今年は3年に1度の大イベント「瀬戸内国際芸術祭」の開催年。瀬戸内海の12の島と2つの港を舞台にした現代アートの祭典で、2022年で5回目を迎えます。

今年はコロナ禍での開催となり、外国人旅行者の姿は少ないものの、年々世界的にも人気が高まっている「瀬戸内国際芸術祭」。その会場となる瀬戸内の島々がどんなところか興味はあっても、いまひとつイメージがわかないという人もいるのではないでしょうか。

そこで直島在住経験のある筆者が、瀬戸内国際芸術祭の舞台となる瀬戸内の島々のうち、5つをピックアップしてその魅力をレポートします。

【1】現代アートの聖地・直島(香川)

「瀬戸内のアートの島」の代名詞的存在になっているのが、直島。もともとは製錬の島でしたが、1992年に「ベネッセハウス ミュージアム」が開館。今では「現代アートの聖地」として世界的に知られるようになり、国内外から多くの旅行者が訪れています。

大きく分けて宮浦(みやのうら)地区、本村(ほんむら)地区、ベネッセエリアの3エリアにアートスポットが点在する直島。大小のミュージアムのほか、「家プロジェクト」や屋外作品など、粒ぞろいのアートが島のあちこちに散らばっているため、お天気が許せば電動自転車でのんびりと島内散策を楽しみましょう。

岡山の宇野港や高松港から行くことができ、日帰りする人も多いですが、じっくりとアート鑑賞を楽しむなら島内や宇野港周辺での宿泊がおすすめ。直島からはお隣の豊島(てしま)への高速船も出ているため、緑豊かな豊島に足を延ばすのもいいでしょう。

直島の楽しみ方

直島のアートめぐりのハイライトが、南部のベネッセエリアにある「地中美術館」。瀬戸内海の景観を損なわないよう建物の大部分が地下に埋められた珍しい美術館で、安藤忠雄が設計した建物に、クロード・モネ、ジェームズ・タレル、ウォルター・デ・マリアの作品が展示されています。

展示されているのはたった3人のアーティストの作品と、潔さが際立ちますが、建築とアートと自然の一体感が地中美術館の醍醐味。自然光のみでモネの「睡蓮」シリーズを鑑賞したり、アート空間に自らが入って体験したりと、ここだけのアートとの出会いが待っています。

瀬戸内国際芸術祭の開催に先駆けて、2022年3月に「杉本博司ギャラリー 時の回廊」「ヴァレーギャラリー」の2つの新ギャラリーもオープン。

「杉本博司ギャラリー 時の回廊」の屋外エリアには、2014年のヴェネツィア・ビエンナーレで発表された「硝子の茶室『聞鳥庵』」も展示されており、直島観光の新たな目玉になっています。海をバックにしたガラスの茶室に、きっとイマジネーションを掻き立られるはず。

一方の「ヴァレーギャラリー」は、草間彌生の「ナルシスの庭」と小沢剛の「スラグブッダ88」が展示された半屋外・屋外のアート空間。「李禹煥美術館」向かいの山間にあり、静かな時間が流れるロケーションで、アートと自然の不思議な融合が楽しめます。

直島観光では、古民家や神社を改修し、空間そのものをアート化した「家プロジェクト」や、屋外アート作品も見逃せません。直島の「家プロジェクト」は7つの建築からなっていますが、なかでもポップでキッチュな世界観が広がる「はいしゃ」は必見。この中にあっと驚くようなものが隠されていますよ。

屋外アート作品の筆頭は、やはり「かぼちゃ」でしょう。直島のアイコンとして親しまれていた草間彌生の「南瓜」は2021年8月の台風被害に遭い、いまだ展示再開の目途は立っていませんが、直島の玄関口にあたる宮浦港にある「赤かぼちゃ」は健在。かぼちゃの中に入って写真を撮れば「直島に来た」という実感がわくこと請け合いです。

【2】珍しい「精錬所美術館」がある犬島(岡山)

一般的にはほとんど知られていないけれど、行ったらきっと感動するのが犬島。1時間程度でぐるりと歩いて周れるほど小さな島ですが、この島ならではの非常に珍しいミュージアムがあるのです。

それが「犬島精錬所美術館」。実際に操業していた銅の製錬所の遺構を保存・再生した美術館で、煙突など製錬所らしい景観がそのまま残っています。

直島同様、犬島にも「家プロジェクト」があり、瀬戸内の豊かな自然と製錬所の遺構や屋外アートが織り成す景観は、唯一無二。着いた瞬間からワクワクが止まらない島です。

犬島へのアクセスは岡山県の宝伝港(ほうでんこう)から、あるいは直島の宇野港(豊島経由)からの2通り。直島(宮浦港)・犬島間の高速船は1日往復3便しかないため、事前にしっかりと計画を立てましょう。

