中国の電気自動車(EV)に初めて乗った。感銘を受けた。

2022年7月に日本市場への参入を発表したBYDオート(比亜迪汽車)の「ATTO3」(アットスリー)である。ATTO3は3ナンバーSUVのEVだ。韓国・ヒョンデ(現代自動車)の「IONIQ5」よりは、やや小振りな車体寸法となる。

  • 中BYDのEV「ATTO3」

    BYDのEV「ATTO3」はかなり高レベル!

日本向けの改良に見た本気度

試乗車はグレーの車体色で、やや地味に見えた。だが、簡素な造形のなかにも存在感がある。嫌味のない、親しみを覚えさせる外観だ。

  • 中BYDのEV「ATTO3」
  • 中BYDのEV「ATTO3」
  • 親しみやすさを感じる「ATTO3」の外観(写真は展示車)

運転席に座ると小振りなメーターがハンドルの奥に見え、ダッシュボード中央には大きめのナビゲーション画面がある。

  • 中BYDのEV「ATTO3」
  • 中BYDのEV「ATTO3」
  • 中BYDのEV「ATTO3」
  • 「ATTO3」のインテリア

ATTO3は中国、シンガポール、オーストラリアなどで発売済み。試乗したのは、日本と同じ左側通行のオーストラリア仕様車だった。ただし、日本で運転しやすいようウインカーレバーは右手で操作できるように改良されており、急速充電はCHAdeMOに対応していた。

わずかな変更であるとはいえ、ウインカーレバーとワイパースイッチを含む反対側のレバーを左右入れ替えるのは、そうたやすくない。多くの輸入車は日本向けに右ハンドルとしているが、ウインカーレバーは左ハンドル用の左側のままで売られていることからもわかる。国産車から輸入車に乗り換えたとき、左右のレバー操作を間違えてしまうのはよくある話。欧米の自動車メーカーがそこをほったらかしているのに比べ、ヒョンデやBYDが日本向けに配慮している姿勢には好感が持てる。IONIQ5もATTO3も、本国では左ハンドルだ。

  • 中BYDのEV「ATTO3」

    日本向けにウインカーレバーを右側に付け替えてある「ATTO3」の試乗車

BYDは現在、横浜の赤レンガ倉庫で開催中のイベント「RED BRICK BEACH 2022 presented by BYD AUTO JAPAN 」(8月28日まで)でATTO3の試乗会を実施している。つまり、この試乗車には我々のような媒体関係者だけでなく、一般の消費者も乗るわけだ。こうした体験試乗でも操作に戸惑わないような改良を施している点からも、日本市場参入への本気度を感じる。

シフトレバーも操作しやすく、迷いなく扱える。具体的にはレバー脇のボタンスイッチを親指で押しながらレバーを前後へ移動させることで後退(R)と前進(D)を切り替え、駐車時はレバーの根元にあるパーキング(P)のスイッチを押す。

  • 中BYDのEV「ATTO3」

    シフトレバーも操作しやすい

バイ・ワイヤー(配線を使った電気スイッチ操作)の導入によりシフトレバーもスイッチ的な扱いとなり、Pの操作ボタンがレバーとは別の場所に設置される例が多くなっている。中には初見だと操作方法がわからず、Pスイッチを探したり、操作し忘れたりしそうな配置のクルマもある。これもちょっとしたことではあるが、ATTO3の作り手は使う人の手の動きや直感的操作性をよく学んでいるのではないかと思った。

走りは上質!

前置きが長くなったが、さっそく走らせてみる。

駐車場から道路へ出るため、アクセルペダルをわずかに踏み込んだときの走りだしは穏やかで、自然だ。ゆっくりと動き出したいというこちらの思い通りに発進し、徐行してくれる。モーターの出力制御プログラムが入念に設計されている証だ。

一方、アクセルペダルを戻したときの回生による減速は弱い。この制御は意図的であるという。EVの販売が広がる中国でもまだEV経験者は限られるので、エンジン車から乗り換えたときの違和感をなくすためというのがその理由だ。

