藤井聡太棋聖に永瀬拓矢王座が挑戦する、第93期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負(主催:産経新聞社、日本将棋連盟)の第4局が7月17日(日)に愛知県名古屋市の「亀岳林 万松寺」で行われました。結果は104手で藤井棋聖が勝利し、五番勝負の成績を3勝1敗として、棋聖戦3連覇を達成しました。
本局は永瀬王座の先手番から相掛かりになりました。先手が飛車先を変えた手に対する22手目の△2三歩が驚きの藤井新手です。▲6四飛と飛車を逃げられながら歩を取られてしまうので、ここでの△2三歩を打ってはいけないというのが今までの固定観念でした。藤井棋聖はその固定観念に挑戦したと言えます。歩損の代償に手得を求めた形と言えます。
歩得の代わりに手損をしてしまった永瀬王座ですが、これは同時に先手が低い陣形で構えられることにもつながります。低い陣形は飛車打ちに強く、永瀬王座は後の順で飛車交換に持ち込もうと動きます。
39手目に指された▲9七桂がそれを狙った一着でした。次に▲8五桂とタダのところに跳ね出すのが狙いです。△同飛と取られれば桂損になりますが▲8六飛と飛車をぶつけると後手は飛車交換が避けられません。先手陣は飛車打ちに強い陣形で、こうなれば桂損の代償は求められそうです。
そのため藤井棋聖はタダの桂馬を取らず、守りの金を使って桂を圧迫しました。対して永瀬王座はこの桂を端に成り捨てて端攻めに活路を見出しますが、結果的に先手は左辺で動き過ぎたようです。以下の進行は、徐々に藤井棋聖がリードを奪っていきました。永瀬王座も「▲9七桂が無理だったかもしれません」と振り返っています。
とは言え、後手玉も堅陣に収まっているわけではないので、一つ間違えればトン死する危険をはらんでいます。でもそういう状況で玉の安全度を見切るのは藤井棋聖が最も得意とするところ。74手目に△5二銀と自玉の退路を作った局面で「これで手が……」と永瀬王座を嘆息させました。数手後の▲5一角に代えて▲6六同歩と受ける手を藤井棋聖は気にしていたと明かしますが、感想戦ではその後数十手にも及ぶ自分の勝ち筋をきっちりと指し示しました。記録係を務めた石川優太四段は「これを全部見切っているんですか」と、感心とも驚きともつかない声を上げました。
本局は藤井棋聖が10代で指す最後の公式戦となりました。10代でタイトル獲得9期は空前絶後としか言えない偉業です。トータルで見ても藤井棋聖よりタイトルを獲得している棋士は8名しかいません。その全員が永世称号保持者です。
もっとも藤井棋聖は局後の記者会見で「実績よりも実力をつけることが大事」と語りました。今以上に実力をつけたら、それに伴う実績はどうなってしまうのでしょうか。20代を迎える藤井棋聖から、ますます目が離せません。
相崎修司(将棋情報局)