東海道新幹線で実現しなかった「貨物新幹線」が新聞等をにぎわせた。きっかけは国土交通省が7月28日に公開した「変化し続ける社会の要請に応える貨物鉄道輸送の実現に向けて ~検討会 中間とりまとめ~」だ。ちなみに、「中間とりまとめ」は事実上の「結論」にあたる。官公庁の用語で、法律の制定などの明確なゴールがある場合を除き、検討会の締めくくりは「中間とりまとめ」となる。
この「中間とりまとめ」は全41ページ。しかし新幹線の貨物輸送に触れた部分は少ない。「新幹線」という単語は11カ所。このうち6カ所はJR貨物設立の経緯と整備新幹線、並行在来線の説明部分にある。「貨物と新幹線」の文脈は5カ所だけだった。わずか1ページに集約されている。
「新幹線による貨物輸送の拡大に向けた諸課題を整理するため、国、JR貨物、JR旅客会社等の関係者による検討や必要な調査に着手するとともに、まずはJR貨物が中心となり、線路容量に余裕がある路線における走行を念頭に置いた、高速走行と大量輸送の両立が可能な貨物専用車両の導入の可能性を検討する必要がある」と締めくくった。これだけだ。
■北海道の荷主の期待とトラック業界「2024年問題」
それでも、「貨物新幹線」部分が大きく報道され、鉄道ファンもネット上で大きな関心を寄せた。その背景には、鉄道貨物輸送に対する「理想」と「膠着感」がある。新幹線で貨物輸送が実現すれば、日本の鉄道と物流を革新できるはずという「期待」がある。
とくに北海道新聞は、「技術的な可能性はどうか」「存廃論議が起きている函館本線長万部~函館間の貨物列車を新幹線に振り替えられないか」「生鮮品の物流改革は起きるか」など、複数回にわたって記事を掲載した。第2青函トンネル建設の期待もある。
ホクレンの農産品の約3割は青函トンネル経由で本州の消費地に運ばれている。約5割はフェリーやRORO船だ。RORO船はトレーラーのうちシャーシ(荷台)だけ載せる船。トレーラーヘッド(エンジンと運転席部分)は載らない。フェリーやRORO船は、長距離トラック輸送を船が中継する形である。鉄道輸送のシェアは低いが、これは青函トンネルをはじめ貨物列車の運行本数が頭打ちになっているため。本音としては、もっと貨物列車に頑張ってもらいたいところだろう。
トラック輸送は喫緊の課題がある。人材不足が深刻な上に、2024年からドライバーの時間外労働時間の上限規制が始まる。ドライバー不足で北海道内陸部から港までの自動車輸送が滞るおそれがある。その代替手段として、道内内陸部の鉄道貨物輸送に期待が寄せられている。
「中間とりまとめ」発表は7月28日だったが、前日の7月27日、共同通信社が「新幹線に貨物専用車検討」とスクープした。これを全国紙や地方紙が掲載した。トラック業界の「2024年問題」は全国的な課題となっており、やはり鉄道輸送に期待が高まっている。それだけに、「新幹線ルートに貨物専用車両」は打開策を期待させるキーワードとなった。
■「貨物新幹線」「新幹線貨物専用車」の違い
「中間とりまとめ」は鉄道貨物輸送について14の課題を挙げており、「新幹線による貨物輸送の拡大に向けた検討の具体化」は課題のひとつだ。それ以外の13項目は、現在の在来線貨物輸送に関連する。
つまり、「中間とりまとめ」のうち、ほとんどが在来線貨物列車に関する内容だった。報道は、あえて言えば末席の貨物新幹線のみ報じている。それだけ期待度があるともいえるが、これでは本質をとらえられない。「中間とりまとめ」の全体像を簡潔にまとめた記事は、ネットで調べる限りひとつだけ。物流専門紙「カーゴニュース」電子版の8月2日付記事「貨物鉄道は『公的ミッション背負う唯一無二の存在』=国交省」だった。
「中間とりまとめ」は、具体的に「どの新幹線で」「どんな車両で」「在来線やトラックとの結節点はどうするか」などを記載していない。「導入の可能性を検討する必要がある」にとどまる。つまり、「これから検討しなさい」ということだろう。新聞報道を見て原典を当たったら肩透かしである。
