くま川鉄道再生協議会は6月23日、2025年度に全線運転再開予定と発表した。くま川鉄道は2020年の「令和2年7月豪雨」で被災し、全線約25kmのうち、現在も人吉温泉~肥後西村間(5.9km)が不通となっている。最大の課題は球磨川第四橋梁の復旧だった。

  • 流失する前の球磨川第四橋梁と周辺(地理院地図航空写真を加工)

球磨川第四橋梁は球磨川の2つの支流が合流する地点に架かっていた。くま川鉄道沿線の人々にとって、球磨川南岸から北岸へ渡る経路であり、人吉市街へ向かう公共交通のひとつだった。その鉄道経路が2年間も使えない状態だったが、あと3年強で運転再開する見込みに。心待ちにしている利用者も多いことだろう。

旧橋は1937(昭和12)年に建設され、国の登録有形文化財となっていた。単線仕様の鋼製14連桁橋(ガーダー橋)で、橋長322m。球磨川とくま川鉄道を代表する土木建造物で、車窓から雄大な球磨川と2つの支流が合流する様子を眺められた。レンガ作りの橋脚と赤いプレートガーダーも美しく、まるで列車が大空を横切るような風景。「乗り鉄」にも「撮り鉄」にも好まれた橋梁だった。

しかし、「令和2年7月豪雨」で球磨川水系の水量が増し、支流の合流地点にあった球磨川第四橋梁付近は大氾濫となった。増水は橋脚の上まで達した。水位が橋脚までなら、水はすり抜けていたかもしれない。しかし橋桁まで達すると、面で水圧を受ける。頑丈な鋼鉄製の橋桁も、水の力と押し寄せる流木の重さに抵抗しきれなかった。残った橋桁と橋脚には大量の流木が絡み合っていたという。

くま川鉄道は被災後に全線不通となり、車両もすべて水没した。その後、第三セクター鉄道等協議会の加盟会社による応援企画が実施され、全国の鉄道ファンが寄付やグッズ購入に参加した。2020年8月には、若桜鉄道のエンジニアが応援に駆けつけ、1両のエンジン始動に成功。これらの動きが復旧を要望する沿線自治体を勇気づけ、同年8月27日、くま川鉄道は鉄道事業の復旧方針を決定した。

12月25日、くま川鉄道と熊本県、沿線の10市町村により、くま川鉄道再生協議会が発足。協議会の働きかけで、国の大規模災害の特例支援措置が適用された。事業費約50億円のうち、97.5%は国の負担。残り2.5%は熊本県と沿線の10市町村が負担する。復旧費用について、くま川鉄道の負担はなくなり、さらに上下分離化も決定した。2024年度中に上下分離の「下」にあたる施設管理団体を設立する。国の特例処置を受ける条件として、持続的な運営の枠組みが必要となるためだ。

  • くま川鉄道は人吉温泉駅付近が現在も不通になっている(地理院地図を加工)

2021年11月に肥後西村~湯前間の運転を再開し、通学輸送の一部が再開された。保有車両はすべて不通区間の人吉温泉駅構内にあったため、3両を整備してトレーラーで回送した。残すは人吉温泉~肥後西村間。最大の課題は球磨川第四橋梁の再建だった。

くま川鉄道の全線再開にあたり、複数のテレビ局の報道で、新しい球磨川第四橋梁の模型や予想図も紹介されている。橋の全長は397.5m。長いトラス橋を4本使い、橋桁は旧橋の14基から4基まで減らす。橋桁が少ないほど水流の抵抗がなくなるため、洪水時の水圧を受け流せる。トラス橋は三角形の鋼材を組み合わせる構造で、荷重を分散させる特徴があり、「令和2年7月豪雨」と同じ規模の水圧にも耐えられるという。設計はJR九州コンサルタンツが担当。工費は約38億円で、復旧総額約50億円の7割以上となる。

車窓からの見晴らしが良かったガーダー橋から、車窓を鉄骨が何本も横切るトラス橋に変わる。「乗り鉄」としては少し残念だが、前面展望・後面展望はスピード感があって楽しいかもしれない。赤いトラス橋は空と川面の青に挟まれ、両岸の緑に囲まれて美しい姿になるだろう。なにより橋が強化されることは喜ばしい。

赤いトラス橋はくま川鉄道の復興のシンボルとして、新たな名物にもなるだろう。旧橋の完成から登録有形文化財認定まで77年。新しい橋も77年後の2102年に登録されるかもしれない。それまでも、その後も、くま川鉄道が存続することを願う。

■くま川鉄道を鉄道ネットワークから孤立させるな

くま川鉄道の復旧時期は決まったが、人吉温泉駅で連絡するJR肥薩線の復旧はめどが立っていない。「令和2年7月豪雨」では、同じ球磨川沿いを走る肥薩線も被害を受け、現在も八代~人吉~吉松間が不通のまま。熊本県、国土交通省、JR九州は今年3月、「JR肥薩線検討会議」を立ち上げた。このときにJR九州が示した概算復旧費は約235億円。JR九州としては、これまでに経験したことのない巨額だという。

  • くま川鉄道が復旧しても、JR肥薩線が不通のままでは孤立路線になってしまう(地理院地図を加工)

5月20日に行われた第2回会議で、国の大規模災害の特例支援措置の適用によって、JR九州の負担を約1割の25億円まで圧縮できること、県と国の河川復旧工事との分担によって、さらに負担を減らせる可能性があることが提示された。

しかしJR九州にとって、実質無償で復旧できたとしても、その後の営業赤字は受け入れがたい。被災前の2019年度、八代~人吉間の赤字は約6億2,100万円だった。上下分離化でJR九州の負担が減ったとしても、その赤字は線路施設を所有する自治体側に移る。自治体からは、「負担が大きく、維持費についても国の新たな支援制度が必要」という声が上がる。

肥薩線復旧問題は、4月21日の衆院災害対策特別委員会でも論じられた。国土交通省の奥田薫大臣官房技術審議官は、「地元・熊本県の意向を踏まえ、まずは鉄道による復旧を目指したい」と述べた。国土交通大臣は6月21日の定例記者会見で、「肥薩線検討会議において早期に結論が出せるよう、県、JR九州を含め関係者としっかり協議していきたい」と語った。

一方、JR九州は鉄道復旧維持に慎重な考えだ。国の意向を反映し、JR肥薩線検討会議で負担軽減策が示されると期待している。鉄道による復旧になるか、それとも日田彦山線(添田~夜明間)のようにBRT路線になるか、結論が出るまでに時間がかかりそうだ。

肥薩線が鉄道で復旧しなければ、くま川鉄道は九州の鉄道ネットワークから孤立した路線になってしまう。理想を言えば、肥薩線も復旧した上で、八代駅からくま川鉄道へ直通する列車に乗ってみたい。もちろん被災前に熊本~人吉間を走った「SL人吉」からくま川鉄道への乗継ぎも再開してほしい。

くま川鉄道が全線再開した後の命運は、肥薩線の全線再開にかかっている。鉄道での復旧を望む。