新連載「女流棋士の熱き戦いの歴史」では、女流棋戦ごとに戦いの歴史を振り返ります。 ヒューリック杯白玲戦や大成建設杯清麗戦など、女流棋士のトーナメントには複数ありますが、 今回は2022年7月18日に開催される女流棋戦「第16期マイナビ女子オープン」にスポットをあてて「マイナビ女子オープン」の歴史をご紹介します。 当時、女流棋界で初めてアマチュア選手へ門戸を開いた優勝賞金500万円の女流棋戦「マイナビ女子オープン」には、業界を震撼させたエピソードが盛りだくさん。 ベテランの将棋ファンにはノスタルジーな気持ちを、最近将棋に興味を持った方には何年経っても色褪せない古くて新しい物語をお届けします。
2,000万円のティアラと女王
2008年5月、初代女王の座を懸けた第1期マイナビ女子オープン五番勝負第4局、矢内理絵子女流名人-甲斐智美女流二段戦が東京「将棋会館」で行われました。
甲斐女流二段のゴキゲン中飛車となった本局は中盤でリードを奪った矢内女流名人が最後まで安定した指し回しで圧倒。91手で勝利しました。通算3勝1敗となった矢内女流名人は初代「女王」の称号を獲得し、対局後のインタビューでは「女王と呼ばれて、ちょっと恥ずかしい。けれどうれしい」と照れながらも喜びの言葉を語りました。
後日、記念すべき「初代」女王の就位式が行われ、故・米長邦雄永世棋聖や脳科学者の茂木健一郎氏をはじめとする多くの将棋界関係者、メディア、芸能人が顔を揃えました。会場が祝福と熱気に包まれるなか、白と黒のオートクチュールドレスを身にまとった矢内女王が登場します。髪にはダイヤモンドを散りばめた約2,000万円相当のティアラが輝いており、まさに女王の名にふさわしい出で立ちです。
煌びやかな矢内女王の姿に、会場には感嘆のため息と喝采が響き渡り、取材陣だけでなく女流棋士仲間も盛んにシャッターを切ります。矢内女王は「こんな豪華なドレスやティアラをつけることは二度とないのでは」と場内の笑いを誘いながらも、「ウキウキしているが、この気持ちも今日いっぱい。会場を出るまで」と、早くも第2期への意欲を見せる謝辞を結びました。
将棋が強く、気品と茶目っ気を兼ね備えた矢内女王の姿は多くのメディアに取り上げられ、新女流棋戦の名を世に羽ばたかせました。
プロ入り最速タイトル挑戦。シンデレラガール誕生!
「まだタイトル挑戦者になったという実感はあまりわかないのですが、まずは1勝を目指して五番勝負を頑張りたいと思っています」
あどけない制服姿で記者会見に臨む彼女は、のちのシンデレラガール、長谷川優貴女流二段です。
2006年、将棋教室に通っていた祖母の手ほどきで将棋をはじめた小学4年生の彼女。翌年には第23回関西女流アマ名人戦Cクラスで優勝するなど早くも頭角を現します。
稲葉陽八段や船江恒平六段ら多くのプロ棋士を輩出している将棋教室「加古川将棋倶楽部」にも通い始め、数年後には席主の井上慶太九段に駒落ちで勝利。アマチュア四段を取得します。2010年、日本将棋連盟が主幹する養成機関「研修会」へ入会します。女流棋士を目指す研修生は同会で一定の成績を納め、C1クラスに昇級することで女流3級としてプロデビューができます。 一局一局に人生が懸かっていると言っても過言ではない過酷な環境下には長谷川アマも苦戦。降級点を取っては消しの繰り返しで「行ってもどうせまた負けちゃうじゃないかと落ち込んだ気持ちになります」と、弱気になってしまっていたことを後に語っています。
2011年7月、まだ研修生だった長谷川アマは第5期マイナビ女子オープン一斉予選に出場します。この時、ちょっぴり弱気な16歳の彼女が台風の目になることを誰が予測できたでしょうか。
将棋界の歴史を塗り替えた彼女の快進撃をご覧ください。
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■2011年7月16日
予選1回戦 対 伊奈川愛菓女流1級戦を勝利。
予選2回戦 対 渡部愛アマ戦を勝利。本戦トーナメント進出を決める。
■9月10日
本戦1回戦 対 中澤沙耶アマ戦を勝利。昇段規定により女流2級の資格を獲得!
