宇宙望遠鏡と月着陸機を同時に打ち上げ、それぞれ異なる軌道へ

H-IIA 47号機では、JAXAのX線分光撮像衛星「XRISM(クリズム)」と小型月着陸実証機「SLIM(スリム)」の2機を搭載して打ち上げる。打ち上げ時期は調整中とのことだが、政府が定める宇宙基本計画では、今年度中に打ち上げることが予定されている。

機体構成は、SRB-Aを2本装備する202型。衛星フェアリングは2機同時打ち上げを行うため、直径4mデュアル衛星フェアリング「4/4D-LC型」を使う。このフェアリングは2階建て構造になっており、上下の部屋に衛星を分けて搭載することができる。

種子島宇宙センターから飛び立ったあと、ロケットはSRB-Aや第1段機体などを次々分離しながら、東の方向に飛行。そして第2段エンジンの第1回燃焼を終えたのち、離昇から14分23秒後に、フェアリングの2階部分に搭載しているXRISMを分離、軌道に投入する。この時点では、高度約575km、軌道傾斜角(赤道面からの傾き)約31度の地球低軌道に乗っている。

続いて、第2段エンジンをもう1回点火。遠地点高度(地表から最も遠くなる点)をぐんぐん上げ、最終的に約9万8000kmにも達する軌道に達したのち、SLIMを分離する。SLIMはその後、自身のスラスター噴射と、月の重力を利用したスイングバイにより軌道を変えて、そして月面着陸に臨むことになる。

  • LIMの打ち上げから月までの軌道の概念図。H-IIAは画像の中心、地球のまわりで楕円になっている白い線の軌道へSLIMを送り届け、その後はSLIM自身が月までの軌道変更を行う

    SLIMの打ち上げから月までの軌道の概念図。H-IIAは画像の中心、地球のまわりで楕円になっている白い線の軌道へSLIMを送り届け、その後はSLIM自身が月までの軌道変更を行う(出典:JAXA/ISAS)

XRISMは地球低軌道へ、SLIMは月へ向かうための軌道(月周回遷移軌道)へ――。この「2機の宇宙機をそれぞれ異なる軌道へ送り込む」ことが、H-IIA 47号機にとって最大の見せ場となる。まるで「二兎を追う」ようなものだが、「……者は一兎をも得ず」で終わることわざとは違い、それが十分可能なだけの能力と実績がH-IIAにはある。

4/4D-LCを使って衛星を2機以上同時に打ち上げるのは、2018年10月の40号機以来約4年半ぶりで通算9機目となる。ただ、これらは2機の衛星をほぼ同じ軌道に送り込んだ例が大半で、それぞれを異なる軌道へ送り込むのは20年前の2002年9月に打ち上げた3号機以来となる。さらに、この3号機では地球低軌道と静止トランスファー軌道へ打ち上げたため、月周回遷移軌道に送り込むのは今回が初めてとなる。

ただ、だからといって機体に特別な大掛かりな改造などを施したわけではないという。三菱重工でH-IIAロケット打上執行責任者を務める徳永建(とくなが・たつる)氏は、「今回の47号機は、月周回遷移軌道に向かうという新しい点はありますが、基本的には3号機のコンフィグレーションをもとにしています。特段新しいもの(技術や部品)もありません。いままでの打ち上げで使ってきたものを組み合わせることで対応しています」と語る。

「たとえば、第2段エンジンの燃焼を2回行うため、推進剤タンクを加圧するためのヘリウムガスの気蓄器を追加したり、姿勢制御装置の燃料を少し多く積んだりしています」。

「また、SLIMを月周回遷移軌道に投入するため、地上局(地上にあるロケットと通信するための施設)だけでは、位置関係上、十分にテレメトリーデータの通信が取れない時間帯が発生することから、米国航空宇宙局(NASA)が運用するデータ中継衛星『TDRS』を使って通信するための装置を搭載しています。これも過去に、アラブ首長国連邦の火星探査機『HOPE(ホープ)』の打ち上げなどで使ったものです」。

そして「衛星の2機同時打ち上げは、やはり意気込むところは大きいです。慎重に、確実に打ち上げていきたいです」と語った。

  • 会見する三菱重工のH-IIAロケット打上執行責任者の徳永建(とくなが・たつる)氏(右)と、H-IIAプロジェクトマネージャの矢花純(やばな・じゅん)氏

    会見する三菱重工のH-IIAロケット打上執行責任者の徳永建(とくなが・たつる)氏(右)と、H-IIAプロジェクトマネージャの矢花純(やばな・じゅん)氏

H-IIAの追加生産は可能?

47号機の打ち上げに向けた準備が進む中、H-IIAはまもなく引退を迎えようとしている。

宇宙基本計画では、H-IIAは2023年度打ち上げ予定の50号機を最後とし、その後はH3が日本の基幹ロケットとしての役割を果たすことになっているためである。つまりH-IIAは、この47号機と、出荷順が前後した46号機をはじめ、残り5機ということになる。

しかし、H3は開発が遅れており、H-IIAから基幹ロケットの任というバトンを無事に受け取れるかどうかは予断を許さない。

さらに、ロシアによるウクライナ侵攻と、それにともなう欧米などの経済制裁やロシアとの関係悪化により、ロシアによる商業打ち上げ(企業などから受注しビジネスとして行う打ち上げ)や、欧州がロシアと共同で行っていたロケットの打ち上げが中断。ロシアのロケットを使った打ち上げを計画していた衛星事業者などは、代替となるロケットを探し東奔西走している。代替先の候補にはもちろん三菱重工も入っており、徳永氏も「弊社にいくつか引き合いが来ているのは事実」と語る。

こうした状況で、H3の開発がさらに遅れた場合の保険として、そしてにわかに増えた打ち上げ需要への対応として、「H-IIAの追加生産は可能なのか」という疑問は誰もが思いつくことかもしれない。

ただ、徳永氏は「難しいです」と語る。「H-IIAの製造には約3年かかりますから、いまから手配しても、お客さまとのニーズやタイミングが合いません。また、すでに50号機を最終機と見据えて材料や部品などを手配しているため、なくなっているもの、造れないものもあります」。

したがって、日本から基幹ロケットが一時的になくなるというギャップを生まないためにも、そしてロシアのロケットが商業打ち上げ市場から脱落したことを勝機とするためにも、H3の早期の完成が望まれるところである。

H-IIAを無事に運用し終え、H3にバトンをつなぐ。そんなもうひとつの二兎を追う技術者たちの挑戦が、いままさに繰り広げられている。

  • H-IIAのコア機体が製造される三菱重工の飛島工場

    H-IIAのコア機体が製造される三菱重工の飛島工場

参考