犬島の楽しみ方

犬島の一番の見どころは、なんといっても「犬島精錬所美術館」。1909年に建設された銅の製錬所の遺構を保存・再生して、ベネッセが2008年に開館した美術館で、三分一博志(さんぶいち ひろし)が手がけた建築に、三島由紀夫からインスピレーションを受けた柳幸典の作品「ヒーロー乾電池」が展示されています。

館内にある6つの空間それぞれが作品となっていて、一部は体験型。三島由紀夫が住んでいた渋谷区松涛の家の一部を利用した摩訶不思議なアートもあり、作品をめぐるごとに別世界にいざなわれるかのような不思議な感覚に包まれます。

館内だけでなく、周辺の景観も非常にユニークな「犬島精錬所美術館」。朽ちかけた煙突やカラミレンガ(銅の精錬過程で生じる廃棄物から作られたレンガ)の遺構が残されており、海外の古代遺跡のような、どことなく「ラピュタっぽい」光景にも出会えます。海とカラミレンガという犬島特有の風景も必見ですよ。

さらに、5つのギャラリー(邸)と「石職人の家」跡の計6施設が対象の「家プロジェクト」をめぐることで、犬島の素朴な風景と一体化した現代アートにもふれることができます。巨大なアクリル壁に大小のレンズ無数に浮かぶS邸の「コンタクトレンズ」は、まるで意思を持ってうごめいているかのよう。

ほかにどんな作品があるかは、行ってからのお楽しみ。日常と非日常が同居する、犬島の不思議な魅力にどっぷりと浸かってみてください。

【3】ノスタルジックな景観に魅了される男木島(香川)

高松から40分の船旅で行ける周囲5.0kmの小さな島が、男木島(おぎじま)。お隣の女木島(めぎじま)とあわせて「雌雄島(しゆうじま)」とも呼ばれます。

瀬戸内の島々の中でも特に平地が少ない男木島。それゆえに、斜面にへばりつくように民家が連なっており、フェリーが男木島に近づくと、その独特の景観に息を呑みます。

瀬戸内国際芸術祭の舞台となる「アートの島」であると同時に、「猫の島」としても知られており、島内を歩けばのんびりとくつろぐ猫たちの姿が。高松から気軽に足を延ばせる離島ながら、人口約160人の男木島には、どこまでもゆったりとした時間が流れています。

男木島の楽しみ方

直島のように大きなミュージアムがあるわけではありませんが、伝統的な家並みと自然、そしてアートが調和した心安らぐ景色が男木島の最大の魅力。昔ながらの民家が段々畑のように並ぶ光景に、不思議ななつかしさを感じる人は少なくないでしょう。

古いものでは100年以上の歴史があるといわれる石垣が並ぶ路地に足を踏み入れれば、まるで時間が止まったかのようです。

そんなノスタルジックな風景とともに楽しめるのが、アートとの出会い。貝殻をイメージした屋根に8つの言語の文字がデザインされた「男木島の魂」や、「ノアの方舟」からインスピレーションを受けたという「歩く方舟」など、感性を刺激するユニークな作品の数々が出現します。

アートを堪能した後は、「日本の灯台50選」にも選ばれた男木島灯台にも足を延ばしてみたいもの。男木島灯台は全国的にも珍しい花崗岩を用いた無塗装の灯台で、映画のロケ地にもなりました。

そんな男木島を歩いていると、あちこちで猫に遭遇します。豊玉姫神社や漁港周辺はもちろんのこと、民家の前や道端にも猫がちらほら。この島では、猫が風景の一部としてすっかり溶け込んでいます。

人なつっこくすり寄ってくる子や、近くに人が来てもまったく気にせず気持ちよさそうに眠り続ける子も……。猫好きさんにとってはもう、それだけでパラダイスではないでしょうか。

【4】豊かな自然と多彩な表情が魅力の小豆島(香川)

瀬戸内の島々の中では淡路島に次いで2番目に大きく、全国区の知名度を誇っているのが、小豆島。香川本土や岡山だけでなく、兵庫や大阪にも比較的近く、瀬戸内の島々としては抜群のアクセスを誇ります。

豊かな自然とスローな雰囲気が魅力の小豆島。古くは映画「二十四の瞳」のロケ地として有名になり、最近ではギリシャを思わせる景色がSNSなどで話題になっています。

離島らしい海景色はもちろんのこと、地中海の風を感じるオリーブ園やのどかな棚田、雄大な渓谷、昭和レトロな入り組んだ街並みなど、エリアによってさまざまな顔を見せてくれる小豆島。「食の宝庫」としても知られ、しょうゆ、そうめん、オリーブといった島の食材を使ったグルメも楽しみのひとつです。

