そうした信号の制御手法としては磁場や電流を用いることが一般的だが、今回の研究では歪みに着目することにしたという。純良なMn3Sn単結晶試料に、引張方向と圧縮方向へ一軸性の歪みを高精度で、なおかつ幅広い範囲で加えることが可能な抵抗測定用圧電歪み測定ステージを開発。歪みによる異常ホール信号の変化を測定することにしたとする。その結果、室温においてMn3Snがピエゾ磁気効果を示すことが発見された。

通常、異常ホール効果などの電気輸送特性に観測可能なほどの変化をもたらすには、1%程度の歪みが必要だったが、今回の研究では0.1%程度の小さな歪みで異常ホール効果の作るホール信号を変化させることに成功したという。

  • 磁気構造

    (a)Mn3Snの磁気構造。Mn3Snはc軸方向に磁性原子のマンガンからなるカゴメ格子が交互に積層した構造を持つ。(b)引張方向と圧縮方向へ一軸性の歪みを高精度、かつ幅広い範囲で加えることが可能な抵抗測定用圧電歪みステージ (出所:東大Webサイト)

ホール信号は単に大きさが変化しただけでなく、その符号まで反転する振る舞いが観測され、Mn3Snでは歪みにより信号が高効率に制御できることが確認されたほか、Mn3Snでは、ピエゾ磁気効果により生じる微小な磁化とホール信号が、歪みによって別々に制御できることも実験と理論の双方から判明したとする。

  • 歪み下にいて異常ホール効果を測定する構成の概要図

    (a)歪み下にいて異常ホール効果を測定する構成の概要図。(b)さまざまな歪みεxx下での、Mn3Snのホール抵抗率における磁場依存性 (出所:東大Webサイト)

なお、今回の研究で開発された、歪みによる反強磁性体の磁気状態を高度に制御する技術は、ホール信号の電気的制御をより高速、低消費電力で実現するための重要な指針となると研究チームでは説明しており、今後、MRAMをはじめ、さまざまな磁気デバイスを高機能化するための研究に、今回の技術が展開されることが期待されるとしている。

  • 独立に制御

    Mn3Snでは一軸性歪みの符号によって、ピエゾ磁気効果によって生じる微小磁化MSと、Mn3Snの異常ホール効果の起源である拡張磁気八極子偏極Kの向きを、独立に制御できるという (出所:東大Webサイト)

また、今回の研究で読み出し信号として用いられた異常ホール効果は、ノンコリニア反強磁性体Mn3Snが持つトポロジカル電子状態であるワイル半金属状態に由来しているとしており、物質のトポロジーに由来する性質は、近年の固体物理学において注目を集めていることから、ワイル半金属状態の電気的な制御は学術的に大変興味が持たれているとしており、今回開発された制御手法により、これまで観測できなかった、ワイル半金属状態における新現象の開拓へつながることも期待されるとしている。