前回「地域実業家と企業人が農業・漁業の課題解決に取り組むプロジェクト“ことこらぼ×NTT EAST@よこすか”とは?」でお伝えした異業種のコラボレーションによる地域活性化プロジェクトの予定期間が終了。半年間の取り組みでどのような結果を残せたのか、最終発表が行われた。地域実業家とNTT東日本らの苦労がどのように実ったのか紹介しよう。
“横須賀プライド”を確立していくために
このプロジェクトでは2組のチームが対象となっていた。ひとつは横須賀で居酒屋チェーン「たのし屋本舗」の経営をはじめ、小売店や地ビールの製造所を運営している下澤 敏也氏をサポートする“チーム下澤”と、同じく横須賀で80品目もの野菜を栽培している農場経営者の鈴木 優也氏をサポートする“チーム鈴木”だ。NTT東日本のメンバーらは両氏の事業からどんな課題を見出し、どのような解決策に至ったのか、会場が見守る中、最終報告が始まった。
まず、壇上に集まったのはチーム下澤のメンバーらだ。「自分の会社を自分の目で見ているつもりでも、気が付けない部分はたくさんあります。そんな気づけなかった部分をNTT東日本の方々がえぐり出してくれたのだと感じています」と冒頭で語る下澤氏。
下澤氏にそう言わしめたNTT東日本のメンバーらは若手からベテランまで、幅広い価値観を持ったスタッフがさまざまな意見を持ち寄り、ぶつけ合ったことで多くの気づきを得たのだという。
「そんな私たちが考えたプロジェクトは『メッシュコンセプト』といいます」と切り出すチーム下澤。冒頭でも触れたように、下澤氏の事業は14のチャネルで構成されている。しかし、現地へ何度も足を運び、それぞれが独立しており、お互いに補完し合うような関係にないことに注目したチーム下澤は、チャネル同士を紐づけることで、それぞれを利用している顧客を他のチャネルへ誘導できると考えたのだ。
「たとえば飲食店に来ていただいたお客様に、実はたのし屋本舗ではビールやドレッシングも作っていて、それはECサイトで購入することもできることをお知らせすることができれば、それぞれのチャネルを横断的に利用してくれるはずですし、売上アップにも影響すると思いました。そして何よりも下澤氏が理想としている“横須賀プライド”の熱量を高めてあげることにも繋がるのではないかと考えました」とチーム下澤はいう。
“横須賀プライド”とは、横須賀に住んでいながら、土地の食べ物や特産品などのことをあまり知らない住民が多いことに気づいた下澤氏が、生産者の想いを伝え、もっと地元を愛してもらえるようにしたいという気持ちを表したスローガンだ。下澤氏のチャネルをメッシュ化することで顧客の滞在時間は増え、それぞれの商品に込められた思いもより伝わるようになるとチーム下澤は考えたのだ。
「私自身も店舗同士のつながりがないことは課題感として持ってはいましたが、それをうまく言語化してくれたのだと思いました」と下澤氏も納得する。その一環としてチーム下澤では、大画面テレビと小型のコンピューターを使い、スマートフォンで撮影した動画をそのまま編集して簡単にデジタル広告にできる仕組みを持ったデジタルサイネージを実現。試験的な運用を始めている。
「実店舗のスタッフの方々が簡単に更新できなければ意味がないと考えました。自分たちでコンテンツを作ってデジタルサイネージを使ってうまく店舗の商品や多店舗の商品をPRしてもらう。そんな仕組みを非常に安価に導入できるように工夫しました」とチーム下澤はいう。
現在までの取り組みは、チーム下澤がたどり着いた“メッシュコンセプト”を実現するための小さな一歩に過ぎない。
下澤氏は「一緒に取り組んでいくうちにみなさんの熱量が私にも伝わってきたので、自分もすべてをさらけ出してお付き合いさせてもらいました。この最初の一歩をどんどん大きなものにしながら、これからも皆さんと一緒に続けられたらよいなと考えています」と最後に語ってくれた。チーム下澤のメンバーらも今回の経験で様々な気づきを得ることができたと声を揃える。プロジェクトはいったんの終わりをみたが、チーム下澤が培った信頼関係はこれからも消えることなく続いていくと確信させてくれる発表だった。
基地の街であることを最大限に活用
