今回の研究では、Mn3Snのエピタキシャル薄膜と重金属薄膜を含む多層膜が作製され、エピ薄膜の作製ではカゴメ面に平行に引っ張り歪みを導入することで、本来ならMn3Snの磁気八極子偏極は6方向の自由度を持つが、歪みにより膜面垂直方向にのみ自由度を持たせること(垂直2値状態)に成功したという。
また、この多層膜からなるホール電圧信号の測定用素子が作製され、書き込み電流によるホール電圧の変化が室温で測定されたところ、14MA/cm2程度の書き込み電流によって、素子が出力する信号を100%反転可能であることが判明したという。この結果は、垂直方向を向いた拡張磁気八極子偏極を素子の全域において電流制御できていることが示されていると研究チームでは説明するほか、磁気八極子偏極の向きを可視化できる磁気光学カー効果顕微鏡での測定においても、同様の結果が得られたとする。
さらに数値計算の結果、スピンホール効果により生じたスピン流のスピン偏極方向に対して、磁気八極子偏極の回転面を垂直に配置することが、キラル反強磁性体における、高効率な情報記憶の鍵であることが解明されたともする。
なお、今回の研究成果について研究チームでは、応用上の注目すべき点として、今回の情報記憶手法では垂直磁気異方性が大きくなるほど記憶速度が速くなること、垂直2値状態の熱安定性が高くなることが理論的に示唆されたとしており、拡張磁気八極子偏極の垂直磁気異方性は、歪みにより増強可能であることも今回の研究を通してわかってきたとする。
また、今後は反強磁性体MRAMの実現へ向け、反強磁性体において期待される、ピコ秒での超高速情報記憶の実証や、ナノオーダーの微細素子における熱安定性の検証を、歪みとの相関の理解も含めて体系的に進めていく必要があるとしている。