マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、欧州の政治イベントについて解説していただきます。
22年末に向けての最大の政治イベントと言えば、11月8日に実施される米国の中間選挙でしょう。ただ、その前に欧州でも政治イベントが予定されています。英国の保守党党首選とイタリアの総選挙です。いずれも、新しい首相が誕生します。金融市場も注目しているそれらのイベントを概観しておきましょう。
9月5日に英国の保守党党首選の結果が判明
英国のジョンソン首相は7月7日、首相および保守党党首を辞任する意向を表明。コロナ規制下での複数パーティ開催のスキャンダルに加えて、資質が疑問視される人物を閣僚に指名したことで、最側近を含めて多くの閣僚が辞任。与党内からも辞任すべきとの声が高まっていました。
最新調査ではトラス氏が圧倒的優勢
与党保守党は総裁選を実施。決選投票はリズ・トラス外相とリシ・スナク元財務相の2人に絞られており、9月5日には保守党の党員投票の結果が判明します。保守党議員による予備投票ではスナク氏が常に1位でした。しかし、最新の調査では、決選投票を行う保守党の党員間では、トラス氏がスナク氏に圧倒的な差をつけており、次期党首および首相になる可能性が高いようです。
トラス氏は減税と中央銀行の改革を公約
コロナ対策・インフレ対策として、スナク氏は財政赤字の拡大を危惧して大規模な支出には消極的で、弱者へのサポートを中心に検討しているようです。
一方で、トラス氏は所得税と法人税の減税を公約しています。インフレに関しては、BOE(英中銀)の政策運営を強く批判しています、そのうえで、BOEの責務の見直しを行い、物価に加えてマネーサプライ(通貨供給量)や名目GDPを目標とすることを検討するようです。
政治主導での中央銀行の責務修正は、中央銀行の独立性を阻害し、それだけで市場からの信任低下につながるでしょう。また、現状に則して考えれば、マネーサプライの減少や、GDPがマイナスとなる可能性は、BOEのインフレ対応の手を縛る(=高インフレ放置)ことになりかねません。いずれも英ポンドの弱気材料となりそうです。
危うさを秘めるトラス氏の政治姿勢
ただし、市場は当初、「トラス首相」の政治姿勢や手腕を慎重に見極めようとするでしょう。トラス氏は強硬なブレグジット(EU離脱)派であり、英国とEUのブレグジット協定を修正、あるいは破棄しようとするかもしれません(アイルランド国境の問題はまだ全面解決していません)。また、スコットランド独立派を厳しく攻撃しており、かえってスコットランド独立運動の火に油を注ぐかもしれません。「トラス首相」に対する市場の評価が固まるまでは、その言動によって英ポンド安に振れる場面が散見されるかもしれません。
英国の総選挙は前倒しされるか?
もちろん、党首選はあくまで与党保守党内の人事問題です。ただ、次期総選挙は25年1月24日以前に実施される必要がありますが、一部の調査によれば、有権者の約半分は即座に総選挙を実施すべきとの意見のようです。いずれにせよ、英ポンドを見るうえで、保守党党首選や新首相の手腕から目が離せません。
9月25日にイタリア総選挙の投開票
イタリア政治が流動化した発端は、ドラギ首相が辞意を表明したこと。議会での物価対策等の法案採決に際して、連立与党を形成する「五つ星運動」が不参加。同じく連立を組む「同盟」や「フォルツァ・イタリア」もその後の政権への信任投票を棄権していました。
コロナ下の21年2月にコンテ首相が辞任。ドラギ氏は、危機対応の手腕を期待されてマッタレッラ大統領から首相に指名されました。ドラギ氏はECB総裁だった12年10月に「ユーロを守るために何でもする」と宣言して欧州債務危機を収束へ導き、「ドラギ・マジック」と評されました。
中道右派連合が優勢
最新の世論調査では、総選挙で中道右派連合が優勢です。中道右派連合は、メロー二氏率いる極右「イタリアの同胞(FDI)」、サルヴィー二氏の極右「同盟」、ベルルスコーニ元首相の中道右派「フォルツァ・イタリア」で構成されています。
一方、これに対抗するには、「同胞」に次いで第2党になることが予想されるレッタ元首相の中道左派「民主党」ですが、党勢を弱めている極左「五つ星運動」との連携には従前より否定的。その他の左派政党との連携にも苦戦しているようです。
それとは別に、中道派の政党が連携する動きもあるようですが、中道右派連合を脅かすには至っていないようです。
イタリア初の女性首相が誕生するか
このまま総選挙が実施されれば、「同胞」が第1党になり、党首のメロー二氏がイタリア初の女性首相になる可能性が高そうです。極右の「同胞」は国粋主義的・欧州懐疑主義であり反EUの面を持っているようです。ただし、最近の報道によれば、メロー二氏が首相になれば、EUの予算ルールを順守する意向であるとのこと。今後、23年度予算編成が本格化するため、EUルールを無視して補助金をフイにする選択肢はないのでしょう。
もっとも、選挙の結果がどうなり、誰が首相になるのか、そしてどのような政策を打ち出すのでしょうか。前回18年の総選挙の例もあり、イタリアの政局には引き続き注意が必要でしょう。
2018年イタリア総選挙の経験
イタリアの政治混迷といえば、18年3月4日の総選挙が想起されます。どの政党も過半数の議席が獲得できず、長い連立交渉の結果、極右の「同盟」と極左の「五つ星運動」による新政権が誕生したのが5月中旬(首相は大学教授だったコンテ氏)。両党とも反ユーロ・反EUを標ぼうしており、当時は市場にとって最悪の組み合わせと言われました。
当時、ユーロ/米ドルは連立交渉のさなかに大きく下落。また、ドイツとイタリアの長期金利差も急拡大しました。米FRBが着実に利上げを続けていたことが最大の要因だったかもしれませんが、イタリアの政局もユーロ安や長期金利差の拡大に影響を与えたと考えられます。
イタリア政治が流動化して反ユーロ(欧州統合)が一気に高まる可能性は低そうですが、通貨ユーロに下落圧力が加わりやすい状況下でイタリアの政局にも注意する必要はありそうです。