ヤマハ発動機では、沖縄県北谷(ちゃたん)町において「MaaS(マース、Mobility as a Service)」の取り組みを加速させている。

観光地の足として期待されているのは、同社のゴルフカートライクなシェアカート。また人で賑わう町中にはバスのように巡回する無料のシャトルカートを運行、シーサイドの遊歩道にはソニーと共同開発した低速の自動運転車も走らせている。現地で行われたメディア体験会に参加した様子をレポートしよう。

  • ヤマハ発動機が沖縄で注力するMaaSの取り組みとは?(本稿でMaaSとは航空機、バス、タクシー、自動運転車などの交通手段をデジタルの仕組みで結びつけたサービスのこと)

北谷町には最短45分で到着

沖縄県の中頭郡に属する北谷町は、アメリカ西海岸を思わせる街並み、そして沖縄特有の綺麗な海岸線が若者に人気の観光スポット。これまでは那覇空港でレンタカーを借りて当地を訪れるケースが一般的だった。しかし昨年(2021年)11月より、那覇空港と北谷町を最短45分で結ぶ直行便『北谷エアポートエクスプレス』の運行が始まった。運営するのは『北谷観光MaaS共同事業体』。同事業体には、ヤマハ発動機のほか、ユーデック、全日本空輸、ソニーグループなど、いくつもの企業が名を連ねている。

  • 那覇空港に到着。ここからレンタカーを借りるでもなく、ゆいレール(沖縄都市モノレール)に乗るでもない、新たな選択肢が登場した

  • 空港の敷地内から、那覇空港と北谷を1日3往復する直行便「北谷エアポートエクスプレス」に乗車する

北谷エアポートエクスプレスの運賃は、大人1,500円、子ども750円。筆者が訪れた6月末日より、バスガイドの案内+プロのパフォーマーによる三線ライブが楽しめる車内サービスもスタートした。沖縄方言で陽気に歓迎の挨拶をして乗客を和ませるバスガイド。NHKの朝ドラ『ちむどんどん』の話題に触れたかと思えば『太平洋戦争の末期、アメリカ軍の主力部隊18万人が怒涛のように攻め込み、血を1滴も流さずに無血上陸を果たしたのが北谷町から読谷村にかけた海岸線でございます』などと、沖縄(とりわけ北谷町)の歴史を紹介することも忘れない。

その一方でプロのパフォーマーは、乗客からのリクエストに応える形で『涙そうそう』や『オリオンビール』などの人気曲を三線の弾き語りで披露する。このバランスが絶妙。渋滞により少し道が混んでいようが、観光客のテンションを下げる暇を与えない。

  • バス車内で盛り上がる様子

バスが到着したのは、北谷トランジットセンター(沖縄県中頭郡北谷町美浜54 うみんちゅワーフ)。カラフルで賑やかな町並みが目に飛び込んできた。

  • このエリアの観光スポットのひとつ、アメリカンビレッジの街並み。サンディエゴをモデルにしている

  • 美しい景観のなか、美味しい沖縄料理を存分に楽しむ

自動運転車が走る海岸

夕暮れのシーサイドでは、ヤマハ発動機とソニーが共同開発した電動カート「SC-1」が走っていた。エンタメコンテンツを視聴しながら移動できる次世代の低速モビリティサービスで、今年(2022年)3月より運行がスタートした。定員は4名で、料金は片道1,000円(子どもは500円)。片道15分をかけて、うみんちゅワーフ、デポアイランド間を走行する。

  • 暮れかかる海岸線を走る、低速自動走行車両の「SC-1」。0~19km/hで走行できる(平均速度は5~6km/h)

車内には座席が4席あり、運転手はいない(レベル3の自動運転となる)。進行方向に高精細ディスプレイが設置されており、SC-1が進む先の景色に映像を組み合わせたMR(Mixed Reality、複合現実)のコンテンツが上映される。

  • 出発前の車内の様子。この後、消灯して映像コンテンツ(水牛車さんぽ、ナイトアクアリウム、ホラーのいずれか)が上映される

  • このとき視聴したのは、与座よしあきと水牛車さんぽ

スタッフに少し詳しく話を聞いた。車両は、定められたコースを安全に自動運転する「電磁誘導式」を採用している。つまり、ゴルフカーのシェアで国内トップを誇るヤマハ発動機のノウハウが活用されている。運行に際しては、危険防止のため伴走者1名が必ず同伴するほか、ゼロ距離から子供が飛び出すなどの万が一の場合に備えて遠隔操縦者もスタンバイする。

