昔話の「桃太郎」から漫画「鬼滅の刃」(集英社)まで、鬼は昔から日本人になじみのある存在。そんな鬼だけにフォーカスした展覧会「北斎 百鬼見参」が、すみだ北斎美術館で開催されています。

江戸時代の浮世絵師、葛飾北斎にゆかりのあるアートを展示する同館ですが、北斎といえば、日本人のみならず世界中で知られ、特に美術に詳しくない筆者でも知っている超有名人。そこに鬼が加わると、どうなるのでしょう?

  • 展覧会「北斎 百鬼見参」フォトスポット

葛飾北斎が描く鬼たち

資料によると、本展示では「北斎や門人が描いた鬼にまつわる浮世絵を前期・後期あわせて約145点」が紹介されています。かなり多くの点数ですね。面白いのは、一般的な鬼のイメージである「怖さ」「恐ろしさ」だけでなく、哀しい鬼、愛すべき鬼などの作品もあること。

例えば『北斎略画手ほどき』には、なんだか困ったような表情の鬼が描かれています。これは「鬼の寒念仏」という当時の旅人たちが大津宿の土産物や魔除けとして買い求めた「大津絵」の人気キャラクターを北斎が簡単に描いたものだそうです。

  • 葛飾北斎『北斎略画手ほどき』すみだ北斎美術館蔵(通期)

また、「着衣鬼図」という作品では、刺身の皿と徳利、数珠を前に座る鬼が描写。酒と魚、仏具を並べて「うわー、飲み食いしてー」と悶々としているようにも受け取れます。顔は怖い鬼だけど、やっていることはめちゃめちゃ人間臭いですね(笑。

  • 葛飾北斎「着衣鬼図」佐野美術館蔵(前期)

もちろん、正統派?の鬼として知られる「酒吞童子」を退治する源頼光の雄々しい姿をタテイチで描いた作品も。

  • 葛飾北斎『絵本和漢誉』大江山の鬼賊酒顚童子を退治す 源の頼光朝臣 すみだ北斎美術館蔵(通期)

切断されても「不敵な笑み」を浮かべて舞う鬼の首。不気味な一枚で、恐ろしさ、おどろおどろしさが漂う内容ですね。江戸時代は電気の光が無い時代で、現代よりも闇が濃く、化け物が信じられていたので、今と比べるとその恐ろしさは相当なものでしょう。

ちなみに江戸時代には「百物語」という人々が集まって怪談を100話披露し、語り終わると本物の怪異が出現すると信じられたあそびが、大流行したそうです。

今も昔も人々は「怖い話」が好きなんですね……。また、それをモチーフにした作品「百物語 しうねん」もありました。

  • 葛飾北斎「百物語 しうねん」すみだ北斎美術館蔵(前期)

北斎の作品と特徴

特に作品の知識がなくても楽しめる内容ですが、せっかくなので展示全体の面白さ、見どころを同館の主任学芸員の奥田敦子さんに尋ねました。

――そもそも葛飾北斎とはどのような絵師なのでしょう。

奥田さん: 特徴は2つあると思っていて、まず多種多様な画を描いていること。数えで90歳まで生きた北斎は活動期間が長く、初期から晩年まで本当にいろいろなものを描き、ジャンルも風俗画から風景画、古典などまで扱っています。それゆえ、この(鬼が登場する)展覧会を企画・開催できたともいえます。

――たしかに展示作品には、神話・物語を扱ったものから『北斎漫画』という北斎のスケッチ集まで、大作からカジュアルなものまで幅広いですよね。もう一つの特徴は何でしょうか。

奥田さん: はい、それは表現方法が男性的で力強いことです。それは「鬼」にも表れていて、雄々しい、格好いい鬼として作品に反映されています。

北斎の凄みは、そうした力強い鬼を描きつつ、同時に、戯画的でライト、愛嬌のある鬼、哀愁を帯びた鬼なども描けた筆力、表現力があることだと奥田さんは指摘。だから、自分の好きなテイストの鬼を会場で探して楽しめるのです。

なお、自分が見つけた「推し鬼」を紹介する「ONI28 総選挙」という参加イベントも用意されていますよ!

  • 自分の好みの鬼を「推す」

――やはりこの展示を機に、鬼への理解がもっと広がることが企画の狙いでしょうか?

奥田さん: 鬼は日本人が持つ伝説や信仰の中に溶け込んだ存在です。そうした根底があるからこそ、マンガやアニメで人気の「鬼滅の刃」なども自然に世界観を理解できる、入っていけたと思うのです。江戸時代の浮世絵は当時において現代のマスメディアと同じ役割を果たしており、そこに登場するさまざま鬼に対する思いは当時の人々から今の私たちへ脈々と受け継がれているのではないでしょうか。

会場で鬼に触れ、そこから作品の持つ背景や物語に興味を持つと、より深みや面白味が増すと奥田さんは本展示の意義を話してくれました。

――最後に無茶ぶりします。北斎と他の絵師との違いを一言でいうとなんでしょう。

奥田さん: 先ほど紹介した力強さですが……、例えるなら歌舞伎の「見得を切る」でしょうか。冨嶽三十六景の「神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」も同じですが、その瞬間を切り取った「決まったポーズ」の迫力、そして描かれた「一本一本の線」が力強くシャープで、それらすべてが合わさって「北斎らしさ」を醸し出していると思います。

  • 歌舞伎の「見得を切る」ようなポーズが北斎ならでは 葛飾北斎『釈迦御一代記図会』六 暴悪を罰して天雷流離王が王宮を焼君臣を撃殺す図 すみだ北斎美術館蔵(通期)

さまざまな面を持つ鬼という存在、そして創作期間が長かった北斎ならではの表現における引き出しの多さ、それらが合わさり、化学反応を起こした結果が今回の展示内容となったようです。

「鬼」とひとくちに言っても、伝説上の鬼や雷神、生活の中で親しまれた鬼瓦など、いろんな面を発見できました。多様性が求められる今だからこそ、江戸時代の多様性ともいえる本展示を見ておくべきかもしれません。

●information
展示名:北斎 百鬼見参
会期:6月21日〜8月28日
場所:墨田区・すみだ北斎美術館
東京都墨田区亀沢2丁目7番2号