全く料理をしたことがなかったのに、TikTokで料理系インフルエンサーとしてフォロワー数240万人を超える人気者に……そんなことが起きてしまう時代になった。

  • 料理系インフルエンサーとして人気のケンティー健人さん。最後に親指を立てるポーズがお決まり

    料理系インフルエンサーとして人気のケンティー健人さん。最後に親指を立てるポーズがお決まり

ケンティー健人さんは2年前までTikTokも料理も未経験だった35歳。しかし今年5月にはTikTokやYouTubeなどの動画制作で生きていくために17年勤めた会社を退職。なぜたった2年間でそこまでの決断をできるまでに至ったのか? 話を聞いた。

TikTokも料理も初心者……試行錯誤を重ねた日々

TikTokに数多く存在する料理動画の中でもひときわ目を惹くのがケンティー健人さんだ。調理音が心地よいリズムで編集され、「砂糖大さじ1」といったレシピの詳細は一切記載がなく、ただ調理するケンティーさんを正面から眺める画角。その手つきは、繊細そうな見た目に反してかなりワイルド。料理が完成するとこれまたワイルドに完食する様子も人気だ。

  • おとなしそうな見た目と、ワイルドな調理&実食姿のギャップも人気の理由?

さぞや料理にも動画編集にも長けている……かと思いきや、「一人暮らしを始めるまで料理は全くしたことがなかったし、SNSはたまにTwitterで思ったことをつぶやくくらいでした」と語る。

「以前は結婚していたのですが離婚しまして。その後しばらくは実家にいたのですが、1年10カ月前に一人暮らしを始めたことが動画投稿に興味を持ったきっかけです。もともとやってみたいと思っていたのですが経験がなかったので、まずはアプリだけで編集も完結できるTikTokに挑戦することにしました」(ケンティー健人さん)

ライブ配信などで見せるおっとりとした語り口からもわかるように、決してTikTokで流行っているダンスを全力で踊るようなタイプではない。TikTokを始めようと思い立ってからも、「若い方の間で流行っている、ダンスを踊るアプリを自分がやってもいいのか」と躊躇していたという。何度かダンス動画の投稿にも挑戦したものの、「いいね」は全くつかず「向いていないんだな」と悟った。しかしある時、「毎日の自炊する姿を投稿するのはどうか」と思い立ったという。

「一人暮らしでは毎日自炊をしようと決めていたので、投稿することで続くかなとも思いました。そこでまずはレシピ本を1冊買って、興味のある料理から挑戦しました。料理は未経験でしたが、書いてある通りに作ったらおいしくできてびっくりしましたね。

最近では料理研究家のだれウマさんや料理コラムニストの山本ゆりさん、料理研究家のリュウジさんなど簡単でおいしいレシピを投稿されている方を参考にしています。あとは自分で『こんなものが食べたいな』と思ったものをそのまま作ってみるとか」(ケンティー健人さん)

  • 最初は手元だけを映す画角だった

そうして調理動画を投稿し始めたのが2020年9月。最初は調理の様子を手元だけ撮影し、投稿するスタイルだった。じわじわと人気が出て、なんと1年でフォロワー数は17万人を達成。しかし、ある変化によって突如その人気は急上昇する。

「2021年の10月に投稿したおでんの動画がバズったんです」(ケンティー健人さん)

@kentycook 198円のおでんを酎ハイでキメる動画🍻<a title="tiktokレシピ" target="blank" href="https://www.tiktok.com/tag/tiktok%E3%83%AC%E3%82%B7%E3%83%94">#tiktokレシピ ♬ Lone Rider - Stephan Sechi
  • バズったおでんの動画からは真正面からケンティーさんを映す画角に

それまで手元だけだったものを、正面から調理するケンティーさん自身を映りこませる画角に変更。するとその動画は再生数を急激に大きく伸ばしたのだ。なぜおでんの動画はそこまでバズったのだろうか。

「試行錯誤していく中で、自分がTikTokではどういう動画を見たいか・見ているかを客観的に分析してみたんです。そこで気づいたのは、自分が興味を惹かれる料理系の動画は"人が目の前に現れて調理をしている"ものが多いということ。手元だけだったり、料理だけだったりが映っていると圧迫感があるけれど、人が目の前で調理していると『この人はどんな料理を作るんだろう』とよりその人自身にも興味が持てると感じました」(ケンティー健人さん)

