「力を合わせて作り上げる経験ができた」と満足げに語るジャスティスさん(ニックネーム)は高校生。作り上げたモノは、中高生たちが無料で利用できる「eスポーツコーナー」です。ゲーミングデスクやチェアー、OAフロアといった設備から、運営のためのルール作りまで、中高生たちが自分で考えて実現までこぎつけました。
中高生たちを支えたのは、認定NPO法人キッズドアと日本HPです。eスポーツコーナーは、キッズドアが運営を受託されている施設、東京都江戸川区の共育プラザ中央の一角に作られました。江戸川区共育プラザ中央は、中高生支援、子育て支援、世代間交流を目的とした施設です。
キッズドアは、教育格差やIT格差をなくすために無料の学習支援事業を行っている団体。パソコンメーカーの日本HPは、近年はeスポーツ向けのゲーミングパソコン(OMENシリーズとVictusシリーズ)にも力を入れています。今回、日本HPとキッズドアは、理念と方向性が合致しているということで、共育プラザ中央のeスポーツコーナー開設を支援しました。
「キッズドアと日本HPで中高生のために何ができるか」と考えたキッズドア 事業戦略部部長 高橋信弥さんは、日本HPに対して共育プラザ中央でeスポーツコーナーを作ることを提案します。中高生たちがやがて就業するときに必要なITスキルを、eスポーツを通して身に着けてもらうことに意義があると考えたからです。
また、江戸川区は、障害や年齢や国籍に関係なく交流できるとeスポーツをとらえ、江戸川区の目指す共生社会実現の一助とするためeスポーツを推進しています。このような方向性があったことも、eスポーツコーナー設立の理由のひとつでした。
提案を受けた日本HPは、この取り組みに賛同。日本HPのサステナビリティ施策には、「気候変動対策」「人権」「デジタルエクイティ(公平性)」という3本の柱があり、今回の取り組みは「デジタルエクイティ(公平性)」に当たると考えたためです。
eスポーツコーナーの企画が立ち上がり、キッズドアは共育プラザ中央に訪れる中高生の中から、PCスキルが高い2人に声をかけます。高校生のジャスティスさんとアサルトさん(ニックネーム)です。
当時、ジャスティスさんが通う高校は新型コロナウイルス感染症対策のため、通常通りの授業ができていませんでした。そこでキッズドアがこの企画を伝えたとき、「楽しそう」とやる気になったことから、企画を任せることにしました。
さっそく、ジャスティスさんは必要な機材の選定に入ります。最大5名でプレイできるコーナーの設営をゼロからスタートです。ゲーミングパソコンやゲーミングモニターなどは、日本HPが提供しました。
予算との兼ね合いも難しい問題でした。
ジャスティスさんは、日本HPの担当者からアドバイスを受けながら選んでいきます。床をOAフロアにすることを考え、ネットで見積もりを取るなど積極的に動きました。イスのカラーについては、すべて色を変えてカラフルにすることにこだわったとのこと。ネットワーク構築、ゲーミングデスク、ゲーミングチェアー、フロアマット、各種備品にかかる費用も、日本HPが支援しました。
導入するゲームタイトルは、中高生が中心となってチョイス。音楽ゲーム、FPSゲーム、レースゲーム、格闘ゲームなどなど、ジャンルのバランスも考え、取材時点では11タイトルをプレイできました。
これらのゲームには、それぞれ対象年齢が定められています。eスポーツコーナーは中学生と高校生が利用するため、年齢によってプレイできるゲームが異なります。この点についても、ジャスティスさんからキッズドアの担当者に質問があり、確認したうえで導入するゲームを決定しました。
eスポーツコーナー運営のためのルール作り
eスポーツコーナーの物理的な整備とハードウェア・ソフトウェアの整備と同時に、運営に当たってはルール作りも必須。eスポーツコーナーをオープンする前に、コーナー内のパソコンから個人情報をネットに公開しない、肖像権は守ろうといった規約を策定しました。
利用者はまず規約を読み合わせして、署名してからeスポーツコーナーを利用します。ゲーミングモニターにも「利用する際のルールとマナーについて」という札をかけ、「大声を出さない」などの約束事を周知しています。これは、eスポーツコーナーをスタートしてから大声を出す利用者がいたため、アサルトさんが提案したルールです。
江戸川区の共育プラザ中央は毎日9時から21時まで稼働していますが(年末年始などを除く)、中学生は19時までの利用と定められています。eスポーツコーナーは17時(土日は15時)から1人1時間ずつの利用とし、最大2時間まで延長できることとしました。
キッズドア 教育支援事業部 岩城圭祐さんは、「利用時間の制限を設けることがいいのか議論したこともありましたが、みんなが使えることが大切だということで制限を決めました」と理由を説明します。
また、ゲームによってはボイスチャットや課金など、中高生が使うときにトラブルの元となるような機能もあります。ゲーミングパソコンへのログインを含めて、パスワード類は職員だけが管理し、チャットは禁止、ボイスチャットはコーナー内だけ――といったルールも決めました。
ジャスティスさんは今回のeスポーツコーナー設営に関して、「一番楽しかったのは、最初からオープンまでできたことでした」と振り返ります。
「ゲーミングパソコンの設置やコーナーそのものの作りなど、企画の段階から関わったことが楽しかったです。プログラミングが好きなので、将来はそちらの方向に進みたいと思うのですが、複数の人と協力して作り上げる楽しさを経験できました」(ジャスティスさん)
「人にはそれぞれの性格があって、同じことを伝えても理解のスピードが違うことを知りました。相手に合わせてどう伝えるべきか、人にモノを伝える方法論を調べたりもしました。マニュアルもGoogleドキュメントで作成し、eスポーツコーナーに置いています。自分が教えたゲームのワザを利用者が使ってくれると、効果があったと感じてうれしくなり、モチベーションが上がりました」(アサルトさん)
eスポーツコーナーの立ち上げ、中高生の2人にとっては大きな成長につながりました。そしてこれからeスポーツコーナーを訪れる中高生たちも、「これは同世代が作ったコーナー」と知ることで刺激になるでしょう。もちろん、ITリテラシーとPCスキルの向上にもつながっていきます。
キッズドアの高橋さんはこれまでを振り返って、「eスポーツコーナーを開設するまで、友人と集まってゲームをすることと自宅でゲームをすることにそれほど違いはないと思っていました。自宅でもオンラインでつながれますからね。でも実際に集まっている子どもたちを見ていたら、楽しさを分かち合い、失敗を励まし合っていて、これは別物なのだと実感しました」と話します。
江戸川区共育プラザは不登校支援もしています。学校に行きづらい子どもたちもeスポーツコーナーによって居場所が生まれました。eスポーツコーナーの完成時はコロナ禍で広報活動ができなかったのですが、口コミで広がっていき、約半年で累計1,000名を超える子どもたちが訪れています。eスポーツコーナーによって、学年や学校を超えた交流が実現しているのです。
現在は、eスポーツコーナーからクラブが立ち上がり、部員が5人いるそうです。今後はeスポーツ専門学校などとの交流試合も考えているとのこと。中高生が作り上げたeスポーツコーナーからどんな未来が生まれるのか、今後が楽しみです。