ただし、「中間とりまとめ」を作るまでの検討会の中で、JR貨物は「ロールパレットを直接積み込めるような新幹線車両」のイメージを示している。ロールパレットはトラック輸送で使われるカゴ付きの大型台車で、底板は畳半畳ほどの大きさ。宅配便の集配センターやスーパーのバックヤードで見かける。
既存の新幹線車両をロールパレットに対応するため、座席のないフラットな床と固定治具、側面開口部を10トントラック並みの間口を装備した車両を作る。これなら現在の駅に荷役用エレベーターなどロールパレットの動線を作れば導入できる。もっとも、駅側も大改造が必要で、専用のプラットフォームや駅を作ったほうが良さそうだが、「中間とりまとめ」はこの「貨物専用車両」のイメージだと思われる。
しかし、「中間とりまとめ」はコンテナ貨車まで想定していない。
■理想的な「貨物新幹線」とは
「貨物新幹線」というと、既存の貨物列車のように、機関車がコンテナ貨車を牽引する姿をイメージする。これは東海道新幹線の構想段階でも検討された。現在のキューブ型コンテナ(12フィート5トン)規格は、新幹線用の貨車にのせる想定もあったと聞く。それゆえに、東海道新幹線の鳥飼車両基地と大井車両基地は貨物駅に隣接している。しかし、東海道新幹線の貨物列車は、すれ違い時の風圧の影響などから断念された。青函トンネルの共用問題と同じだ。
青函トンネルの共用問題では、JR北海道が「トレイン・オン・トレイン」の実験も行った。新幹線規格の車体の中に、在来線のコンテナ貨物列車を格納するしくみだ。しかし、これも新幹線車体のなかで在来線貨車を固定、安定させる部分などに問題があった。需要が高まる大型ISO(国際規格)コンテナにも対応しにくい。
今回の報道で、鉄道ファンたちはネット上で盛り上がった。筆者もどこかで、「貨物新幹線妄想」を披露した気がする。たとえば、東北・上越・北陸新幹線は東京~大宮間を共用しているから、大宮駅から終点方向のダイヤに空きがある。そこに「貨物新幹線」を走らせる。東京側は都心まで乗り入れられないから、途中に積替え施設を作る。
東北新幹線の場合、宇都宮貨物ターミナルに新幹線の線路を引き込み、新幹線貨車から在来線貨車にコンテナを積み替える。トップリフター(ISOコンテナ用フォークリフト)でひとつずつ積み替えるより、コンテナ港にあるようなガントリークレーンを使う。これなら1時間あたり30個以上の積替えか可能。トラックにも対応すれば、長距離トラックの代替もできる。
問題は、新幹線の施設が貨物列車の重量に耐えられるか。新幹線が車両の軽量化でスピードアップしてきたため、貨物列車を想定していない。補強が必要だし、鉄橋の架替えが必要かもしれない。いや、もしかしたら、鉄道土木技術者たちは、「そんなこともあろうかと……」対応可能にしているかもしれない。整備新幹線や地下鉄の歴史で、そんな事例が稀に見つかる。過度な期待は禁物だが。
もし、新幹線でコンテナ貨物列車を運行できれば、鉄道貨物に革命が起きる。現状では解決すべき課題は多い。いずれは着手すべきと筆者は考えている。
■在来線貨物列車の再生が急務
「変化し続ける社会の要請に応える貨物鉄道輸送の実現に向けて ~検討会 中間とりまとめ~」は、国土交通省が3月に有識者を招集して開催した「今後の鉄道物流のあり方に関する検討会」によって作成された。検討会は7月まで、月1回のペースで行われた。
第1回はJR貨物から鉄道貨物輸送の現状と課題について説明され、第2回以降は鉄道貨物に関わる幅広い業種の代表的企業にヒアリングした。運輸業、荷主、不動産業、物流プラットフォーム提供事業者、信用格付け(事業評価)機関などだ。
特筆すべきところといえば、5月19日に開催された第3回で、防衛省からのヒアリングが行われた。自衛隊の輸送オペレーションの中で、「コンテナによる多種多量の装備品・補給品等の輸送が可能であり、安全性やダイヤの安定性の観点からも輸送力としての期待は大きい」とし、「自衛隊の輸送力向上のため、鉄道輸送の更なる活用を追求(したい)」と説明した。国防上からも鉄道貨物は重要、という認識が示された。その背景にはロシアのウクライナ侵攻がある。