そうして現在の画角が定着したが、さらなる人気の要素は"調理の様子を独特のリズム感で編集"、そして"飛んできた材料をキャッチして調理し始める"といったテンポの良さだ。

「海外の人の動画を見ていると、テンポの良い料理動画をあげている方が多くて。客観的に見ても、調理中の音が心地よいと感じるので、このスタイルになりました。撮影した動画の中からカットしてからつないで編集する際、感覚的なものにはなりますが、テンポのよさには特にこだわっていますね」(ケンティー健人さん)

  • 飛んできた食材をキャッチするところから始まる動画はテンポよく心地よい

海外動画を参考にしたのはそれだけではない。

「最初の頃は『いい歳をした男がカメラの前で何か食べやがって気持ち悪い』と言われないかな……とか不安だったので食べるシーンは動画に含めていなかったのですが、海外の人の動画を見ていると、食べる様子もおいしそうで自分も作りたくなったので、実食シーンも入れるようになりました」(ケンティー健人さん)

そんな試行錯誤をするうちに、動画はコンスタントに100万再生されるようになり、2021年12月にはフォロワー数100万人突破、2022年1月には130万人を突破した。現在はさらに急激にフォロワー数が伸び、なんと240万人。フォロワー数がそこまで増加した秘訣について聞いてみると「考えながら継続することですかね……継続は大切ですが、継続だけでは伸びなくなるときがきます」とかなり謙虚な答えが返ってきた。

この謙虚な回答からもわかるように、人気の理由にはテクニック的なことだけではなくケンティーさん自身の人柄も大きく寄与しているように思う。ついたコメントにはすべてに目は通し、できるだけ返事をするか「いいね」で反応している。それについてもコメント数があまりにも多くなってきたことで「最近は多すぎてリアクションできないことも多くて……」と申し訳なさそうにうつむく。

視聴者への配慮はコメント返しだけではない。ワイルドな調理をするにも関わらず、多くの動画で白い服を着ている理由について尋ねると、「色味のある服を着ていると、そっちに目が行って見づらかったり気が散っちゃったりするかなと思って派手ではない服を着るようにしています。ソース系なんかは飛び散っちゃって洗濯が大変ですけど」と笑う。洗濯の大変さよりも見やすさを重視する優しさも人気の理由かもしれない。

17年勤めた会社を退職、「動画制作で生きていく」ことを決めた理由

そんなケンティーさんの人柄については、2021年9月から所属している事務所「PPP STUDIO」の担当者も「とにかく努力家で、私たちは多くのTikTokクリエイターを見てきましたが、ここまで私たちのアドバイスに真摯に対応してくれる人はいません。いつも文句一つ言わずに我慢強くアドバイスを聞いてくれますし、自分でも考えて試行錯誤を重ねるところは素晴らしい」と太鼓判を押す。

  • 撮影の様子。調理中の音をリズムよく入れるため、マイクも

そんなケンティーさんはこの春大きな決断をした。なんと17年間勤めた会社を5月に退職し、「動画制作で生きていく」ことを決めたというのだ。かなり大胆な決断にも思えるが、会社員と両立しながら動画制作をするのではだめだったのだろうか?

「会社の仕事は高校卒業後17年間、『特に何も思わずに働いてきた』という感じでした。だけどTikTokに出会って毎日のように動画投稿を続けるようになって、すごく楽しかったんです!

だけどその一方でこだわりも出てきて、会社の仕事をしながらの動画撮影や編集作業により寝不足が続きました。さらにライブ配信も始めると寝る時間はどんどん遅くなり体力的にもつらくなって……。

それでもフォロワー数が増えて動画投稿を仕事にできる可能性が浮上したとはいえ、本当は1年くらいこれ1本でやっていけるのか確認してから会社を辞めたいと思っていたのですが……」(ケンティー健人さん)

慎重に独立のタイミングを見極めたいと思っていたにも関わらず、突然会社を辞める決断をした理由は会社からの「タイへの転勤命令」だった。

「会社の仕事を頑張るか、動画制作に専念するか……これは人生の分岐点だな、と思いました。タイに赴任すれば、業務はこれまで以上にとても忙しくなるし、これまでのようにTikTokで動画を投稿する時間はなくなることがわかっていました。趣味としてたまに投稿するくらいならできるかもしれないのですが、今の自分は趣味としてではなく、もっと動画制作で挑戦したい気持ちがあったんです」(ケンティー健人さん)

