準拠)。
最上位モデルでは有機EL、それ以外はIPSパネル採用
ディスプレイのサイズは(製品名末尾に14とあるが)13.5型で、横縦比は3:2を確保している。一般的な16:9や16:10、そして、4:3とよりもかなり縦方向に広い。なお、Spectre x360 14のディスプレイは3種類ラインアップされており、用途や予算に応じてディスプレイの仕様を選択できる。
今回取り扱っているパフォーマンスプラスモデルでは、鮮やかな有機ELパネルを採用して3,000×2,000ドットでの高解像度な画面表示に対応する点がポイントだ。色域は、商業映画製作で標準となりつつあるというDCI-P3を100%カバーしている。
3,000×2,000ドットの解像度は広大で、クリエイター向けアプリケーションでも多数のパレットを展開して使いたい機能に素早くアクセスできそうだ。なお、最大輝度は400 nitとパフォーマンスモデルから落としている。
価格を抑えた「スタンダードモデル」と「スタンダードプラスモデル」では、IPSパネルを採用してタッチパネルを組み込んでおり、解像度が1,920×1,280ドット、色域がsRGB 100%。その上位の「パフォーマンスモデル」ではIPSパネルを採用し、タッチ操作や解像度、色域は同様ながら、非光沢仕様で最大輝度を400 nitから1,000 nitに引き上げている。
ただし、3,000×2,000ドットの高解像度で13.5型の等倍表示では文字の表示がさすがに小さい。Spectre x360 14では150%表示でもフォントの判読は容易でなく、長時間作業をするなら200%まで拡大したほうが快適だ。ただ、有機ELパネルの色彩は鮮やかで文字の表示もはっきりしているので、いったん適切に設定してしまえば長時間の作業でも目が疲れることはなかった。
日本HPでは、この“見通しのいい”ディスプレイを活用するユーティリティスイートとして「HP Palette」を提供している。これを用いることで、モバイルデバイスとデータを共有できる「HP QuickDrop」、モバイルデバイスのディスプレイをサブディスプレイとして利用できる「Duet for HP」、AIを活用した画像検索機能「PhotoMatch」、そして、ドローイングアプリケーション「Concepts」を呼び出せる。
キーボードは指紋認証センサーと電源ボタンがレイアウトに混ざっている
キーボードのキーピッチは実測で約19mm、キートップサイズは約15.5mm、キーストロークは約1.5mm確保。右下隅のカーソルキーとPageDown、PageUpキーで1つのキーホールに複数のキートップを配置しているが、それ以外で無理に押し込んだレイアウトはない。右下のレイアウトでは左カーソルキーと右Altキーの間に指紋センサーを配置している。キーの高さを変えて違いを認識できるようにしているが、運指的には間違えて触りやすい場所にある。
また、右上にはDeleteキーを置き、その内側となる左隣に電源ボタンが配置されている。日本HPは使い勝手を考えて工夫したレイアウトと説明しているが、ユーザー側にしてみれば最後までミスタイプを意識しないわけにはいかなかった。
タッチパッドは125×80mmと広い面積を確保している。ただクリックボタンが独立しておらず、広いタッチパッドのどこがクリックに反応するかがわかりにくい。使い始めとのときは若干苦労するかもしれない。
第12世代Intel Core Uプロセッサ搭載の性能をチェック!
今回評価するSpectre x360 14の試用機「パフォーマンスプラスモデル」では、CPUとして第12世代Intel Core i7-1255Uを搭載している。処理能力優先のPerformance-cores(P-core)を2基、省電力を重視したEfficient-cores(E-core)を8基組み込んでおり、P-coreはハイパースレッディングに対応しているので、CPU全体としては10コア/12スレッドを処理できる。
動作クロックはベースクロックでP-coreが1.7GHz、E-Coreが1.2GHz。ターボ・ブースト利用時の最大周波数はP-coreで4.7GHz、E-Coreで3.5GHzまで上昇する。Intel Smart Cache容量は合計で12MB。TDPはベースで15W、最大で55Wとなる。グラフィックスにはCPU統合のIris Xe Graphicsを利用する。
処理能力を検証するため、PCMark 10、CINEBENCH R23、CrystalDiskMark 8.0.4 x64、3DMark Time Spy、ファイナルファンタジー XIV:漆黒のヴィランズを用いてベンチマークテストを実施した。
比較対象として、CPUにCore i7-1165G7(4コア8スレッド、動作クロック2.8GHz/4.7GHz、L3キャッシュ容量12MB、統合グラフィックスコア Intel Iris Xe Graphics)を搭載し、ディスプレイ解像度が1,920×1,080ドット、システムメモリがDDR4-3200 8GB、ストレージがSSD 512GB(PCI Express 3.0 x4接続)のノートPCで測定したスコアを併記する。
試用機の主な仕様
- CPU:Intel Core i7-1255U (P-cores2基+E-cores8基P-cores4スレッドE-cores8スレッド、動作 クロックP-cores1.7GHz/4.7GHzE-cores1.2GHz/3.5GHz、L3キャッシュ容量12MB)
- メモリ:16GB (8GB×2、LPDDR4x 4266)
- ストレージ:SSD 1TB(PCIe 4.0 x4 NVMe、MZVL21T0HCLR Samsung)
- 光学ドライブ:なし
- グラフィックス:Iris Xe Graphics (CPU統合)
- ディスプレイ:13.5型有機EL (3000×2000ドット) 光沢
- ネットワーク:IEEE802.11a/b/g/n/ac/ax対応無線LAN、Bluetooth 5.3
- サイズ / 重量:W287.8×D205×H15~17.9mm / 最軽量構成で899g