■10月29日
本戦2回戦 対 甲斐智美女流王位戦を持将棋指し直しの末に勝利。昇段規定により女流1級を飛ばして女流初段に昇段!
■2012年1月11日
本戦3回戦 対 斎田晴子女流五段戦を勝利。決勝戦へ進出。
■2月2日、決勝戦 対清水市代女流六段戦を勝利。上田初美女王への五番勝負挑戦権を獲得すると同時に昇段規定により女流二段に昇段!
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わずか4カ月の間に、一介のアマチュアが女流棋士・強豪アマを破り、あっという間に女流二段まで駆け上がった姿はまさに将棋界の「シンデレラ」。長谷川女流二段がシンデレラガールと呼ばれる由縁です。
決勝戦直後のインタビューでは、「(対局中に)手が震えていたことだけは鮮明に覚えているんですが、考えていたことは全く思い出せません。清水さんが投了したときも頭が真っ白になっていました」と、対局中の心境を赤裸々に語りながらも「前期で上田(女王)さんに負けたときはすごく悔しかったので、今回はそれ以上の将棋を指したいです。(五番勝負を)見に行くと言ってくれる友達もいます。なんとしても頑張らなきゃ、と思っています」と、フレッシュな意気込みで締めました。
2012年5月、上田初美女王との五番勝負には負けてしまったものの、女流棋士デビューからわずか4カ月でのタイトル挑戦という長谷川女流二段のシンデレラストーリーは2022年現在も破られていません。
初の永世女王を獲得。西山朋佳女王
〇西山女王、永世女王獲得まであと1勝に迫る
本棋戦はタイトル5期連続獲得、または通算7期獲得で「永世女王」の称号が与えられます。 過去には、加藤桃子清麗が第7期~第10期まで4連覇を果たし、初代「永世女王」の座に王手をかけたこともありましたが、第11期で西山女王に惜しくも敗れ去りました。
加藤清麗の5連覇を阻止した西山女王は、里見香奈女流四冠や伊藤沙恵女流名人の挑戦、加藤清麗のリベンジを跳ねのけて第11期~第14期まで4連覇を果たし、永世女王獲得まであと1期となりました。
注目の第15期は、里見女流四冠が挑戦。この試練を乗り切れば永世女王獲得となります。 白熱の五番勝負は互いに譲らず、先手番が勝つ展開がつづき、ついには両者2勝でフルセットまでもつれこみます。
〇最終決戦、開幕
2022年6月13日、ついに5連覇を懸けた「第15期マイナビ女子オープン五番勝負第5局」西山女王対里見女流四冠戦が行われました。もしここで西山女王が負けてしまうと、永世女王獲得には更に3期のタイトル獲得が必要となります。
ここまで先手番が4戦4勝のこのシリーズでは振り駒にも注目が集まります。結果、西山女王の振り歩先上にはと金が4枚。里見女流四冠が先手番の対局となりました。里見女流四冠は得意戦法の先手中飛車を選択し、対する西山女王は三間飛車で対抗。じりじりと間合いをはかる手が続き、数十手後には相向かい飛車の戦いに様変わりしました。
〇決断の▲6六角
自陣に隙を作らない深謀遠慮な手の応酬が続くなか、先に決断の一手を放ったのは里見女流四冠。持ち駒の角を自陣の6六地点にセットし、相手攻撃陣の急所を狙い澄まします。西山女王はかかってきなさいと言わんばかりに自玉の整備を進め、続く里見女流四冠の攻めに対しては指さずに昼休憩に入りました。
12時25分、昼休みを30分以上早く切り上げて対局室に戻った西山女王は盤の前に耽ります。この局面では相手の攻めを丁寧に対処する△4一飛という指し方も有力だったそうですが、西山女王は相手の攻めを切り返す△2四角打を選択。互いに角を手放します。