  • 電磁誘導線の上を走行。伴走者1名が同伴する

  • モニターで異常がないかチェックする、遠隔操縦者

車両にはLiDAR(ライダー)を前後に1つずつ備えるほか、AIカメラ、障害物センサーを搭載。モバイルの通信はNTTドコモのLTEを使用している(5Gではないとのこと)。なお「SC-1」は沖縄県内で3台が運行中。この北谷町のほか、カヌチャリゾートのホテル(敷地内)で1台と、うるま市の東南植物楽園でも1台が利用されているという。

  • SC-1とリゾートホテル

穏やかな美浜の海岸線を静かに走るSC-1は、傍目にも近未来感が漂っており、注目度も抜群だった。乗車してみると、大人4名でも余裕のある広さ。クジラやイルカの群れが優雅に空を舞うロマンティックなナイトアクアリウムはカップルに、また沖縄のお笑い芸人が案内役を務める水牛車さんぽは家族連れにマッチするコンテンツだと感じた。

観光の足にゴルフカート

翌日には、ヤマハ発動機がゴルフカートの開発で培った技術を応用して展開する『ミハマシェアカート』および『美浜シャトルカート』を体験した。

ミハマシェアカートは、公道を自由に走れる低速電動カート。定員は大人4名で、利用に際しては運転免許証の提示が必要になる。貸出時間は10時から21時まで、最大利用は5時間まで。利用料金は30分ごとに800円がかかる。2021年12月にサービスをスタートした。

  • ミハマシェアカート

実際に乗車体験してみた。まるで何処かのゴルフ場から借りてきたカートで、そのまま公道に乗り入れたような不思議な感覚がする。速度は最高で19km/hまで出せる仕様。そこでアクセルをベタ踏みして風を全身に浴びながら走った。この爽快感は半端ない。

  • 助手席から見た景色

なお危険防止のため、ミハマシェアカートが走れる地域はあらかじめ決められている。例えば、交通量の多い国道58号線には出られない。車両にはGPSが設置されており、エリア外に出るとアラートが出る仕組みだ。

  • 今夏は南部のアラハビーチまでエリアが拡大予定

取材陣一行は、昼食のため人気の沖縄そば専門店「浜屋」に立ち寄った。こちらの店舗周辺は狭い路地が多く、運転にも細心の注意が必要だったが、ミハマシェアカートは小回りが効くので思いのほかスイスイと入っていけた。

  • 浜屋で昼食

食後には、ハイビスカスの咲く住宅街を走り抜けて、地元で評判の「グッドデイコーヒー」でひと心地。最後は、土地の人にも愛される「マルヒサてんぷら」でかき氷を頬張った。下校途中の小学生たちが天ぷらを買う姿に、気持ちがほっこりする。

  • かき氷も旨い、マルヒサてんぷら。大きな乗用車を借りていたら、こんな気軽には立ち寄れなかっただろう

個人的には、従来型のレンタカーを借りるよりも満足度がずっと高いように感じた。沖縄の風を浴びながら疾走するのは快感そのもの。車両がコンパクトなサイズ感なので初めての土地で迷っても方向転換がしやすかったし、返却時に慌ててガソリンスタンドを探す必要がないため時間ギリギリまで楽しめた。料金もリーズナブルで、例えば友人4名で2時間借りても1人あたま800円しかかからない。沖縄旅行の思い出として、話のネタになることも間違いない。

一方の美浜シャトルカートは、運転手による運転×自動運転のハイブリッドで運行する定期バス。定員は5名で利用料金は無料(美浜地区内のホテル事業者からの負担金で賄っている)。公道ルートは2019年1月より、海沿いルートは2020年8月より運行開始した。

  • 30分間隔で走る美浜シャトルカート。公道ルートは毎日10時30分から21時まで、海沿いルートは土日限定で13時から18時まで運行する

走行ルートは、観光エリアを縫うように設定されている。すでに公道ルートは1日平均53人が、海沿いルートは1日平均43人が乗車しているという。利用者からは「風を感じながら、美浜エリアを気持ちよく移動できました」などの声が寄せられているとのこと。