高松などからの日帰りも可能ですが、広いだけにできれば島内に宿泊して、ゆったりとリゾート気分を味わいましょう。

小豆島の楽しみ方

古くから小豆島を象徴するスポットといえば、やっぱり「エンジェルロード」。1日2回、引き潮のときだけ現れる砂の道で、大切な人と手をつないで渡ると願いが叶うといわれています。

別名「天使の散歩道」だなんて、なんともロマンティックですよね。隣接する「約束の丘展望台」から見る神秘的なエンジェルロードの風景は壮観です。

近年SNSで人気急上昇中なのが、ギリシャを彷彿とさせる風景や、おとぎの世界を思わせる「映え」スポット。なかでも、「道の駅 小豆島オリーブ公園」は、風車と海、オリーブの樹があいまってまるで地中海沿岸のよう。2014年公開の映画「魔女の宅急便」のロケ地になったことから、「魔法のほうき」をレンタルして、キキになりきって写真を撮るのがお約束になっています。

食の宝庫の小豆島だけに、しょうゆやそうめん、オリーブなどの島の名産を手に入れるのもいいでしょう。小豆島のしょうゆ造りには400年もの歴史があり、今も20軒以上が昔ながらの製法でしょうゆの製造を続けています。「マルキン醤油記念館」では、しょうゆの歴史や製法について学んだ後は、併設の売店で販売している「しょうゆソフトクリーム」にトライしてはいかがでしょうか。

ほかにも、日本最大渓谷美のひとつと称される寒霞渓(かんかけい)や、日本の棚田百選に選ばれた「中山の千枚田」など、絶景の宝庫の小豆島。せわしない日常を忘れて、思い思いの時間を過ごしましょう。

【5】隠れた宝石さながらの歴史と猫の島・本島(香川)

一口に「瀬戸内の島」といっても、島によって風景も雰囲気も異なり、島の数だけ異なる魅力があるのが瀬戸内海の真骨頂。全国的にはほとんど知られていない島に、素晴らしい風景の数々が眠っているのを知ったときの喜びはひとしおです。

そんな瀬戸内の隠れた宝石のような島のひとつが、本島(ほんじま)。かつて塩飽(しわく)水軍が名を馳せた塩飽諸島の中心で、香川県の丸亀港のほか、岡山県の児島港からもアクセスできます。

瀬戸大橋を正面に望む本島は、目を見張るような美しい海の風景あり、国の伝統的建造物群にも選定された古い街並みあり、アートありの、知る人ぞ知る穴場の島。「猫の島」としても密かな人気を誇っていて、電動自転車で島を一周すればたくさんの島猫たちと対面できます。

本島の楽しみ方

見どころが点在していてる本島では、電動自転車を借りて島を一周するのがおすすめ。美しい海沿いを走れる箇所が多いうえ、交通量が少ないため、ただ自転車を漕ぐだけでも癒されます。

瀬戸大橋を正面に望む本島だからこその風景にも遭遇。透明感抜群の海を眺めていると、心の澱が洗い流されていくようです。

本島を訪れたら必ず行くべきスポットが、国の伝統的建造物群にも選定されている「笠島まち並保存地区」。幕末から戦前にかけての古い街並みが残るエリアで、一帯に足を踏み入れると一瞬にしてタイムスリップしたかのような感覚に包まれます。これほどまでに見事な街並みが残っていながら、ほとんど観光地化されていないことに驚くことでしょう。

小さな離島にこんなに立派な街並みが残っていること自体が意外ですが、この地はかつて瀬戸内海の交通の要衝でした。そのため本島には、塩飽領を統治する役所だった「塩飽勤番所」も残っています。「勤番所」と呼ばれる建物は、全国でもここ本島にしか残っていない貴重な存在なのです。

そんな歴史の島・本島には、屋外アート作品も点在。直島のような派手さはありませんが、今と昔が交差する特有の風景を堪能しましょう。

本島もまた、瀬戸内の猫島のひとつ。瀬戸内の猫の島といえば佐柳島が有名ですが、本島にも佐柳島に負けないくらいたくさんの猫がいます。

電動自転車で島を一周すると、カフェのテラス席にも、笠島集落にも、道端にも猫、猫、猫…。笠島集落で出会った男性は「人より猫のほうが多い」とおっしゃっていましたが、確かにそうかもしれません。景色といい猫といい、本島はとにかく心洗われる島です。

瀬戸内の島々にはそれぞれ固有の吸引力があり、訪れてみるとそのポテンシャルの高さに驚かされることも多々あります。筆者自身、瀬戸内の島をひとつ訪れるごとに、一段深くその魅力にハマりこんでいくことを実感しました。

なお瀬戸内国際芸術祭は、今回ご紹介した5つの島に加え、豊島(てしま)・女木島・大島・沙弥島・高見島・粟島(あわしま)・伊吹島も会場となっています。あなたも自身の目と足で、瀬戸内の島々の魅力にふれてみませんか。