それでも、回生の効きに強弱の切り替えスイッチが設定されているので、強めを希望するドライバーには、もう少ししっかりと回生を働かせてもいいのではないかというのが私の考えだ。同じ所有者でも、EVに慣れてきたら回生を使う効果や面白さを新しい体験として楽しめたり、実用的に思えたりするだろう。将来的には、BYDでも回生を強めにする可能性がなくはないようである。

  • 中BYDのEV「ATTO3」

    「ATTO3」のボディサイズは全長4,455mm、全幅1,875mm、全高1,615mm

通りに出て交通の流れに乗ったときの走行感覚は、実に上質だった。高級車の趣を備えている。路面変化に対するタイヤの追従性がよく、あたかも鏡の上を走るように滑らかに進んでいく。この乗り心地は、たやすく手に入れられるものではない。欧州にあるような石畳の路面も走ったが、石のつなぎ目の凹凸をいなしながら上品に走った。

後席の乗り心地も快適で、静粛性も優れる。リン酸鉄を電極に使う独自のバッテリーを採用しているが、床構造も独特で、平らな床と後席との距離も適切に保たれ、正しい姿勢で座れる。

  • 中BYDのEV「ATTO3」

    後席で過ごしても快適なクルマだ

走りの性能だけでなく、後席の快適性を含めた総合的な品質については、欧米や日本のクルマでさえ今一歩という車種がある中で、BYDの力量が高い水準にあることを知らされた。前輪駆動(FWD)のレイアウトをいかした荷室の床は深く、背の高い大きめの荷物も載せられそうだ。

最小回転半径は5.3mと小回りがきく。日常的な市街地での運転で、クルマが手の内にある感触が得られる。

走行モードは「エコ」「ノーマル」「スポーツ」の3種類。日常的にはエコで十分だ。スポーツは出足が明らかに強まるというより、加速がいっそう伸びやかで壮快な印象をもたらす制御のようである。ただ、全力加速をさせた際には、トルクステアのようなハンドルを取られる様子が少しあった。FWDの左右輪の駆動力調整をさらに磨き上げれば、いっそう自然な操舵感覚になるだろう。

車体寸法は全長が4.5mを切り、全幅は1.9mを切る。IONIQ5は全長4.6m超で、全幅は1.9mを切るもののATTO3より2cmほど広い。わずか2cmとはいえ、たとえば5ナンバー車と3ナンバー車で2cmの違いというと、それなりに車幅感覚は違うものだ。IONIQ5の最小回転半径が5.99mであるのに対し、ATTO3が5.3mという点も運転のしやすさに通じているはず。クルマが手の内にある感じや運転のしやすさという点では、ATTO3がIONIQ5を上回っていると感じた。

アジアEV比較

国産車ではトヨタ自動車「bZ4X」がATTO3とIONIQ5の中間的な存在で、両車との競合車種といえそうだ。最後にアジアのEV3車種を比較してみる。

  • トヨタ「bZ4X」
  • ヒョンデ「IONIQ5」
  • 左がトヨタ「bZ4X」、右がヒョンデ「IONIQ5」

bZ4Xは全長が4,690mmで、全幅は1,860mmとなる。世界一の自動車メーカーが作ったEVだが生憎、発売から1カ月と少しが経過した2022年6月にリコールを出した。その後の展開はいまだ不明である。

ATTO3とIONIQ5は商品性で劣るどころか、bZ4Xを上回っていると感じる。欧米および日本の自動車メーカーは、動力がエンジンからモーターに替わり、部品点数が少なくなるとはいっても、新規参入組がそう容易にクルマを作れるはずはないと高をくくってきた。しかし、ATTO3もIONIQ5も、bZ4Xに比べ商品性、走行性能、快適性の全てで上をいっている。

ATTO3の車両価格はまだ発表されていない。2023年1月の発売へ向け、年内には明らかになるだろう。ちなみに、IONIQ5は479万円からという設定だ。bZ4Xは600万円以上なので、価格では勝負にならない。

EVは単なるエンジン車の代替ではない。EVの本質を見誤る自動車メーカーは、これからの生き残り競争で痛い目を見かねない。