毎年のように将棋界の歴史を塗り替え続けている藤井聡太竜王。2020年度に最年少でタイトルを獲得したかと思えば、2021年度の終わりには五冠を獲得、19歳にして名実ともに将棋界の頂点に君臨する存在となりました。
日本将棋連盟が毎年刊行している『将棋年鑑』では、巻頭特集として藤井竜王のロングインタビューを行っています。本記事は、『令和4年版 将棋年鑑 2022年』の巻頭特集インタビューの取材に際して、藤井竜王の仕草や言葉の端々からインタビュアーが感じ取った言外のニュアンスについて記します。
■変化を求めて
今回のインタビューでは、Twitterでファンから質問をお寄せいただき、そのうちのいくつかを藤井竜王にぶつけています。その中のひとつ「海外で行ってみたい場所と理由を教えてください」について答えていただきました。
――まず、海外旅行に行くならどこに行きたいですか?
「長時間のフライトは大変な気がするので、まずは近いところで・・・・。となると台湾とかでしょうか」
藤井竜王の行きたい場所は「台湾」でした。ほぉ~、という感じですね。そしてその理由は「長時間のフライトが大変だから」というものでした。
――日本の周りで。
「そうですね。台湾なら3時間くらいだと思うので、それくらいなら大丈夫かと」
3時間くらいのフライトなら大丈夫・・・。こう聞くと、飛行機は苦手なのかな?と思うじゃないですか。そこで
――飛行機があまり得意でいらっしゃらない?
と聞いたのですが、これに対する藤井竜王の回答が面白かった。
「いえ、そんなことはないんですがフライト中、上空を飛んでいると変化がないので。離陸と着陸は好きなんですけど、飛んでいる間は特に天気が悪かったりすると見るものもないですし。5時間、6時間となると厳しいのかなと思います」
毎年藤井竜王のインタビューでは驚かさせるのですが、今回も初手から驚きました。飛行機が苦手なんじゃなくて、「変化がない」ことに耐えられないんですね。これは藤井先生の新しい一面を見た気がしました。
常に向上心にあふれている先生なので、停滞していることがいやなんでしょうか・・・?
また「離陸と着陸は好き」というのも藤井竜王らしい独特の感性ですね。そもそも飛行機で移動するときに「離陸」「上空」「着陸」と分けて考えたことがありませんでした。今まで漫然と飛行機に乗ってきてしまった自分が恥ずかしいです(笑)
■竜王戦は?
続いては将棋の話題。昨年の藤井竜王を振り返る上で、豊島先生との19番勝負は避けて通れません。
王位戦、叡王戦、竜王戦と3つのタイトル戦で立て続けに戦いました。結果的には藤井竜王がすべての番勝負を制しましたが、叡王戦ではフルセットにもつれこむなど、その道のりは決して平坦なものではありませんでした。そんな19番勝負を藤井先生に振り返っていただいた場面です。
――豊島先生とは王位戦、叡王戦、竜王戦と19番勝負となりました。
「最初の王位戦の第1局は完敗で、前半は苦しい将棋が多かったです。そのあとの叡王戦は持ち時間が短いこともあって思い切りよくやろうという方針で臨んで、それがうまくいったところはあります。その辺りから少しずつ内容的にも良くしていけたのかなと思っています」
藤井竜王がこの回答をされた後、少し間がありました。というのも、私はこの後竜王戦について話していただけると思っていたからです。タイトル戦は3つあったわけですし、話の流れからしても、王位戦は出だしから苦しかった、叡王戦で徐々に良くなっていった、そして竜王戦では~となるのが普通ではないでしょうか。
しかし、待っていても先生が話される気配がありません。仕方ないので「藤井先生、竜王戦は?」と心の中で思いながら次の質問に移った記憶があります。
藤井竜王が定跡にない返答をされたのなら、記者たるもの、その意味を考えるべきでしょう。インタビューの後に、なぜだろうと色々考えてみたのですが、竜王戦について言及しなかったのは「竜王戦はうまく指せたから」ではないかと思い至りました。
藤井竜王は他のインタビューでも、自分が負けた将棋、自分の課題が見つかった将棋のほうが饒舌にしゃべってくれる傾向があります。それにはもちろん謙虚さ、ということもあるのでしょうが、おそらく、課題が見つかることがうれしいのだと思います。それによってさらに自分が成長できるので。
藤井竜王の中では棋戦を振り返る際に「課題発見とその克服」が何より重要な視座になるため、19番勝負の総括は?と聞かれたら「王位戦は第1局が完敗で前半戦は苦しかった、叡王戦も試行錯誤だったが、その後はだんだん良くなっていった」ということになるのでしょう。
実際、このあとのインタビューを読んでいただくとわかるのですが、藤井先生の中では王位戦→叡王戦→竜王戦と徐々に良くなっていった感触があったようです。
自らがつまづくこと、対局に負けることを嘆くのではなく、プラスの力に変えていく。それが藤井聡太という人なのでしょう。
■スタートライン
これは、A級順位戦について質問した時のやり取りです。A級順位戦と言えば1年かけて行われるリーグ戦をC級2組から勝ち抜いて、ようやくたどり着ける順位戦というピラミッドの頂点です。選ばれしトップ棋士10人です。私の質問はこうでした。
――来期はいよいよA級ということになりますがいかがですか?
この質問に対する藤井先生の回答は「これぞ藤井聡太」というものでした。
「名人というタイトルはA級に上がらないと挑戦することができないという意味で、今がスタートラインだと思っています。今期A級ということで、挑戦を目指してしっかりやっていきたいです」
A級は藤井竜王にとって頂点でも何でもなかったんです。「スタートライン」だったんです。
もうこれ、カッコ良すぎでしょう。
A級がスタートですよ。どこまで高みを見据えてるんだろう、この人は。
と、同時に、何回もインタビューさせてもらってるのにそんなこともわからんかった自分が情けなくなりました。「いよいよA級」とかじゃなかったです。そういうレベルの人ではありませんでした。
スタートラインに立った藤井先生の今期順位戦は、もう始まっています。子どもの頃に夢見た「名人」というタイトルに挑む藤井先生。その姿を全力で見守っていきたいです。
島田修二(将棋情報局)