6,000坪の農場を持つ鈴木氏は「鈴也ファーム」を運営する実業家でもある。「レストラン向けの野菜やカラフルなレインボー野菜の提供など、食卓を豊かに彩ることができるような野菜作りを意識しています」という鈴木氏。顧客にとって価値のある野菜を提供したいという思いとは裏腹に、日本の農業が抱える問題に、チーム鈴木は気が付いたのだという。
「私の父も農家でしたが、キャベツの値段は50年変わっていないのです」と鈴木氏がいうように、日本の農業では野菜の単価が自分ではコントロールできないところで決まってしまうという問題があるのだ。
さらにもう一つ、農業を志す若者が居ても簡単には就農できないという課題もある。「鈴也ファームにもたくさんの若者が訪れますが、彼らに農地を貸してくれるところも少ないですし、高価な農機具を用意することもできません。そして、鈴木さんのように成功している農場に就職したくても、収入が不安定で雇うことが難しいのです」とチーム鈴木は語る。
現地で直接農業を体験しながらそれらの課題に直面したメンバーらは生産者が単価を決め、安定して収益を上げられる仕組みづくりをすることが解決に繋がると考えたのだという。「そう決まった後は、私たちの長所でもある足で稼ぐ方法で情報を集めました」というチーム鈴木。彼らがそれを実現するために選んだのは横須賀の米軍基地、通称“ベース”での野菜販売だった。
「米軍基地には2万4000人の方が暮らしています。調べてみたところ、そこで売られている野菜は米国で栽培されたものを冷凍して運んでおり、単価も高いということが分かりました」と語るチーム鈴木。とはいえ、基地内は米国という扱いなので外部の人間は簡単には入れない上に、そこで野菜を売ると関税も支払わなくてはならない。そこでチーム鈴木は、基地内の人々に新鮮で美味しい鈴也ファームの野菜を知ってもらうには情報量が少ないと思い、アンケートを取ったという。
彼らが対象としたのは横須賀にあるバイリンガルスクール。夕方になると米軍基地で働いている保護者が子どもたちを迎えにくるのでそのタイミングで、日本の野菜についてどう思っているのか尋ねてみたそうだ。
「アンケートの結果、やはり生鮮食品として野菜は入っておらず、休日になると米軍基地を出て横須賀のスーパーなどで1週間分の野菜を買っているそうです。それを聞いて鈴也ファームの野菜のニーズは必ずあると判断しました」とチーム鈴木は語る。
チーム鈴木はそれを受け、現在はECサイトを構築中だ。「通販サイトを通じて野菜を定期購入していただきます。特定の運輸業者は米軍基地内への届け物ができるので輸送の問題はクリアできます」とメンバーらは自信を覗かせる。
「ぼくも横須賀に長く住んでいますが、米軍基地の中のことはもちろん、その中のスーパーで売られている野菜の事情などは全くと言ってよいほど知りませんでした。ただ、渡米の経験はあるので、米国の方々は野菜にストーリーがあれば高くても買ってくれることは分かっています。そんなアメリカがすぐそこにあることが分かって、とてもポテンシャルがある施策だと実感しました」と鈴木氏も納得の表情を浮かべる。
そのほか、情報収集の一環として日本のトップファーマー5名との対談なども実現したチーム鈴木。メンバーらは米軍基地への通販を実現し、きちんと売上に貢献したいと今後も継続して取り組みを続けることを切望している。
鈴木氏は「半年で何ができるのか、と疑問も大きかったですが、このメンバーと出会えたことで、ただの生産者止まりだったかもしれない自分にも新しい世界の広がりが見えました。自分の意識もずいぶん変化したのを実感していますし、これからはきちんと報酬を支払えるような取り組みに成長させたいですね」と最後に語ってくれた。
現場で見つけた課題を誰も気が付かなかった視点と行動力で解決へ向かって切り開いていったチーム鈴木。これからも同じ目標を持った仲間として、このプロジェクトを成功させてくれるはずだ。
まとめ
2チームの最終報告を終え、プロジェクトは一端の完了をみることとなった。しかし、今回のプロジェクトで得た経験はNTT東日本の社員としてのスキルに活かされるだけでなく、個人としての成長や働き方の価値観に大きな影響を与えたのだと感じることができた。彼らの取り組みを今後も見守っていきたい。