映像作品や広告写真にとどまらず、アートフォトにも活躍の場を広げ、今飛ぶ鳥を落とす勢いの柿本ケンサクの写真展、 ーTIMEー が、 6月25日から7月10日の間京都の音羽山清水寺で開催されている。約1250年の時を経て、今なお普遍的な祈りの場である清水寺からインスピレーションを得て、時間をテーマに「今この一瞬を生きている」という概念を表現。3つのシリーズで構成された新作品群が公開となった。「今、私たちは豊かさを削ぎ落し、本当に大切なことを抽出する必要があるように思います」という柿本氏に、話しを聞いた。

今回の取り組みは、2012年にスタートした内側から見た清水寺を発信するプロジェクト、「FEEL KIYOMIZUDERA」の一貫だ。清水寺が主体となって移り変わる清水寺の「今」と、「一瞬の集積である歴史」の本質を見つめ、様々なアーティストによる表現活動を行っている。

一方柿本は、映像作品でデビューしたのち、多数の大手有名企業の広告動画・ビジュアルを手がけ、2016年にACCグランプリ他、カンヌをはじめ世界で数々の賞を受賞。直近の写真では、2021年に大河ドラマ「青天を衝け」のメインビジュアル、タイトルバックを演出し、映像では、林遣都と小松菜奈が主演した映画「恋する寄生虫」が公開となった。新たなドラマや映画も、2022年にWOWOWやNHKで放映が控えている。

アートフォトにおいては、アートフォト東京に参加したのち、NYのタカ・イシイギャラリーや代官山ヒルサイドフォーラム、東京ミッドタウンイセタンサローネなどでも展覧会を開催してきた。

「アートフォトを始めたときは、色んなことを言われました。でも続けたい思いが強かったです」。

最近でこそ世界的なアート市場の興隆に後押しされて増えてきたが、過去には、一度広告で活躍したクリエイターが、アートにフィールドを広げていくケースは少なかった。同じクリエイションのようでも、「良い側面を打ち出す」性質をもつ広告と、「事実や真実を直視する」性質をもつアートで、向き合う姿勢がかなり異なるからだ。

「元々映像作品でスタートしたことは大きいかもしれません。平面だけでなく奥行きを考える癖があるというか。広告写真は良く見せることを追求します。でもアートフォトはメッセージやコンセプトをいかに表現できるかが大事で、良く見せるためだけに修正したりはしません。広告とアートでは、しっかり頭を切り替えて取り組むようにしています」。

急進的でダイナミックな変化に「正解がない」と言われる昨今。ビジネスシーンでも既成概念を取っ払い、創造性を鍛えて前進する糸口として「アート思考」が注目される。広告とアートの垣根こそ自然と低くなってもおかしくはない。

軽やかにクリエイションの垣根を超えて活躍する人気クリエイターと、重厚な歴史を担う寺院とのタッグ。幅広い人にとって、これまでにない「気づき」を得られる場所になりそうだ。

西門(さいもん)に魅せられて

京都市内の名だたる寺院の中でも、随一の美しい景色を誇る清水寺。この境内の入口に建つ西門は、西の空に沈む太陽に極楽浄土を観想する「日想観」と呼ばれる仏教修行のために建立された聖所だ。極楽浄土に往生する入口の門とされ、夕陽が美しく見える配置で、独特の静謐さを纏っている。

「西門の美観とコンセプトに感銘を受けました。夕陽が沈む方向にあるのは嵐山。赤く染まってゆっくりと夜に向かう風光明媚な景色が極楽浄土のメタファーになっているなんて」。

日想観では、静かな心で夕陽を見つめることが、自身の内面と向き合う方法だとされ、僧侶のみならず一般の人にも広まった。

「ここに来て、歴史と時間の流れを感じたんです。清水寺の開創は778年で、観音さまやお釈迦さまの教えが長年継承されているダイナミズムというか。永久にも思える時間のなかで、『今この一瞬を生きている』という概念をどう写真で表現すればいいかを考えました」。

