発酵したニシンが醸し出す強烈な臭いから、“世界最恐の食材”として知られる「シュールストレミング」の試食イベントが、8月21日に東中野区民活動センターで開催された。 本イベントの主催は中野区東中野5丁目小滝町会。古くからの住民と、世界中から多様な文化的背景を持つ人々が移り住む地域で、Diversity and Inclusion(多様性と包摂)を活動方針に掲げている自治会だ。

「『世界一臭い!?』を食べて、地球の未来を考えよう」と題された今回のイベントで、参加者たちは実際にシュールストレミングを試食。異文化や世界の食文化の多様性を体験した。

■歴史と思い出の詰まった食材

「アマゾン」で安売りされていたシュールストレミングを購入したものの、開封できる場所が見つからず困っていた小滝町会員が、同町会の会長に相談したことが発端という本イベント。

より多くの人が参加できる町会の公開イベントとして告知されると、SNSなどで話題に。参加者多数のため前日には整理券を配布して実施され、正規輸入代理店「三幸貿易」の協力のもと、十分な量のシュールストレミングを購入したという。

試食前には発起人の中西さんと三幸貿易の伊藤さんがシュールストレミングの歴史などをレクチャーした。

  • 三幸貿易の伊藤さん(左)、発起人の中西さん(右)

スウェーデン北部発祥のシュールストレミングは、春のバルト海で獲れるニシンを高濃度の塩水に漬けて作る保存食。16世紀には「シュールストレミング」(「酸っぱいニシン」の意)の名称で取引されていた記録があり、保存・輸送⼿段の発達に伴い、19世紀頃からお祝いの席でも食されるようになったという。

毎年5月のニシンの仕込み作業は、⽣産地の人たちにとって短い夏の訪れを告げる風物詩となっており、産地では毎年8⽉の第3⽊曜⽇が正式な「解禁⽇」にお祭りなども催されるそうだ。現在は「うま味の⾷材」として提供する⼤都市のレストランなどもあるという。

「スウェーデン本国でも“田舎のクセの強い食べ物”と認識されており、残念ながら首都ストックホルムの人などから言わせると、『スウェーデンを代表する食べ物と思ってほしくない』『(本イベントの)トークにも出たくない』とのことでした……(笑)。日本でも残念な取り上げられ方が多いんですが、現地ではこの時期、楽しい思い出と共に家族やご近所さんと食べられてきた大切な伝統食。とっかかりは『世界一の臭さってどんなだろう?』ってことはあると思いますが、リスペクトを持ってお取り扱いいただければ嬉しく思います」(三幸貿易担当者)

■「シュールストレミング」からSDGsを考える

「シュールストレミング」の原料であるバルト海で獲れるニシンは近年、海洋環境の悪化によって激減。今夏は歴史的な不漁で「シュールストレミング」の仕込みができない事態にも陥っているという。

「今年は例年から85%減のニシンの収穫量とのことで、最小限の需要分にしか応えられないということです。昨年と一昨年と、このところ50%以下の漁獲高が続いてきましたが、今年はさらに壊滅的で来年以降はつくれないかもしれないという厳しい状況にあります」(三幸貿易担当者)

最⼤の原因は乱獲だが、海洋汚染も深刻なようだ。バルト海産のニシンからEU基準を上回るダイオキシンなどが検出され、現在、輸出⽤のシュールストレミングには外洋で獲れたニシンが使われているという。また、海⽔の温暖化によるニシンの⽣育に関する影響には、プラス・マイナス両⾯の研究結果が報告されているが、ニシンの漁場がアイスランド周辺や北極海まで北上している状況もあるそうだ。

  • “シュールストレミング開封の儀”の様子

そんな現地の人たちの思いの込もった貴重で大切な食材であることを踏まえ、発起人の中西さんは、「食べて口に合わないということはあると思うんですが、『不味い』という表現は美味しく食べている人に対する少し敬意を欠いた言葉なのかなと。ぜひ、現地の皆さんへの敬意をしっかり持って、自分なりの言葉と感性でシュールストレミングを判断してもらいたいです」と、試食前に呼びかけていた。

■いざ実食、遠方からの参加者も多数

試食メニューは在東京スウェーデン大使館商務部から提供された現地のレシピに従い、カナッペのような形で提供された。

  • 魚嫌いな人などは正直厳しそう

薄切りパンにマッシュポテトや玉ねぎなどを載せ、そこにごく小さくスライスした「シュールストレミング」を2切れ載せたもので、玉ねぎなど風味が強いものと一緒に食べると、かなり食べやすい。アンチョビのような塩気がお酒との相性も良さそうだ。

ただ、試しに切り身を単体で食べると、思わずえずいてしまうほど磯っぽい魚の臭みが強く感じられる。よほどチャレンジングな人でも、1人で缶詰め1缶食べるのは確かに難しいかと思われる。

  • 北新宿の魚店「魚繁」と小滝町会の「岸由」が調理などを担当

本イベントには遠方からの参加者もいたようで、Twitterでバズっていたのを見て北海道から参加したという女性は、「磯の強い臭いはするんですが、思っていたよりも美味しそうな匂いでした。塩辛な味が玉ねぎやサワークリームと合っていて美味しく食べられました」とコメント。

山梨から来たという男性は、「無料で大丈夫なのかなってくらい素晴らしいイベントでした。缶詰に残った汁ももったいないので、水鉄砲に入れてみんなで掛け合うとか、ちょっと危ないイベントもできたら、面白いと思いました」と語っていた。

  • 300食以上を用意し、完食された

地域性なども踏まえ、自治会としてまちの中にたくさんの出会いのきっかけをつくり、参加のハードルの低い楽しいイベントをたくさん行うことを大切にしているという小滝町会。異文化理解や多様性促進に関するイベントは、今後も町会として継続して開催する予定で、シュールストレミングの試食についても、継続的に実施する方向で前向きに検討していくという。

同町会の岸哲也会長は参加者たちへ感謝を述べ、「仲間を集めてパーティーを開き、楽しく食べるということは、みなさんの街でもこうした場所があれば、簡単にできること。私たちで参考になることがあればいくらでも教えますので、ぜひ皆さんも仲間を集めてやってみていただけたらと思います」と、メッセージを送っていた。