防衛省はこれまで、北海道も含めた鉄道の存廃論議について公式な意見を出していなかった。だから筆者は、「自衛隊は鉄道の運用を見限ったのか」と思っていた。しかし、防衛省の発言は心強い。邪推だが、「国防上の観点で鉄道を残せと言えば、維持費を負担しろと言われかねない」と思っていたのかもしれない。
「今後の鉄道物流のあり方に関する検討会」の41ページの中で、貨物新幹線の記述は1ページ。他の40ページは何かといえば、既存の鉄道輸送の課題の整理だった。「中間とりまとめ」では、「3つの視点と14の課題」を挙げている。
視点1. 貨物鉄道の輸送モードとしての競争力強化に向けた課題
1 既存の輸送力を徹底的に活用した潜在的な輸送ニーズの取り込み
2 輸送特性から限定的な扱いとなっている貨物への対応
3 国際海上コンテナの海陸一貫輸送への対応
4 災害時をはじめとする輸送障害への対策強化
5 災害等輸送障害発生時の対応力強化
6 公共インフラとしての新たな社会的要請への対応
7 全国一元的な貨物鉄道輸送サービスの維持・発展に係る費用負担の在り方
8 新幹線による貨物輸送の拡大に向けた検討の具体化
視点2. 貨物鉄道と他モードの連携に向けた課題
9 誰でもいつでも利用できる体制づくり
10 パレチゼーションの推進
11 貨物駅の高度利用・貨物鉄道のスマート化の推進
視点3. 社会・荷主の意識改革に向けた課題
12 貨物鉄道輸送の特性に関する認知度の向上
13 エコレールマークの価値向上・改善
14 鉄道輸送の利用を促す新たな制度の必要性
検討会のヒアリングは、通運業者や荷主から「ダイヤがミスマッチ」「災害に弱い(運休が多い)」「線路が旅客列車優先すぎて遅延の影響が大きい(到着がアテにならない)」など、「現状の鉄道貨物輸送の不満」が次々と現れた。この時点で、鉄道の持つ定時性が担保されていないとわかる。
合理化によって貨物列車の運行区間が減り、鉄道の持つネットワーク性が損われている。たとえば、高知から関西方面に鉄道貨物で輸送する場合、土讃線に貨物列車がないため、高松までトラック輸送となる。ここでダイヤもミスマッチな貨物列車に積み替えるくらいなら、そのままトラックを走らせたほうが良い。あるいは高知港から船に乗せたい。
鉄道貨物は国鉄時代からトラック輸送にシェアを奪われている。生き残るためのコストダウンは、「JR旅客会社に依存しすぎないこと」だ。だから貨物列車の運行区間をどんどん縮小して、貨物駅のORS(オフレールステーション)化を推進した。JR貨物も地方ではトラック輸送事業者になっている。
この状況を変えるために、まずは貨物列車運行区間の復帰が急がれる。貨物列車を受け入れるJR旅客会社としては、JR貨物の線路使用負担料(アボイダルコスト)を見直してもらわなければ協力しがたい。線路施設の拡充も必要になる。2014年の台風18号で東海道本線の由比~興津間が不通になったとき、当時のJR貨物社長は、「本音を言えば東海道本線全線に貨物専用の線路がほしい」と語っていた。
国の物流全般の課題を解決するために、国が鉄道に対して積極的に設備投資する必要がある。そして、投資に見合った鉄道貨物輸送を促すべきだ。
たとえば、「貨物自動車の運用は車両登録地の隣県まで」に規制し、長距離輸送は鉄道と船舶に義務づけても良いくらいだ。いまのところ鉄道側に受け入れる準備ができていないが、政府が2050年にCO2ゼロをめざすというなら、そのくらいのインフラ整備を行う覚悟が必要だろう。インフラを整備し、貨物列車が支持されて運行本数が増えれば、運賃は維持、あるいは下がるかもしれない。法的規制をしなくても、「長距離トラックより鉄道がいい」と市場が決める。それが資本主義の正しいあり方だと思う。
「貨物新幹線」は必要性を感じるし、国家予算を割くべき魅力的な構想だが、一方で流通業界や荷主からの、現在の貨物列車に対する不満も大きい。鉄道貨物の期待に応え、実績を積まなければ、「貨物新幹線」に理解を得られない。「中間とりまとめ」を契機に、貨物列車を含めて、トラック、航空、船舶、すべての物流モードをトータルデザインする政策に着手してほしい。