そうしてタイへの転勤命令を断ったケンティーさん。断ったことで「動画制作に専念する」覚悟が決まったという。これまで会社に行っていた時間を動画制作にすべて費やすことで、もっと可能性が出てくる。全力でやってみよう……そう決意を固め、会社を退職した。

そうしてフリーランスの動画制作者となった今、毎日のルーティーンはどんな感じなのか?

  • 撮影の様子。キッチンがキレイに整頓されているところからも几帳面な性格が伺える

「毎日1本動画を投稿すると決めているので、朝起きてから前日に撮影した動画の編集を2~3時間ほどかけて行います。その後編集した動画をTikTok・YouTube・Instagramに投稿します。

次にオリジナルキャラクターのデザインを5~6分ほどかけて行います。その後はレシピ本や他の動画で勉強したり、これまでの自分で作ったオリジナルレシピを書き留めたりしていますね。気分転換にランニングをしたり、近くのスーパーやショッピングセンターに行ったりすることもあります。

動画の撮影は深夜に行います。マンションに住んでいるので、昼間に撮影すると犬が吠えたり人の歩く音などが入ったりしてしまうんです。だいたい0時過ぎたら撮影できるくらい静かになるので。その後、気分次第でライブ配信をすることもあります」(ケンティー健人さん)

「好きなことで生きていく」……そのためのマネタイズは?

会社を辞め、動画制作に専念でき充実しているようだがしかしキレイゴトだけでは生きていけない。現在の収入はどのようになっているのだろうか?

「TikTokはYouTubeのように広告収入があるわけではないので、動画投稿だけでは稼ぐことができません。ライブ配信にはギフティング(投げ銭)機能はありますが、私はそこまで多くもらえるわけではないのでそれで稼げるわけではありません。

現在は、YouTubeに動画を投稿して広告収入を得ています。ほかには、企業からの広告案件をいただけるようになってきたので、その2つが主な収入源です」(ケンティー健人さん)

しかし「現実的には企業案件だけで安定した収入を得ることは現実的には難しいと思う」と話す。今後はさらに多岐にわたる収入源を確保したいと考えているそうだ。

「最低限の収入を得るために、YouTubeでの長めの動画作りにもチャレンジしていきたいですね。VLOGスタイルで紹介した場所に『行ってみたい』と思ってもらえるようなものを考えています。さらに縦長動画で料理が楽しそうと思ってもらえるものを作っていきたいですね。

あとは、ファンの方からのリクエストが多いのもあり、オリジナルグッズを作れたら良いなと思っています。そのために今はオリジナルキャラクターのデザインを1日1個投稿しているんです。いつかはTシャツにしたり、料理グッズやLINEスタンプなどが作れたりしたらうれしいですね」(ケンティー健人さん)

そんな夢を語ってくれたケンティーさんに「最後にマイナビニュースを読んでいる人に伝えたいことはありますか……?」と聞いてみると、

「……! マイナビニュースって頭の良い人が読む媒体ですよね?……緊張するなぁ、えっと、TikTok楽しいですよ! ぜひやってみてください」

と焦ったようにはにかんだ。やっぱりなんだか癒されるお人柄。

少し突っ込んでこれからTikTokを始める人にもチャンスはあるか聞いてみると、「評価の高い動画がアルゴリズムで拡散される仕組みなので、よい動画を作れば今からでも十分バズる可能性があります!」と力強く後押ししてくれた。

「やっぱり反応が来るとうれしいし、フォロワー数やいいね数などがくればくるほど自分に自信がつきます。好きなものがあったら発信して共感してもらえるだけでもうれしいですし、無料なので(笑)まずはチャレンジしてみてほしいですね」(ケンティー健人さん)

誰もがケンティーさんのように「好きなことで生きていく」決断ができるわけではないけれど、まずはチャンスを広げる第一歩として、何か興味のあることを始めてみるのはよいかもしれない。思いもよらないことが人生を変えてくれるきっかけになる、そう前向きに思うことができた。