こうして、3つのシリーズのうち「TIME」が生まれた。宇宙の写真を透けるファブリック素材に印刷して西門に掛け、夕陽を透かして再度撮影した作品群だ。完成品のうち一点が西門に飾られており、実際に夕陽が注ぐ。

「西門で時間の流れを感じて思い至ったのが、宇宙でした。宇宙を写真に撮ると、何億光年という時間が一瞬に閉じ込められます。西門の夕陽を注ぎ込むことによって、再び動き出すようなエネルギー、力強さを表現したかった。それからこの歴史ある門もフレームのようだと感じて。写真の役目とは、視点の探求者だと思っています。一枚にどれだけの時間がこめられるかを探求したかったんです」。

答えがなく、言葉だけでは伝わりきらないものを求めて

経堂の中に入ると「TIME」の作品と一緒に、虹色のような不思議な直方体が鎮座している。直方体の上半分は何枚もの薄い透明な板が並んでいて、正面から覗いてみると、無形の虹色がゆっくりと動いて、観音像のような形が浮かびあがる。

「数千枚の空の写真と観音像の動画を人工知能に学習させ、現像した作品を55枚のアクリル板に印刷して並べて、これを人間の意識と捉えました。その意識のトンネルの真ん中にある心の象徴がこの観音像のようなものです。 人工知能に空の写真を学習させ続けると、形がなくなって色だけになっていきました。まさに色即是空の世界だと思いました」

経堂を出てさらに奥へすすむと現れる成就院では「KAN-NON」の作品群が展示されている。清水寺の御本尊「十一面千手観音世音菩薩」が持つ11の表情を現代女性で再現したポートレートシリーズだ。すべての顔の額の真ん中に、白毫(びゃくごう)を思わせる白い点がある。

「昔からの教えであるはずの十一面には、ダイバーシティの進化した形があるように思います。人種や性別の違いを受け入れていくことの先に、人それぞれの個性を受け入れていく、というようなことがあるんじゃないかと。 観音には、『私とあなた』という意味があって、他人の苦しみや喜びを理解し、世の中を平等な心で観ることが、人間の理想のあり方だと教わりました。主観による判断にとらわれることなく、人の心や周囲の変化に気づけるようになったら世の中は変わりますよね。そんな光明を放って世の中を照らす女神をイメージしました」

成就院は通常非公開で、別名「月の庭」と呼ばれる名庭を擁している。古くから愛される東山に昇る月に照らし出される幽玄さを「KAN-NON」でも「月の庭」という作品で表現した。

全てに、千年を超えて人が祈りを捧げてきた清水寺の教え、文化、哲学、そしてその存在そのものが息づいた作品群だ。

「学ばなければならないことも多かったですし、やはりチャレンジではありました。すぐに『一緒にやりましょう』とはじめた訳ではなくて、一年半ほど前から清水寺 執事補・大西英玄 さんとお話しさせていただきながら、清水寺でどんな風に感じるかや、自分との接点を探っていったんです。接点は実は当たり前のように沢山ありました。でも向き合う姿勢が出来ていなかったんじゃないかと思います」

試行錯誤を経て、見えてきたものがある。

「今世界で問題になっていることの教えがまわりまわってここにある。現代社会では、知らない間に自分が見えなくなっているというか、豊かさに目を奪われているんじゃないかと思ったんです。英玄さんからは2つのお願いがありました。『言葉で伝えきれてしまうものはやらないこと』『答えを限定するものをやらないこと』です。『豊かさ』を削ぎ落とし、本当に『大切なこと』を抽出する。それは自分自身を一度分解し、極小から再構築する作業。そのための選択肢を広げられたら」。

京都市内は観光シーズン間近、まだ辛うじて人が少ないこの時期に音羽山清水寺を訪れれば、「TIME」の作品群に触れて、自分を見つめる絶好の機会になりそうだ。

(c)FEEL KIYOMIZUDERA