北海道大学と調和技研は、NTT東日本の「スマートイノベーションラボ 北海道」を利用し、昨年より脳腫瘍の診断におけるAIを用いた病理画像解析の共同研究を実施。病理画像データをAI診断することで、医師の負担軽減、高度医療の実現を目指している。
スマートイノベーションラボとは?
NTT東日本が通信ビルなどの資産を活用し、GPUサーバーを初めとしたエッジコンピューティング環境を提供する共同実証環境「スマートイノベーションラボ」。社会課題の解決を目指し、AIやIoT技術を活用したビジネスモデルの早期実現・社会実装をサポートしている。
北海道では、2019年12月に「スマートイノベーションラボ 北海道」が札幌市内に、2020年6月に共創スペース「スマートイノベーションルーム」札幌市中央区に開設されており、2021年2月には「スマートイノベーションラボ 北海道 旭川ルーム」が旭川市内に設置された。
この「スマートイノベーションラボ 北海道」を実証環境とし、2021年5月から行われている共同研究が、北海道大学と調和技研による、脳腫瘍の診断におけるAIを用いた病理画像解析だ。北海道大学の石田雄介氏、調和技研の山形聖志氏、NTT東日本の鎌倉史典氏にその目的を伺ってみたい。
病理医の判断を助けるAIの病理画像解析
共同研究のきっかけは、NTT東日本 執行役員 北海道事業部長である阿部隆氏と、北海道大学の田中信哉教授との雑談だったという。NTT東日本のAIの取り組みを話す中で、北海道大学でもAIによる病理診断の取り組みが始まっていることが明らかになり、「スマートイノベーションラボ 北海道」の活用へと繋がっていった。
取り組みを具体化する中で、セキュアなネットワークとGPUサーバーの利用、そして研究を進める上での自立的な支援を実現するため、ここにAIの知見を持つベンチャー企業である調和技研が参加。最終的に、NTT東日本がサーバーやネットワークの提供と進捗管理等を、北海道大学が病理診断とAIアルゴリズムの研究・作成を、調和技研がAIの導入・実装・技術支援を担当する形で、共同研究がスタートした。
脳腫瘍の病理解析にAIを用いる有効性について、北海道大学の石田氏は次のように説明する。
「患者様からいただいた組織を顕微鏡で見て、腫瘍がどういう性質かを判断するのが、腫瘍の病理診断です。ですが、脳腫瘍は症例が限られており、腫瘍と診断できる経験を積んだ病理医が少ないのです。一方で脳腫瘍は頭蓋骨に囲まれた中にあり、他の現象の影響を受けにくい傾向があります。それゆえにAIによる診断に比較的向いている領域ではないかと考えます」(北海道大学 石田氏)
脳腫瘍は主に脳が原発となる神経系、肺がんや乳がんから転移してきた転移系、リンパ節や骨髄などの血液系の3つに分けられ、治療法もそれぞれまったく異なるという。これらを区分することこそ病理医の役目だが、経験を積んだ医師であっても判断がつかないことがしばしばあるそうだ。こういった病理医の判断を手助けすることこそ、AIによる病理画像解析の目的となる。
「我々が研究を始めたころは、それこそ手作りのサーバーで長い時間をかけて機械学習を行っていました。対して『スマートイノベーションラボ 北海道』は非常に安定しており、処理も高速です。これを専門にホストしていただいており、研究が加速するのではないかと感じています」(北海道大学 石田氏)
だが、AIに学習させる症例にも適切なものとそうでないものがあり、その判断は難しい。また病理画像を作るためには組織に染色液を用いて染色する必要があり、この作業は手仕事だという。まだまだ石田氏を初めとした医師たちの豊富な知見が求められる場面といえる。
調和技研は、こうして北海道大学が集めた病理画像と作成したAIアルゴリズムをもとに、AI精度の向上を支援している。
「調和技研はAIを活かしてさまざまな取り組みを行っていますが、小さな会社ゆえに環境が限られています。今回は非常にリッチな環境を利用できますので、研究にも貢献できると考えました。私たちは医療関係の知識に乏しいので、例えば画像に前処理をかけたりスクリーニングしたりといった我々にできるやり方で協力したいと思います」(調和技研 山形氏)
目標は7分類の脳腫瘍を診断すること
2021年5月に始まり、1年を迎えた共同研究。現在、病理画像から「悪性リンパ腫」と「悪性膠芽腫」の2つを95%ほどの確率で判別することが可能だという。
「当然、これから病理画像データを増やし、検証を進めて、さらに推論を深めなければなりません。最終的には『悪性リンパ腫』『乏突起膠腫(グレード2)』『星細胞腫(グレード2)』『退形成性乏突起膠腫(グレード3)』『退形成性乏突起星細胞腫(グレード3)』『悪性膠芽腫(グレード4)』『転移性腫瘍』の7分類で解析することを目指しています。そのためのAI学習をいま進めているところです」(NTT東日本 鎌倉氏)
7つに分類するのはそれぞれ治療法や治療方針が異なるからだ。AI画像解析によって病理診断支援を行い、病理医が最終的な診断を行うという将来像が想定されている。
「見た目が互いに似ていて分類が難しいカテゴリもあり、精度は平均7割程度です。実用に足る精度にしていくため、我々もそれぞれの腫瘍の特徴を理解し、AIの作り方に反映していかなくてはなりません。今回の共同研究では各分野の専門家が集っていますが、逆に互いの分野においては素人です。NTT東日本さんには、そういったプロジェクトの管理や橋渡し、社会的な対応などにおいて、とてもお世話になっています」(調和技研 山形氏)
病気で苦しむ人と病理医の負担を減らすために
AIによる病理画像解析の精度を向上させ、脳腫瘍病理診断の現場に導入し得る行動な病理診断支援システムの構築を目指している本プロジェクト。今後は画像解析の精度をより向上させるとともに、脳神経外科病院や検査機関等の協力を仰ぎながら、さらなる発展を図る予定だという。
最後に、北海道大学、調和技研、NTT東日本それぞれに、今後の展望を伺ってみよう。
「AIがより高い精度で診断していくことと合わせて、病理診断という仕事への理解がもっと進むとうれしいです。それがAIの病理診断によって可視化されるなら、とても素晴らしいことだと思います」(北海道大学 石田氏)
「調和技研は、AIのような最新技術の社会実装を目指す会社です。研究で世の中の役に立てることに価値を感じる人が集まっています。今回も重要な分野なので、我々もやりがいを感じています」(調和技研 山形氏)
「日本ではいま、病院不足が大きな社会課題となっています。そのような中で、病理医の負担を減らす貢献ができることを光栄に思っています。これから研究を進め、病理診断を補助する形で実際に利用されるようになり、少しでも助かる患者さんが増えることを願っています」(NTT東日本 鎌倉氏)