日常生活やビジネスシーンにおいて、書類を記入するときなどによく見掛ける「名字」と「苗字」。どちらかというとポピュラーなのは「名字」のような気もしますが、どのように使い分けるのでしょうか?
本記事では「名字」と「苗字」の意味や違い、由来などについてご紹介します。
「名字」と「苗字」の違い
「名字」と「苗字」の言葉の意味や、由来についてご紹介します。
「名字」と「苗字」はどっちが正しい?
結論から言うと、「名字」と「苗字」はどちらも間違いではなく、指し示すものの意味も同じで、ある人の上の名前を意味します。ではなぜ2つの字が存在するかは、由来が違うためです。この後、詳しく見ていきましょう。
読み方は「みよじ」ではなく「みょうじ」
「名字」と「苗字」の両方とも、読み方は「みょうじ」です。たまに「みよじ」と読む人がいますが誤りです。
「名字」の由来
「名」という漢字には「なまえ、よびな、なづける」など、名前に関わる意味があります。
また「字」という漢字は「じ」のほかに「あざな」とも読み、「あざな」には「実名のほかに付ける呼び名」という意味合いがあります。さらに、「字」は「あざ」とも読み、「あざ」には町や村の一区画という意味もあります。つまり、名前という意味合い以外にも場所や地名にまつわる意味もあるわけです。
「名字」というのは、「同一の氏(うじ)から分かれ出て、その住む地名などにちなんで付けた名」のこと。つまり土地などにひも付いた名前のことで、平安時代ごろには既に「名字」が使われていたとされます。例えば、藤原氏の人はたくさんいて紛らわしかったため、国名の一字と「藤」を組み合わせ、「加賀国」で「加藤」、「下野国佐野庄」で「佐藤」といった具合で名字ができたとされています。なお、「氏」とは何かについて、詳しくは後述します。
「苗字」の由来
一方、「苗」という漢字には名前に関連した意味は特にありませんが、「血筋、子孫」という意味があります。
江戸時代には、「苗字帯刀」という武士の特権があり、庶民は上の名前を公称することが禁止されていました。この頃から「名字」と同じ意味として、「苗字」という表記がよく使用されるようになったようです。なぜ「苗字」という表記が江戸時代から一般的になったのかについて詳しくはわかっていませんが、特権階級が使用するものとして、より血筋に対する意識が色濃くなった結果なのかもしれません。
公的文書や新聞などで「苗字」が使われない理由
上記の通り、使用されてきた歴史は違えど、現在「名字」と「苗字」は表記が異なるのみであり、意味には違いがありません。つまり、どちらを使っても間違いではないのです。ではなぜ「名字」の方がより一般的なのでしょうか?
それは「みょう」という読み方が、常用漢字表での「苗」の読み方として認められていない、つまり表外読みだからなのです。常用漢字表では、「苗」の読み方は「びょう」「なえ」「なわ」しか認められていません。そのため、公的表記としては「名字」が正しい、とされているわけです。
「名字」「苗字」の類語・別の言い方
「名字」「苗字」は前述のように、「上の名前」とも言います。また、「氏」「姓」も類義語です。「氏」「姓」の詳細については後述します。
英語では「last name」「family name」「surname」などと呼ばれます。
「名字」「苗字」の対義語
「名字」「苗字」の対義語にあたるものは、家族の構成員の中で個人を区別するための呼び名、生まれたときに付けられる名前のことです。つまり、「名前」「名」もしくは「下の名前」などが考えられるでしょう。
ただし「名前」「名」は広義ではフルネーム(氏名、姓名)を包括してしまうため、注意が必要です。「下の名前」という表現であれば確実でしょう。
英語では「first name」「given name」「forename」などといいます。
「氏」「姓」と「名字」「苗字」の違い
さてここからはさらに深い話として、「名字」「苗字」と並んでよく使われる「氏」「姓」について解説します。
「氏」の由来と使われ方
「氏」とは、「うじ」と読み、古くは日本の古代社会で使用されていた、大きな家族の名前のようなものです。もともとは血縁で結ばれた、または祖先を同じくするとされる一族、つまり氏族のそれぞれの呼称でした。「氏」には、大和朝廷における職業名に由来するものと、居住している地域の地名からとられたものとの2種類があるとされています。
しかし前述のように、同じ氏の人が多くややこしいため、後に名字が誕生します。
現在では、「名字」と同じ意味で使用されています。
「姓」の由来と使われ方
「姓」とは、もともと「かばね」と読み、古代の権力者たちが、「氏」に付け加えて名乗っていた、家柄や職業・政治的地位を表すものです。最初のうちは、身分の上下を表す意味は特になかったのですが、大和朝廷の支配の世で、序列や地位が組織編成のために必要となり、その結果として身分の上下を表すようになりました。
しかし、大化の改新以降は姓と政治・職業を結び付ける考え方が廃れていき、単に家柄や出自を表すための指標としてしか使われなくなりました。そして平安時代ごろ、前述のように「氏」よりも「名字」がより一般的に用いられるようになると、「姓」を称することも減っていきます。
現代においては「姓」も、「姓(せい)」として、「名字」と同じ意味で使われています。
「名字」「苗字」と、「氏」「姓」の昔の使い分け
これまで説明してきたように、「名字」あるいは「苗字」と、「氏」、「姓」は、現在はすべて同じ意味で使われていますが、かつては意味が異なったため、併存するものでした。そこで、徳川家康を例にとって、当時の使い方を確認してみましょう。
名字(苗字) | 通称 | 氏 | 姓 | 諱(実名のこと) |
---|---|---|---|---|
徳川 | 次郎三郎 | 源 | 朝臣 | 家康 |
徳川家康の正式な名前は「徳川次郎三郎源朝臣家康」です。
「次郎三郎」は通称名。これは幼い頃から何と呼ばれてきたかを表すものです。「家康」は諱(いみな)と呼ばれ生前の実名を意味するもので、今でいうところの下の名前のようなものです。残りの「徳川」「源」「朝臣」がそれぞれ「名字(苗字)」「氏」「姓」に対応しています。
なお「朝臣(あそん)」は、平安時代以降は姓の中で最も上の位置付けであり、多くの氏が称した姓です。織田信長も源頼朝も、実は姓は「朝臣」で共通しています。
「名字」と「苗字」はどちらも同じ意味
「名字」と「苗字」は由来は違えど、本質的な意味は同じです。つまり、使い分けは必要ありません。ただ、苗字の「みょう」という読み方は表外読みのため、公的書類では用いられません。
一方、「氏」「姓」はまた別の由来から来ているもので、かつては「名字(苗字)」と併存していました。しかし現在は「名字」「苗字」とほぼ同じ意味で使われています。
歴史上の人物について、「名字(苗字)」「氏」「姓」がそれぞれ入った、正式名称を調べてみるのも面白いかもしれませんね。