里見女流四冠はいったん受けた後に▲9五歩と逆サイドから攻めて戦線拡大を計りましたが、あまり良い手ではなかったようで、局後の感想戦では「本譜(▲9五歩)は攻めになっていなかった」と語っています。
〇巡ってきたチャンス
西山女王はこの好機を見逃しませんでした。 まず、相手の攻めを面倒みた後に相手玉の急所に歩を成り捨てます。これがまた何で取っても味の悪いと金で、里見女流四冠は玉の堅さを重視して▲4七同金左と対応しましたが、自陣左翼の守備力がガクンと下がりました。
里見陣にキズを作ったあとは自陣の飛車で里見玉を遠く睨みつけ、縦の圧力をかけていきます。この調子で一気に上部攻略を目指すかと思いきや、敵陣左翼にサイドチェンジ。先ほど作ったキズを狙って飛車取りに銀を打ちつけます。これは敵の攻め駒を責める「B面攻撃」と言われるものですが、飛車が逃げれば▲4七銀成が角取りとなって西山女王の攻めに勢いがつきます。
西山女王の強烈な攻めは振りほどけないと判断した里見女流四冠は端攻めを決行しますが、その代償は大きく、里見玉の上部には西山女王の飛車・角・桂・香からなる強力な攻撃陣が完成します。
〇粘ることを許さない的確な寄せ
端攻めでは大きな成果を残せなかった里見女流四冠は▲3一銀~3二銀打と2枚の銀を使って敵の主砲である飛車を追いかけます。上手くいけば自玉の安全度をグッと高める粘りの手順ですが、ここで西山女王の攻めが爆発。飛車取りを手抜いて里見玉に襲い掛かります。里見女流四冠も徹底防戦の構えをとり、自陣に馬を引き、飛車を捨て、3枚の金で対抗しましたが、最後は西山女王の強烈な▲3七飛打が決め手となり、数手後に投了となりました。〇初代「永世女王」誕生
西山女王は第15期マイナビ女子オープン五番勝負を3勝2敗で防衛。第11期から5連覇を達成すると同時に「永世女王」の権利を獲得し、マイナビ女子オープンが創設されて初の快挙を達成しました。勝利者インタビューでは「本当に5期すべてがギリギリの勝負で、本当に……なんとか結果を出すことができたので今は幸運なことだなとは思いますが、素敵な称号(永世女王)を貰えたことは素直に喜びたい」と締めました。2022年7月18日、「第16期マイナビ女子オープン一斉予選」開催!
1カ月ほど前に初代「永世女王」の権利を獲得した西山朋佳女王への挑戦権をかけた第16期マイナビ女子オープンの一斉予選が7月18日に行われます。
一斉予選の前には、総勢24人の女流棋士による「予備予選」(一般非公開)が行われており、本記事でも紹介させていただいた「初代女王」の矢内女流五段は惜しくも敗退。この時点ですでにハイレベルなシリーズであることがうかがえます。
一斉予選には、予備予選を勝ち抜いたシンデレラガールこと長谷川女流二段や、マイナビ女子オープン4連覇の実績をもつ加藤清麗、西山女王に挑戦経験のある伊藤沙恵女流名人のほか、佐々木海法女流1級や榊菜吟女流2級といったニューフェイスまで、総勢48名の女流棋士が参戦しています。
例年はマイナビ女子“オープン”の名の通りに、対局の様子を一般公開していましたが、今年は新型コロナウイルス感染症対策のため、WEB上で棋士の解説とともにリアルタイム公開されます。 解説棋士は藤井猛九段と山本博志四段と西山朋佳女王です。一斉予選のようすを分かりやすく楽しく解説するものとなっており、棋力問わず自宅にいながら大会を楽しめる仕組み。
また、第16期マイナビ女子オープン一斉予選の開催を記念して将棋関連商品の割引フェアも行われます。詳しくは本棋戦を運営するマイナビ出版の公式サイト「将棋情報局」(https://book.mynavi.jp/shogi/mynavi-open/)をご確認ください。
(将棋情報局)