毎年のように将棋界の歴史を塗り替え続けている藤井聡太竜王。2020年度に最年少でタイトルを獲得したかと思えば、2021年度の終わりには五冠を獲得、19歳にして名実ともに将棋界の頂点に君臨する存在となりました。

日本将棋連盟が毎年刊行している『将棋年鑑』では、巻頭特集として藤井竜王のロングインタビューを行っています。本記事は、『令和4年版 将棋年鑑 2022』の巻頭特集インタビューの取材に際して、藤井竜王の仕草や言葉の端々からインタビュアーが感じ取った言外のニュアンスについて記したものです。インタビュー本編では表現しきれなかった細かい機微を少しでも感じ取っていただければと思います。

■大富豪

Twitterでファンの方からいただいた質問「トランプで1番好きな遊びは?」のやり取りをご紹介します。

――では続いて、トランプで1番好きな遊びは?

「大富豪です」

――メジャーどころですね。理由はありますか?

「大富豪が一番運と戦略のバランスがいいかなと思います。7並べとかだとカードによっては、かなり手段が限られてしまうので。大富豪ならカードが弱かったら弱いなりの戦い方が、なくはないという(笑)」

藤井竜王の好きなトランプゲームは大富豪でした。純粋な運ゲーになってしまうのは嫌なようです。 将棋もそうですが、勝つにせよ負けるにせよ自分で考えて戦うのが好きな方だと思いますので、これはわかる気がします。

――大富豪にはいろいろなローカルルールがありますが、どんなルールでやっていましたか?

「うーん。何が普通のルールなんでしょう」

――8とか、11とか・・・。

「8切り、イレブンバックは多いですよね」

藤井竜王の口から「8切り(ヤギリ)、イレブンバック」という言葉が出てくるのは新鮮で、どことなく心が和みます。

■詰将棋とチェスプロブレム

昨年から藤井竜王が始めたという「チェスプロブレム」についても語っていただきました。

――去年の12月に、チェスプロブレムに取り組まれているというお話をされていました。チェスプロブレムを解くようになったきっかけはありましたか?

「明確にあるわけではないんですけど、最近は詰将棋でもチェスプロブレムからテーマを輸入していたり詰将棋とチェスプロブレムの関連が強くなっているので、それではチェスプロブレムとは何ぞやということを知らないといけないのかなと」

チェスプロブレムを始めたきっかけは詰将棋にあったんですね。詰将棋をより深く知るためにチェスプロブレムも学ばねばならぬと。日本史をより詳しく知るために世界史も学ぶ、といった感じでしょうか。

続いて「詰将棋とチェスプロブレムの違い」について藤井竜王が語ります。

――チェスプロブレムと詰将棋でここは違うというところがあれば教えてください。

「得意な表現が違うという印象は受けました。チェスプロブレムは変化を含めて何かのテーマを明確にすることが多いですけども、詰将棋だとフォーマットそのものではない、手の流れだったりそういうところに魅力がある作品も多いので、それぞれの得意な表現を生かして、今後も詰将棋でもチェスプロブレムでも面白いものが出てくるのかなと思って楽しみにしています」

・・・言っていることがとても難しいです。これは噛み砕く必要がありそうです。

まず、チェスプロブレムはテーマ(問題の意図)が決まっていて、そのテーマを手順で表すものであると。シンプルで合理的な印象でしょうか。

詰将棋にももちろん「テーマとその表現」というフォーマットはあるんですが、詰将棋の場合はそれを表現する際に「手の流れ」という別の魅力が強調されます。例えば合駒で発生した桂馬が2回連続で跳ねるような、指し手の連続性がその一例でしょう。

藤井竜王は2年前の将棋年鑑のインタビューでも自分の好きな詰将棋について「何というかその捨て駒でも単発ではなくて、やはりストーリー、流れがあるというのが大事」とおっしゃっていました。

指し手が点ではなく線として意味を持って有機的につながっているのがお好きなんですね。

チェスプロブレムが目的志向が強いのに比べて、詰将棋には過程の手順から醸し出される抒情的な魅力があるということが言いたいのだと思います。

■まだまだ足りない

竜王戦第4局を取り上げたNHKスペシャルについて聞いてみました。

――NHKスペシャルの局後のインタビューで対局者のお二人から「もう少し続けたかった」という同じ感想が出たのは驚きでした。

「そうだったんですか」

――棋士が局後に「もう少し続けたかった」ということ自体が珍しいと思うんです。

「はい」

――それを二人がそろって言うというのはさらに珍しいと思って。

「なるほど、はい」

まず、藤井竜王は豊島九段も「もう少し続けたかった」とおっしゃっていたことを知りませんでした。これはちょっと驚きでした。自分が出られた番組は観ないのでしょうか。

話は続きます。

――対局中に豊島先生と思考がシンクロするような感覚があったんですか?

「いや、そういう感覚はなかったですけど、自分は対局中にあの局面の重要な変化の半分かそれ以下しか読めていなかったと思います。そういう意味では本当はこの先どうなっていたんだろうという気持ちはありました」

「重要な変化の半分かそれ以下しか読めていなかった」とは驚きます。藤井竜王の謙遜もあると思いますが、対局後に検討した際にそれだけ膨大な変化があったということなんですね。

さて、ここからが本題です。私は昨年の将棋年鑑のインタビューで、藤井竜王の尽きることのない向上心の源泉について「強くなるからこそ見える世界があるかもしれない」というお話を聞きました。そして、この竜王戦第4局こそ、「強くなったからこそ見えた世界」なのではないかと考えていました。

なぜなら、あの超難解な局面は藤井竜王と豊島九段が非常に高いレベルで拮抗していたからこそ現れた局面だったからです。

今回のインタビューで私が一番聞いてみたかった質問。それを、藤井竜王にぶつけてみました。

――以前のインタビューで将棋を続ける理由として「強くなるからこそ見える世界があるかもしれない」とおっしゃっていました。この竜王戦第4局はまさにお二人だから到達できた境地のように思いましたが、藤井先生はどう感じましたか?

藤井竜王は、私の持って行きたい話の方向性はすぐにわかったと思います。私としては「確かにあの一局はそういう世界の片鱗がみえた対局だったかもしれません」というような答えを期待していました。

しかし、藤井竜王は少し間を取った後にこう答えました。

「あの一局に関しては途中有利になったのを生かせなかったというのがあるので、ずっと難しくて最後にああいう局面が現れたら理想的なのかなと思います」

・・・やっぱり藤井先生は藤井先生でした。

名局賞に選ばれ、多くの棋士が絶賛したあの将棋にも満足していなかった。藤井竜王にとっては「課題が見つかった対局」の1つに過ぎないのでしょう。

――まだまだ足りない、という感じでしょうか。

「そうですね」

島田修二(将棋情報局)

長いインタビューの間、藤井竜王の笑顔は絶えない(撮影:将棋情報局編集部)
長いインタビューの間、藤井竜王の笑顔は絶えない(撮影:将棋情報局編集部)