- OS:Windows 11 Home 64bit
ベンチマークテスト | HP Spectre x360 14 | 比較対象ノートPC(Core i7-1165G7) |
---|---|---|
PCMark 10 | 5380 | 4615 |
PCMark 10 Essential | 10681 | 9645 |
PCMark 10 Productivity | 6824 | 6081 |
PCMark 10 Digital Content Creation | 5798 | 4549 |
CINEBENCH R23 CPU | 6945 | 4119 |
CINEBENCH R23 CPU(single) | 1670 | 1380 |
CrystalDiskMark 8.0.4 x64 Seq1M Q8T1 Read | 640173 | 3249.66 |
CrystalDiskMark 8.0.4 x64 Seq1M Q8T1 Write | 4920.48 | 2679.52 |
3DMark Night Raid | 15003 | 10635 |
FFXIV:漆黒のヴィランズ(最高品質) | 3513「快適」 | 2348「普通」 |
比較対象機が搭載するCore i7-1165G7は、前世代ながら処理能力を重視したTDP 28Wのプロセッサーだ。これを省電力重視の“U”タイプCPUが互角以上のスコアをたたき出すあたり、第12世代Intel Coreシリーズの進化がよく分かる結果となった。
また、同じCPUを載せたノートPCとしてVAIO S13をレビューしているが(レビュー記事)、そのベンチマークテストのスコアを比べてもSpectre x360 14のスコアはいい。特にVAIO S13で苦戦していたPCMark 10 Productivityのスコアでも高い値を示しているので、オフィスアプリケーションと多用するビジネスユーザーとしては評価に迷わなくてもいいだろう。
加えて、ストレージデバイスの転送速度でも比較対象ノートPCだけでなく、VAIO S13のスコアも大きく上回った。これは接続バスの規格がPCI Express 4.0に対応していることが大きく影響している。ストレージの転送速度はアプリケーションの起動やファイルの読み書き処理などで差がつく点でもあるので、高速な書き込みが必要なシーンは快適に感じるだろう。
バッテリー駆動時間について、日本HPの資料によると最大で約11時間30分(JEITA 2.0測定条件)となっている。PCMark 10 Battery Life benchmarkで実際に測定したところ、Modern Officeのスコアは11時間14分となった(ディスプレイ輝度は10段階の下から6レベル、電源プランはパフォーマンス寄りのバランスにそれぞれ設定)。容量をPCMark 10で検出したところ、66,520mAhと表示されている。
なお、Spectre x360 14ではCPUとクーラーファンの動作モードを負荷とシステムの情況から自動で設定する「スマートセンス」から手動で「最適」「パフォーマンス」「冷(却)」「静(音)」から選択できる。先に掲載したスコアはスマートセンスに設定して測定している。
では、それぞれのモードで処理能力とクーラーユニットの発生音量とボディの表面温度はどのように変わるのだろうか。CINEBENCH R23と3DMark Night Raidを実行したときのスコア、騒音、3DMark Night Raid実行時の表面温度は以下のようになった。
動作モード | 最適 | パフォーマンス | 冷(却) | 静(音) |
---|---|---|---|---|
CINEBENCH R23 Multi | 6939 | 8868 | 5409 | 6576 |
3DMark Night Raid | 15422 | 17069 | 12474 | 14363 |
発生音量(暗騒音35.8dBA) | 37.2dBA | 40.2dBA | 43.1dBA | 36.2dBA |
表面温度:Fキー | 39.5度 | 40.6度 | 37.6度 | 39.6度 |
表面温度:Jキー | 37.8度 | 37.7度 | 36.6度 | 39.5度 |
表面温度:パームレスト左 | 31.0度 | 31.1度 | 30.4度 | 30.1度 |
表面温度:パームレスト右 | 31.0度 | 31.0度 | 30.5度 | 30.0度 |
底面 | 44.7度 | 48.3度 | 39.6度 | 47.9度 |
発生音量が最も大きくなるのは、内部温度を下げるためにファンの回転数を最大にする「冷(却)」設定だった。それでも40dBA前半台にとどまるなど、総じて音は静かだ。加えて表面温度に関しても、キートップとパームレストに関しては最も高いのが40.6度とこちらも低く抑えられている。底面に関してはパフォーマンスと「静(音)」設定で50度近くまで上がる一方で「冷(却)」設定では40度に達しないなど、設定の有効性が確認できた。膝に乗せても問題なく使えるだろう。
高級感はバッチリ。性能も申し分なし
Spectre x360 14は、そのデザインや素材の質感によってユーザー(日本HPの製品企画意図的には“オーナー”と呼ばせたいかもしれない)の所有感を従来モデルと同様に満足させることができるだろう。そして、処理能力においてもわずかTDP 15Wながら、前世代のTDP 24Wモデルに相当する高い性能を実現している。
加えて、2-in-1仕様の採用による利用目的にあわせた柔軟なスタイル、アスペクト比3:2で3,000×2,000ドットの広大な情報量を表示できるディスプレイ、HP PaletteやHP CommandCenterをはじめとする独自開発ユーティリティによる使い勝手など、ノートPCとしても“見た目以上”の実力を備えている。
HPはWeb直販価格を275,000円前後と想定しているが、この価格に納得がいくユーザーであれば、Spectre x360の高級感は“オーナー”の所有欲を十分に満たせるはずだ。