  • 海沿いルートの走行イメージ

MaaSで沖縄観光を盛り上げる

各企業の取り組みについて、あらためて担当者から話を聞いた。「ヤマハ発動機では1975年からゴルフカーの製造販売を行っています。その技術を使い、現在は公道を走れるカートの展開を始めています」と紹介するのは、ヤマハ発動機の森田浩之氏。同社では国内各所のニーズを汲み取り、2014年頃から目的・用途に沿ってカスタマイズしたゴルフカーの提供を始めている。

  • ヤマハ発動機 技術・研究本部 NV・技術戦略統括部 新事業推進部 主査の森田浩之氏

国の実証プロジェクトにも積極的に参画している。Green Slow Mobilityと呼ばれる環境にやさしい手動運転車の導入を全国で進めつつ、一方で自動運転車に関しても実績を積み上げてきた。2021年3月には永平寺町(福井県)でサービスカートとしては国内初となる自動運転レベル3(車内運転手なし)の運行をスタートさせている。

  • 国の実証プロジェクトにおける取り組み状況(手動運転)

  • 国の実証プロジェクトにおける取り組み状況(自動運転)

今後の取り組みについて、森田氏は「交通不便地域においては『生活の足』として、住民、町の活性化に取り組みます。高齢者にラストマイルの移動手段を提供したい。また『観光の足』として、観光地の活性化にも注力します。ゆくゆくは自動運転技術を進化させ、ドライバー不足が指摘される離島・山間地域でも、持続可能な交通インフラとしてカートを走らせていけたら」と展望を語った。

このあと、北谷観光MaaS共同事業体の幹事会社を務めるユーデックの馬場園克也氏は、まず「戦後になって米軍から五月雨的に土地が返還されてきたのが北谷です」と町の歴史を振り返る。そして「このエリアだけで現在、ホテルが10棟(2,000室)あります。宿泊客の利便性のためレンタカーが使われるようになりましたが、そこで国道58号や町道の交通渋滞が問題となったんです」と解説。地域の課題解決のため、いまMaaSのプロジェクトが本格化している、と経緯を語る。

  • ユーデック 代表取締役の馬場園克也氏

話は、それで終わらない。喫緊の課題として、ここ数年のコロナ禍で、レンタカー各社は保有する乗用車の数を減らしてしまったという。「今夏、沖縄県内ではレンタカーが足りない状態です。観光のハイシーズンを迎えるのに、必要なレンタカーがまったく足りていません」と危機感を募らせる。

ついに、今夏はレンタカーが予約できないので沖縄観光を諦めた、という本末転倒のケースも出始めた、と馬場園氏。「全日空からも、夏場のピークになんとか沖縄中部まで移動できる公共交通を実現できませんか、という話が来ています。しかし、レンタカー全盛の頃の煽りで観光バスの仕組みはすでに廃れている。路線バスは旭橋を経由するので1~2時間はかかる、各ホテルを経由するリムジンバスも相応の時間がかかる」。そこで昨年11月より運行を開始した『北谷エアポートエクスプレス』に期待をかける。

「これまでは、那覇空港に着いたらレンタカーを借りるまでに相当の時間を待たされ、道路は渋滞のために1時間以上かかり、ホテルに着く頃には疲れ果てていた。だから沖縄の文化を味わってもらうことも、ままならなかった。北谷エアポートエクスプレスなら、楽しみながら目的地に着ける。今後は、これを『ミハマシェアカート』『美浜シャトルカート』といったモビリティとワンパッケージにして運営していきたい。いまこそ廃れた公共交通を見直して、新しいスタイルで沖縄観光を盛り上げていきたいというのが我々の考えです」。

ミハマシェアカートは大きなエンタメになる、と馬場園氏。SC-1に関しては今後、北谷町の歴史・文化に根ざしたオリジナルコンテンツを開発して「テーマパークのアトラクションのようにしたい。いわば、動く博物館のような形で運行できたら」と理想とするビジョンを語っていた。

  • (左から)ヤマハ発動機の森田浩之氏、同 技術・研究本部 NV・技術戦略統括部 新事業推進部 部長の渡辺敬弘氏、ユーデックの馬場園克也氏