同結晶中には、LiPcが作る柱に囲まれた孔が存在し、その孔はほかの分子を取り込むことができる性質を有する。そのため、LiPcを酸化することができる分子を孔の中に取り込ませられれば、原子置換・分子置換をすることなく、化学的にLiPcに対してキャリアドープを行えることが予測されたためであり、実際の研究としては、LiPcを酸化する能力を持つヨウ素分子の蒸気にLiPc結晶が曝露され、得られた試料の評価が実施されることとなった。
その結果、ヨウ素分子に曝露された後に回収された結晶中でのLiPcの配列は、曝露前とほとんど変わらなかったとする一方で、結晶中の孔には、LiPc1分子につきヨウ素原子が1個の割合で取り込まれていることが確認されたほか、取り込まれたヨウ素は、ラマン分光法によりI5-という状態にあることが示唆されたという。これは、LiPc 5分子につき1分子が酸化されていることを意味しており、化学的キャリアドープがなされていることを示すものだとする。
また、電気の通しにくさを表す電気抵抗率の測定では、化学的キャリアドープによって25℃での値が3桁ほど小さくなっていることが判明しており、研究チームでは、電気の流しやすさが1000倍ほど上昇したことを意味するとしている。さらに、キャリアドープ前の試料は温度の低下とともに抵抗率が大きくなる絶縁体の振る舞いを見せるのに対し、キャリアドープ後の試料は温度の低下とともに抵抗率が小さくなる金属の振る舞いを-240℃付近まで示したとする。
加えて、金属化した試料を加熱すると、孔に取り込まれたヨウ素原子が脱離して元の絶縁体状態の試料に戻り、再度ヨウ素分子に曝露すると金属状態に変換されることが確認されたとのことで、有機強相関電子材料の可逆的な絶縁体状態と金属状態の制御に成功したことが示されたとしている。
なお、研究チームでは、今回の研究成果により、有機高温超伝導体をはじめとする新しい有機電子材料の設計指針の確立やその実用化を目指す研究の契機となることが期待されるとしている。