世界のトップクラスにまで上りつめた選手のキャリアを振り返ると、必ずターニングポイントとなる試合がある。「あの漢に勝ち切ったことで人生が変わった」と確信できる一戦だ。
PRIDEミドル級の獰猛なるチャンピオン、ヴァンダレイ・シウバ(ブラジル)─。彼にとって、その忘れ難き試合は、2001年3月25日、さいたまスーパーアリーナ『PRIDE.13』での桜庭和志(高田道場/当時)戦だったであろう。ファンに大きな衝撃をもたらした21年前の「狂気の一戦」を紐解く。
■ついに掴んだチャンス
2000年代前半、『PRIDE』は総合格闘技の世界的中心地だった。世界のトップファイターたちが『UFC』以上に闘いたいと望む場所だったのである。珠玉の闘いが日本で観られる…それは私たちにとって至福の時間だった。
エメリヤーエンコ・ヒョードル(ロシア)、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ(ブラジル)、ミルコ・クロコップ(クロアチア)がヘビー級3強、そしてミドル級の主役を担ったのがヴァンダレイ・シウバ(ブラジル)─。
あの日を迎えるまで、シウバは何処か苛立っているように見えた。
「俺の実力が正当に評価されていない」
そう目が訴えていた。
2001年3月25日の「さいたまの夜」までは。
1999年9月、横浜アリーナ『PRIDE.7』で日本のリングに初参戦しカール・マレンコ(米国)に勝利。以降もPRIDEのリングで勝ち続けるも飛躍につながるマッチメイクがなされていなかったからである。
「サクラバと闘いたい」と願うも、なかなか実現には至らなかった。
松井大二郎(高田道場/当時)、ボブ・シュライバー(オランダ)、ガイ・メッツアー(米国)らに勝利、そして、2000年12月の『PRIDE.12』でダン・ヘンダーソン(米国)を破ったことで評価が高まる。これでようやく念願の、桜庭との対峙に漕ぎ着けた。
「ついにチャンスを掴んだぞ!ヴァンダレイは絶対に勝つ。この試合を機に世界中が彼に注目することになるだろう」
桜庭戦が決定した直後に、シウバが所属するシュートボクセ・アカデミー会長のフジマール・フェデリコが、熱い口調でそう話していたのを思い出す。
■桜庭が負けるはずがない
当時、桜庭和志は「時の人」、PRIDEのエースの座にあった。
最強と目されたグレイシー一族のファイターを相次いで撃破したことで人気が急上昇したのである。彼の「対グレイシー戦績」は次の通りだ。
〇ホイラー・グレイシー(チキンウイングアームロック、2R13分 16秒)/ 『PRIDE.8』1999年11月21日、東京・有明コロシアム
〇ホイス・グレイシー(TKO、 6R終了時)/『PRIDE GP2000 決勝大会』2000年5月1日、東京ドーム
〇ヘンゾ・グレイシー(チキンウイングアームロック、2R9分43秒)/『PRIDE.10』2000年8月27日、西武ドーム
〇ハイアン・グレイシー(判定3-0)/『PRIDE.12』2000年12月23日、さいたまスーパーアリーナ
「グレイシーハンター」とも称された桜庭は、ファンから絶対的な信頼を得ていた。だから観る者のほとんどが、こう思っていた。
(シウバは強い、それでも桜庭が負けるはずがない)。
■狂気に満ちた秒殺劇
しかし試合の展開と結果は、ファンの予想とは大きく異なるものとなる。
開始早々から、シウバはパンチを振るって桜庭を追いつめる。打ち合いの中で桜庭のパンチを喰らいヒザを落としかけるシーンもあったが、それでもシウバは前に出続けた。タックルを仕掛ける桜庭を今度は上から潰す。
うつ伏せになった相手に対して強烈なヒザ蹴りを頭部に見舞い、さらに顔面を蹴り上げる。桜庭の顔が鮮血で染まった。動きが止まった桜庭にシウバはサッカーボールキックを放つ。まさかの展開に場内は騒然。これ以上は危険と判断したレフェリーが試合をストップした。時間は僅か98秒、狂気に満ちた闘いだった。
この『PRIDE.13』からはルール変更がなされていた。『PRIDE.12』までは4点ポジション(両手両足がマットに着いたうつ伏せ状態)の相手に対しての打撃攻撃は禁止されていたが、同大会から有効になっていたのだ。これもシウバにとって追い風となった。
闘い終えたシウバは涙を浮かべてフジマールと抱き合い、その後に言った。
「嬉しい、とにかく嬉しい。コンディションは絶好調だったし、倒すことしか考えずにリングに上がった。もしサクラバが再戦を望むなら受ける、逃げるつもりはない。もう一度勝てば、この勝利がフロッグでないことを証明できるだろう」
約8カ月後の2001年11月、東京ドームで再戦、2003年夏には3度目の対決も行なわれたが、いずれもシウバがKOで勝利した。
桜庭和志という人気ファイターを踏み台にしてシウバはミドル級の頂点に君臨、一時代を築いたのだ。
さて彼は、ブラジル・クリチーバで如何にして強さを身につけたのか?
次回、『PRIDEのリングでヴァンダレイ・シウバが強かった「本当の理由」─。』を綴る。
文/近藤隆夫