これらの結果から、学習の後期には、視床からの入力が重要な役割を担っており、学習した運動の情報処理が徐々に自動化・習慣化していると考えられたことから、さらに化学遺伝学的手法を用いて、運動課題トレーニング時に高次運動野からの情報の抑制を行ったところ、運動が上達しにくいことが判明したという。ただし、視床から大脳皮質運動野への神経の情報伝達を抑制しても、運動は通常通りに上達したことも確認されたため、研究チームでは、学習初期の運動の上達には高次運動皮質からの情報が重要で、視床からの情報の影響は弱いことが示されたとしている。
ところが、8日間訓練し運動が十分上達したマウスで、訓練9日目に視床から第一次運動野への神経信号を抑制すると、上達済みの運動をまともに実行できないことも明らかにされた。この結果は、すでに体得した運動記憶を自動的に実行する際には、視床からの情報が重要であることを示すものであるとする。
これらの結果から、高次の運動皮質から第一次運動野への神経の情報伝達は運動学習に重要な役割を担っていること、体得した運動記憶は視床からのシナプス入力に引き継がれ、新たに保存されるという、これまで考えられてきたこととは異なる仕組みであることが明らかにされた。今回の結果を受けて、研究チームは「学習シナプスは記憶シナプスの形成を助け、学習記憶が成立する」という新説を提唱するに至ったとしている。
なお、今回明らかにされた記憶にまつわる原理は、感覚情報(視覚、聴覚、体性感覚など)を用いた学習や、より高次機能を使った学習についても同様のメカニズムを取る可能性が高いと考えられるという。
また、学習障害や認知機能障害などについても、それらの疾患モデル動物において、今回と同様の研究を積み重ねることで、学習と記憶の障害がどのようなメカニズムによって引き起こされるのかが、徐々に理解されることが期待されるとしている。